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『世界は魔術でつくられる 〜術式を消去する左手を持つ少年、最強の師匠に拾われて理を書き換える〜』  作者: 三ノ宮 櫻


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第62話 前日

 特訓3日目。演習場に差し込む朝日は、昨日よりも心なしか鋭く感じられた。

 今日の組み合わせは、攻守のバランスを重視したレオンとエレナ、そして変則的な手数で攻めるクラリスとルシフェリアだ。


「よぉ、ガキ共。昨日はヒントを出しすぎちまったからな。……そろそろ『魔術の先』ってやつが、身体で分かってきた頃だろ?」


 ジルヴァが短剣を抜き、軽く首を鳴らす。その隣で、フェリスは扇を弄ぶように影を揺らめかせた。


「ええ、ここで理解できていなかったら……3日後の決戦で、あなたたちは間違いなく死ぬわ。冗談抜きでね」


「……死なねぇよ。今日こそ、あんたたちの鼻を明かして、一撃叩き込んでやる」


 レオンの言葉に、エレナが静かに剣を構え、クラリスとルシフェリアもまた、迷いのない瞳で隊長格を見据えた。

この日の訓練は、昨日までとは明らかに空気が違っていた。

 ただ魔術を放つのではなく、相手の回避先を「作る」動き。レオンが《虚無》で風の壁を壊した瞬間、その背後からエレナの光の矢が、ジルヴァが逃げるはずの「死角」を正確に射抜く。


「ちっ、いやらしい真似を……!」


 ジルヴァが初めて舌打ちをし、強引に体勢を崩して回避する。

 一方、クラリスとルシフェリアのペアも、白炎の爆煙の中に透明化した刃を潜ませ、フェリスの影の衣をあと数センチというところまで切り裂いた。


「ふふ、あぶないわね。……でも、ようやく『戦い』になってきたじゃない」


 陽が落ち、演習場に静寂が戻る。

 4人は相変わらず地面に伏し、肩で息をしていたが、その表情には昨日までの絶望感はなかった。全身は痣だらけでボロボロだが、彼らの手には確かな「感触」が残っている。


「……ふぅ。まぁ、だいぶ動きが良くなってきやがったな。相手の先を読む、ってことが少しは形になってきたじゃねぇか」


 ジルヴァが、泥を拭うレオンたちを見て、不器用な称賛を口にする。4人の顔に、微かな、けれど誇らしげな笑みが浮かんだ。


「……でも、まだ甘めぇんだよ。そんな程度じゃガルドスや魔族の首は獲れねぇ。……明日も朝から叩き込んでやる。覚悟しておけ!」


「……ああ、望むところだ」


 レオンが立ち上がり、汚れを払う。

 残された時間はあと3日。彼らの術式は、もはや単なる「技術」ではなく、互いの背中を預け合う「絆」へと昇華されようとしていた。

 特訓の日々が過ぎ、決戦を明日に控えた王立魔術学校の中庭。

 かつては平和に魔術の基礎を学んでいた場所だが、今の4 人が纏う空気は、それまでとは一線を画す鋭いものに変わっていた。

 午後の柔らかな日差しを浴びながら、クラリスは芝生の上に大の字になって寝転んだ。


「ふぁ……。あんなに毎日ボロボロにされたのに、こうして休んでると不思議ね。……ねぇ、私たち、少しは強くなったのかな?」


 空を見上げる彼女の言葉に、隣で静かに腰を下ろしていたエレナが、自身の細剣の柄を愛おしそうになぞりながら答える。


「ええ、きっと。最後の方のジルヴァ様とフェリス様……あのお二人の顔、指導者のそれではなく、完全に『一人の戦士』としてわたくしたちを捉えていましたわ。それこそが、何よりの証拠です」


 特訓の最終日、4人の連携は隊長格の二人を本気で苛立たせ、冷や汗をかかせるまでに至っていた。


「……そうだな。だが、相手はあのガルドスだ。まだまだだと言わざるを得ない」


 レオンは遠く、王都の地下へと続く工場の方向を見据えた。左手を覆う白手袋をきつく締め直す。


「今回の戦いは、おそらく今までの比ではない。術式だけじゃない、奴の『意志』とも戦うことになるはずだ。……全員で、生きて王都を守るぞ」


「ふふ、当たり前じゃない! 私の白炎で、悪い企みなんて全部焼き尽くしてやるんだから。任せなさい!」


 クラリスが勢いよく起き上がり、いつもの調子でドンと胸を叩く。その明るさが、張り詰めていた空気を少しだけ和らげた。


「わたくしも同じ思いです。ゴールドバルト家の誇り、そして何よりレオンさんの盾として……この地を一歩も退くつもりはありませんわ」


 エレナが凛とした微笑みを湛えて立ち上がる。

 その傍らで、ルシフェリアは言葉を発することなく、ただ静かに、けれど誰よりも深い決意を秘めた瞳でレオンを見つめ、深く頷いた。彼女の影は、すでに主を脅かす全ての敵を刈り取る準備を終えている。

 かつては「学生」でしかなかった若者たちが、今、王都の運命を背負う「騎士」として、静かに牙を研いでいた。

 静寂に包まれた夜の王都。

 魔術学校の最上階、時計塔の縁に腰を下ろしたキャロルは、月明かりに照らされた街並みを、琥珀色の瞳で見下ろしていた。

 夜風が彼女の短い髪を揺らす。視線の先には、明日という運命を前に、束の間の休息を取っているレオンたちの宿舎があった。


「……あの子たちも、なんとか形にはなったみたいだね」


 僕、と自称するその少女のような声は、夜の闇に吸い込まれるように響いた。


「地獄のような数日間だったろうけど、顔つきが変わった。理論の箱庭から這い出して、ようやく『戦い』の入り口に立った……といったところかな」


 彼女は視線を空へと移す。星々の配置が、目には見えない巨大な術式の予兆を描き出している。ガルドスの反逆、そしてその裏で蠢く魔族たちの胎動。それは単なる一国の内乱に留まらず、世界の理を書き換える激動の序曲に過ぎない。


「これから、世界はどんどん荒れていくよ。平和な『魔術』の時代は終わり、血と鉄の『魔戦』の時代が来る」


 キャロルは楽しげに、けれどどこか儚げな笑みを浮かべた。200年前から変わらぬその姿で、彼女はこれまで数多の英雄と滅びを見届けてきた。


「さて……レオン。君と君の仲間たちは、この荒波の中でどこまで抗い、僕を楽しませてくれるかな」


 彼女が指先を宙で躍らせると、小さな光の粒子が夜空に溶けて消えた。

 翌朝、王都の地下から響き渡る重低音と共に、物語はついに「決戦」の火蓋を切ることになる。

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