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『世界は魔術でつくられる 〜術式を消去する左手を持つ少年、最強の師匠に拾われて理を書き換える〜』  作者: 三ノ宮 櫻


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第63話 王都

 朝日が差し込むキャロルの研究室には、これまでにないほど張り詰めた緊張感が漂っていた。

 地図が広げられた机を囲み、それぞれの顔には決戦を覚悟した者の色が浮かんでいる。


「……今、アルガス様が南部に向けて出発されたわ」


 フェリスが窓の外、厳重な警護に守られて進む王家の馬車を見送りながら、静かに告げた。その報告を受け、ジルヴァが忌々しそうに鼻を鳴らす。


「ガルドスの野郎も南部か……。いよいよ役者が揃い始めてやがるな」


「そうだね。何かが起きるとしたら、間違いなく今日だろうね」


 キャロルは椅子に深く腰掛け、鋭い眼差しで全員を見渡した。その幼い外見に似合わぬ威厳が、場を支配する。


「僕が指示を出すよ。……ジルヴァ、君は騎士団本部を張ってくれ。あそこにいる連中の動揺を抑え、不測の事態に備えるんだ。レオン、君たち4人は予定通り地下工場を見張れ。ガルドスの本命はそこにある。……フェリスは連絡役だ。戦場を繋ぎ、いつでも動けるように準備しておいてくれ」


「了解だ。……坊主共、死ぬんじゃねぇぞ。先に行くぜ」


 ジルヴァは短剣の柄を一叩きすると、風のように研究室を飛び出していった。それを見送ったレオンは、淡々と指示を出す師へ問いかける。


「……キャロル、あんたはどうするんだ」


「僕は王都外からの『接近』を見張っているよ。これほどの大事だ、外敵がこの隙を突かないとも限らないからね。王都の結界を維持し、人々の安全も見ておく。何かあれば、すぐにフェリスに連絡を入れるさ」


 キャロルはそう言って、レオンの左手に視線を落とした。


「レオン。君のその手は、ことわりを壊すためのものだ。……だが今日は、守るために使ってごらん」


「……分かってる」


 レオンは左手の拳を固く握りしめた。

 それぞれの持ち場へ。王都を揺るがす長い一日の、幕が上がろうとしていた。

 地下工場の入り口を遠巻きに監視しながら、4人は張り詰めた空気の中にいた。

 遮蔽物に身を隠し、クラリスは何度も杖の柄を握り直しては、苛立たしげに足を揺らしている。


「……ねぇ、まだ? このままジッとしてるの、もう限界なんだけど。いっそのこと、正面から突っ込んじゃわない?」


「バカ言え。まだ何も起きていないんだ。ここで騒ぎを起こして、ガルドスに『準備が整いました』って知らせるわけにはいかないだろうが」


 レオンが低く冷徹な声で嗜める。その隣で、エレナも「クラリスさん、落ち着いて。今は耐える時ですわ」と静かに宥めていた。

 しかし、その静寂は唐突に、そして暴力的な形で破られた。

 お昼を告げる鐘が王都に響き渡ろうとしたその瞬間。

太陽が南中に位置しているはずの時間だというのに、急速に光が失われ、空が不気味な紫黒色に塗り潰されていった。


「――っ!? 何よ、急に真っ暗に……」


 クラリスが息を呑んだ直後、王都のあちこちから悲鳴が上がった。

 空間の至る所に術式の「穴」が空いたかと思うと、そこからおぞましい形相をした魔物たちが次々と這い出してきたのだ。


「そんな……。結界を越えて、街の中に直接……!? カスパールさん、魔物の気配など、微塵も感じませんでしたわ!」


 エレナが驚愕に目を見開く。感知魔法に優れた彼女ですら、出現の直前まで何も捉えられなかったのだ。


「気配は感じなかったぞ……!? 遠くから近づいてきたんじゃない、最初から『そこにあった術式』が起動したのか……!?」


 レオンは空を見上げ、歯噛みした。

 これはただの襲撃ではない。あらかじめ王都の地下や路地裏に「魔物を呼び出す術式」が埋め込まれていたのだ。それも、レオンの目ですら見抜けないほど、精密に隠蔽された状態で。


「……ご主人様、工場の中から、魔族の術式反応が急激に膨れ上がっています!」


 ルシフェリアの鋭い警告と同時に、地下工場の重厚な扉が、内側からの凄まじい魔力によって吹き飛んだ。


「チッ、始まったか……! クラリス、エレナ、ルシフェリア! 予定変更だ、ここからは一刻を争うぞ!」


 レオンは左手のグローブを脱ぎ捨て、剥き出しの術式刻印を戦場へと向けた。

 王都の平穏は、一瞬にして地獄へと塗り替えられた。

 あちこちの路地から湧き出した魔物たちが牙を剥き、逃げ惑う人々の悲鳴が石畳の街に木霊する。


「……っ、こっちだ! 早く建物の中へ!」


 レオンは《虚無》を纏わせた拳で、老婆に襲いかかろうとした魔物の頭部を術式ごと粉砕した。

 クラリスの白炎が路地を塞ぐ魔物を焼き払い、エレナの光の防壁が逃げ遅れた子供たちを包み込む。本来の目的は工場の監視だったが、目の前の惨状を捨て置くことなど、今の彼らにはできなかった。

 一方、騎士団本部付近では、ジルヴァが嵐のような速さで立ち回っていた。


「チッ、湧きやがって! おい、お前ら! 魔物の相手は俺一人で十分だ。テメェらは戦うな、市民の救助を最優先しろ! 動ける奴から順に誘導を始めろッ!」


 短剣を振るうたびに風の刃が魔物を両断し、ジルヴァの声が混乱する騎士たちに芯を通す。

 その時、人々の救助に奔走するレオンたちの前に、影の中から滑り込むようにフェリスが姿を現した。


「みんな、キャロル様からの指示よ」


 フェリスの表情は、いつもの余裕を削ぎ落とした真剣なものだった。


「キャロル様が今、王都の東側に強力な結界を張って『安全地帯』を作っているわ。魔物の侵入を完全に遮断する聖域よ。……あなたたちは、今救助している市民を全員、東の広場へ誘導しなさい。そこへ行けばキャロル様が守ってくれる」


「東か……! 分かった。クラリス、エレナ、ルシフェリア! 聞いたな!」


 レオンの呼びかけに、三人が力強く頷く。


「任せなさい! 東への道は、私の炎でこじ開けてあげるわ!」


「ルシフェリアさん、背後をお願いしますわ。わたくしは前方の人々を光の道で導きます!」


「承知いたしました。……主の行く手を阻む者は、一匹たりとも通しません」


「フェリス、あんたは?」


「私は市民の避難誘導に動くわ……急いで、ガルドスの本命が動く前に、一人でも多くの命を救うわよ!」


 フェリスは再び影に沈み、戦場を駆け抜けていく。

 レオンたちは恐怖に震える市民たちを背に、迫りくる魔物の群れを押し返し始めた。東の聖域を目指し、絶望の夜に光を灯すための戦いが加速する。

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