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『世界は魔術でつくられる 〜術式を消去する左手を持つ少年、最強の師匠に拾われて理を書き換える〜』  作者: 三ノ宮 櫻


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第74話 束の間の休日

 翌朝、王都の空は抜けるように晴れ渡っていた。復興の活気に包まれた中央広場へ繰り出すと、瓦礫が片付けられた大通りには、以前にも増して人々の力強い声が響いている。


「中央の方は、もうすっかり賑やかになってるわね! 街の人たち、本当に強いわ」


 クラリスが弾むような声で言う。見渡せば、建物が壊れてしまった店舗の店主たちが、軒先に仮設の屋台を立て、逞しく商売を再開していた。街全体が、失ったものに沈むのではなく、新しい今日を創ろうとする熱気に満ちている。

 そんな中、山積みの果物を威勢よく売っていた屋台の店主が、レオンたちの姿を見つけて声を上げた。


「おー! 坊主、それに嬢ちゃんたち! この前は瓦礫の撤去を手伝ってくれてありがとな。おかげで店が出せたよ。ほら、これ持ってけ! 今朝届いたばかりの美味いのだぞ!」


 店主はそう言うと、真っ赤に熟した立派な果物をレオンの手へ強引に押し付けた。


「ん、俺……? ……あ、いや……」


 不意に感謝をぶつけられ、レオンは戸惑い、反応が遅れて固まってしまう。


「もう、何ぼーっとしてんのよ。せっかくの好意なんだから、ありがたく受け取んなさいよ」


 クラリスに脇腹を突かれ、レオンは少し照れくさそうに視線を泳がせながら、果物をしっかりと受け取った。


「……あ、ああ。ありがとう。いただくよ」


「ははは! 英雄様がそんなに謙遜すんなって! また困ったことがあったら言いな、おまけしてやるからよ!」


 店主のガハハという豪快な笑い声に見送られ、一行は再び歩き出す。


「ふふ、すっかり街の有名人ですわね、レオンさん」


「……俺はただ、ジルヴァに言われて手伝っただけだ」


 ぶっきらぼうに答えるレオンだったが、手の中にある果物の温かさは、確かに彼の胸にも届いていた。ルシフェリアがすかさず隣で袋を広げる。


「ご主人様、荷物はこちらへ。頂いた果物、潰れないように大切に持ち帰りますね」


「……頼む」


 日常の何気ないやり取り。けれど、自分たちの戦いが確かにこの街の人々の生活を守ったのだと実感し、レオンの表情も心なしか柔らかくなっていた。

 一行が賑やかな大通りを抜けて入ったのは、最新の流行を取り入れた明るい雰囲気の服屋だった。

店内には色鮮やかな生地や繊細な刺繍が施されたドレスが並び、クラリスとエレナの瞳は瞬時に輝きを増した。


「見てエレナさん、このデザイン! 今度の休日にぴったりじゃない?」


「あら、素敵ですわね、クラリスさん。でも、こちらの淡いブルーのワンピースも捨てがたいですわ。試着してみましょうかしら」


 二人が「これいいですわね」「これもいいわよ」とはしゃぎながら鏡の前で盛り上がる中、レオンは山積みの荷物を抱えたまま、店内の椅子にどっかと腰を下ろした。


「……どれも似たようなもんだろ。何がそんなに違うんだ」


 呆れたように呟くレオン。その横では、ルシフェリアが置物のように直立し、周囲を警戒するように見守っていた。しかし、そんな彼女にクラリスがニヤリと笑いながら近づく。


「ちょっと、ルシフェリア! あんたもこっち来なさいよ。突っ立って見てるだけなんて勿体ないでしょ!」


「い、いえ。わたくしは服には興味ありません。このメイド服があれば十分です。機能性も高く、ご主人様を守るのにも適していますし……」


 ルシフェリアは必死に断ろうとしたが、クラリスはその細い手をガシッと掴み、強引に試着コーナーへと引きずっていった。


「たまにはオシャレしなきゃ! ほら、エレナさんも手伝って!」


「お任せくださいませ。ルシフェリアさんの銀髪には、きっとこの深いワインレッドが映えると思いますわ」


「わ、わたくし、そのような……っ! ご主人様、お助けを――」


 助けを求めるルシフェリアの切実な視線がレオンに突き刺さるが、レオンはそっと視線を逸らし、手に持った果物をじっと見つめて知らんぷりを決めた。


「レオン、あんたもこっち見てなさいよね!」


 カーテンが勢いよく閉められ、中で「きゃっ」「動かないでくださいまし!」と賑やかな声が響き始める。数分後、レオンの前に現れたルシフェリアは、いつもの凛としたメイド服ではなく、可愛らしいフリルのついたブラウスとフレアスカートに身を包んでいた。


「……どうかしら、レオン?」


「普段のルシフェリアさんとは別人ですわね。よく似合っておりますわよ」


 二人に挟まれ、顔を真っ赤にして俯くルシフェリア。彼女は落ち着かない様子でスカートの裾をいじりながら、上目遣いにレオンの反応を伺った。


「……ご、ご主人様……変、でしょうか……?」


 普段の冷静な「暗殺者」や「メイド」としての顔はどこへやら、そこにはただの、年相応な少女の姿があった。レオンは一瞬だけ言葉を失い、それから少しだけ頬を掻いた。


「……。まぁ、悪くないんじゃないか。たまにはそういうのも」


 そのぶっきらぼうな一言に、ルシフェリアの表情がパッと明るくなり、クラリスとエレナは顔を見合わせて楽しげに笑った。

 賑わう大通りの一角にある、香ばしい肉の焼ける匂いに誘われて店に入った。レオンは席に着くなり、重い荷物をドサリと下ろして大きく息を吐き出した。


「ふぅ……。戦うより疲れるぞ、これは」


「もう、そんなに疲れた顔しちゃって。だらしないわね、レオン!」


 クラリスが元気いっぱいにメニューを広げる傍らで、レオンは山のような紙袋を指差して力なく応じる。


「お前ら……流石に買いすぎなんだよ。特にその、よく分からない飾りとか……」


「まぁまぁ。しっかりご飯を食べて精をつけましょう。ここは王都でもお肉が美味しいと評判のお店なんですのよ」


 エレナが場をなだめるように微笑んでいると、運ばれてきたのは鉄板の上でじゅうじゅうと音を立てる豪快な肉料理だった。


「わあぁ、美味しそう! いただきまーす!」


 クラリスはさっきまでの疲れなど微塵も感じさせない勢いで、大きな肉を口いっぱいに頬張った。その食べっぷりに、レオンは思わず苦笑いを浮かべる。


「おい、食い過ぎだぞ。そんなに急がなくても逃げやしない。……ゆっくり食べろよ」


「はふっ……だって、美味しいんだもん! 幸せー!」


 頬を膨らませて幸せそうに笑うクラリス。すると、隣でルシフェリアが手際よくナイフとフォークを動かし、レオンの皿に食べやすく切り分けた肉をそっと差し出した。


「ご主人様、どうぞ。あまり噛まずに飲み込むと胃に障りますから。こちらをお召し上がりください」


「……ああ、悪いな」


 ルシフェリアの甲斐甲斐しい世話を当然のように受け入れ、肉を口に運ぶレオン。その光景を、エレナはどこか眩しそうな、そして少しだけ寂しげな瞳で見守っていた。


「ふふ、本当に仲が良いですわね。……このような平穏な時間が、ずっと、いつまでも続けばいいですわね」


 窓の外では、復興の活気に満ちた街の人々が行き交っている。昨日の死闘も、今朝の不安な予感も、今のこの温かな食卓の前では遠い出来事のように感じられた。

 だが、レオンは肉を噛みしめながら、エレナの言葉に小さく頷いた。この平穏が脆いものだと知っているからこそ、今はただ、目の前の賑やかさを胸に刻み込んでいた。

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