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『世界は魔術でつくられる 〜術式を消去する左手を持つ少年、最強の師匠に拾われて理を書き換える〜』  作者: 三ノ宮 櫻


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第61話 特訓2日目

 演習場のもう一方では、静謐ながらも苛烈な魔力の衝突が始まっていた。


「ルシフェリアさん、術式の連携で行きますわよ。……わたくしの光を、貴女に預けます!」


「承知いたしました。……無駄にはいたしません、エレナ様」


 エレナが細剣レイピアを振るうと、幾筋もの鋭い光の矢が撃ち出された。通常ならそのままフェリスを射抜くはずの術式だが、その光の軌道上に、透明魔法を纏ったルシフェリアが割り込む。


「――『光折』!」


 ルシフェリアの服に光の矢が触れた瞬間、本来なら直進するはずの光が、彼女の使う透明魔法の「光の屈折」の特性によって不規則に曲がり、拡散した。一本の矢が十数本の光の針へと分裂し、フェリスを全方位から包囲するように降り注ぐ。


「あら、そんな使い道があるなんて。面白いわねぇ……」


 フェリスは踊るような足取りで影の衣を翻し、降り注ぐ光の針を紙一重でかわしていく。だが、拡散した光は演習場を不規則に照らし、フェリスが潜むための「濃い影」を次々と削り取っていった。


「……今ですわ! 影を作る隙を与えません!」


「……逃がしません、フェリス様!」


 光の飛礫つぶてを隠れ蓑に、二人は一気に距離を詰めた。エレナの鋭い刺突と、ルシフェリアの死角からの短剣。

 昨日までの「個々の攻撃」ではない。互いの特性を混ぜ合わせ、フェリスの得意とする「影の領域」を物理的に奪い取りながらの超接近戦。


「ふふ、いいわ。その意気よ。……でも、実体があるからこそ『影』は生まれるの。……忘れたわけじゃないわよね?」


 フェリスが不敵に目を細める。二人の接近を待ち構えていたかのように、彼女の足元から黒い霧のような影が爆発的に膨れ上がった。


「私、格闘戦ってあまり得意じゃないのだけれど……」


 フェリスは困ったように小首を傾げながらも、その手元にはいつの間にか実体化した影のナイフが握られていた。エレナの鋭い刺突を最小限の動きで受け流し、ルシフェリアの死角からの短剣を、まるで見えているかのようにナイフの腹で弾き飛ばす。

 二人が息の合った連撃を叩き込んでも、フェリスは柳のようにしなり、決定打を許さない。それどころか、攻め急ぐあまり二人の距離がフェリスに近づきすぎたその瞬間、彼女の瞳が妖しく細められた。


「……ふふ、少し。近づきすぎたわね?」


「っ、しまっ……!」


 エレナが飛び退こうとしたが、すでに遅かった。地面に落ちた自分たちの影が、主の意志を裏切るように蛇のごとく伸長し、二人の手首と足首を背後から強引に拘束したのだ。

 ガチャン、と音を立てて細剣と短剣が石畳に落ちる。


「う、動けませんわ……! 影が、重い……!」


「……くっ、影に、力が……」

 

 二人が抗う間もなく、フェリスは音もなくその懐へと滑り込み、二人の喉元へ冷たい影のナイフをぴたりと押し当てた。


「――これで1回目。ねぇ、今日はあと何回死んじゃうかしら?」


 ゾッとするほど艶やかな、けれど絶対的な死を感じさせる声。二人の背筋に冷たい戦慄が走る。フェリスはそのままナイフを消し、影の拘束を解いて数歩下がった。


「さぁ、ぼうっとしてないで。武器を取りなさい」


 フェリスは退屈そうに指先を弄び、再び挑発的な笑みを浮かべる。


「くっ、まだこれからです……っ」


 エレナは震える手で細剣を拾い上げ、ルシフェリアもまた、悔しさに唇を噛み締めながら短剣を構え直した。

 演習場の石畳には、昨日よりもさらに多くの焦げ跡と、幾筋もの光の残滓が刻まれていた。

空が濃い群青色に染まり始めた頃、ジルヴァが短剣を収め、短く息を吐いた。


「――今日は終わりだな」


 その言葉を合図に、4人は糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。土と汗にまみれ、肺を焼くような呼吸を繰り返しながら、地面の冷たさに身を任せる。


「……昨日よりは、ほんの少しだけマシだったな。特に最後の死ぬ気で食らいついてきたところだけはよ」


 ジルヴァが顎をさすりながら、倒れ伏すレオンたちを見下ろす。フェリスもまた、乱れた髪を指先で整えながら、艶然と微笑んだ。


「ええ、なかなか楽しかったわ。お嬢ちゃんたちの連携、一瞬だけ私の影を『驚かせて』くれたもの」


「……っ、一撃も当たってないけどね……。ボコボコにされて……最低よ」


 クラリスが顔を地面に伏せたまま、悔しさに声を震わせる。その隣で、エレナもまた震える腕で上身を起こし、切実な瞳をジルヴァに向けた。


「……では、わたくしたちはどうすれば良いのですか? 光を放っても、炎を巡らせても、あの方の実体には届きませんでしたわ」


「当てにいくんじゃねぇんだよ。……『当たるように仕向ける』んだ。戦闘はな、ただ魔術をぶっ放すだけじゃねぇ。頭使って、相手を詰ませなきゃ死ぬだけだぜ」

ジルヴァは自らの頭を指先で小突き、教え諭すように言葉を継いだ。


「ガルドスの野郎や、上級の魔族ども……あいつらにとっちゃ、魔術を破られるなんてのは、トランプのカードを一枚無駄にした程度に過ぎねぇんだ。すぐさま二枚目、三枚目のカードを切って、テメェらの喉元を掻き切りに来る」


 一瞬、ジルヴァの脳裏に、かつて共に戦ったガルドスの冷徹なまでの「詰みの構築」が浮かんだのだろう。彼は少し気まずそうに後頭部を掻きむしると、背を向けた。


「……少し、喋り過ぎたな、さっさと体を休めておけよ」


「魔術は戦闘の要だけど、それで全てが決まるわけではないわ。……それを忘れないことね。じゃあね、おやすみなさい」


 フェリスが優雅に手を振り、闇に溶けるようにジルヴァの後に続いた。

 静まり返った演習場。レオンは仰向けに寝転んだまま、自分の左手をじっと見つめた。

 触れた術式を壊す。それは絶対の力だと思っていた。だが、今日ジルヴァに教えられたのは、その「絶対」が通用しない領域があるという冷酷な事実。


「……魔術が、全てではない……」

 レオンが低く呟き、左手を力強く握りしめる。

 術式という設計図の向こう側にある、剥き出しの意志と駆け引き。彼ら4人が真に掴み取らなければならない「答え」が、夜の闇の中から微かに見え始めていた。

 王都の決戦まで残り4日、時間は刻々と過ぎていく。

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