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『世界は魔術でつくられる 〜術式を消去する左手を持つ少年、最強の師匠に拾われて理を書き換える〜』  作者: 三ノ宮 櫻


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第56話 特訓

 湿り気を帯びた魔力工場。剥き出しの術式回路が怪しく脈動する地下室に、音もなく「骸」が姿を現した。


「……仕留め損なったのか。最強の暗殺者と聞いて呆れるな」


 ガルドスは背を向けたまま、冷徹な声を投げかける。その手元にある魔道具の調整を止めることはないが、周囲の空気は刺すような圧迫感に満ちていた。


「……ククッ。いえ、少々昔の馴染みに会いましてね。少々手間取りましたが、次は確実に仕留めますよ」


 骸は焼けただれた顔を歪め、不気味な笑みを漏らす。その瞳には、かつての愛弟子を自らの手で壊しきれなかった歪な執着が、暗い炎となって灯っていた。


「……次は、ないぞ。私の計画に、不確定要素は一切不要だ。……分かったなら、失せろ」


 ガルドスの言葉が終わるか終わらないかのうちに、骸の気配は霧が晴れるように消失した。

 一人残された地下室で、ガルドスは巨大な「核」と思われる魔道具に手を触れる。そこには、王都中の魔力を吸い上げ、強制的に術式を書き換えるための忌まわしき設計図が浮かび上がっていた。


「……ククク。いいだろう。レオン、キャロル、そして反逆を企てる鼠共……。演習当日、お前たちが守ろうとしたこの都が、最高の処刑場に変わる様を特等席で見せてやろう」


 ガルドスの瞳が、人工魔族の培養液と同じ濁った光を放つ。


「……もう少しだ。もう少しで、全てが終わり、私が望む『真の秩序』が始まる……」


 窓の外には、朝の静かな光が広がっていた。しかし、レオンたちの心境は、その穏やかさとは正反対の焦燥に駆られていた。


「……俺たちは魔族や魔物に対する術式破壊には長けているが、対人、それも一線を越えた暗殺者や騎士相手の『実戦』が圧倒的に足りていない」


 レオンの言葉に、仲間たちの表情が引き締まる。一行は現状を打破すべく、主塔の最上階にあるキャロルの研究室を訪れていた。


「――ふむ。そうだねぇ、今の君たちじゃあ、ちょっと勝てないかなぁ」


 キャロルは空中に浮かべた数多の魔導書をパラパラと捲りながら、事も無げに言い放った。その薄笑いに、クラリスが机を叩いて身を乗り出す。


「ちょっと! それじゃあダメじゃない! 勝ち目がないって分かってて、指をくわえて見てろって言うの!?」


「クラリスさん、落ち着いて。……ですが、キャロル様の仰る通りですわ。あちらは文字通り、人を殺める術に長けた熟練者。高潔な騎士道ではなく、泥を啜り影を這う実戦経験が、わたくしたちとは違いすぎます」


 エレナが冷静に、けれど悔しげに唇を噛む。ルシフェリアも、自身の傷をなぞるように俯き、その言葉を肯定した。

 キャロルは本を閉じると、面白そうに目を細めてレオンを見た。


「術式の強弱じゃない。命のやり取りにおける『呼吸』を知らないんだよ、君たちは。……さて、どうする? 僕が手取り足取り教えてあげてもいいけれど、僕の教育は……君たちの精神が壊れちゃうかもしれないよ?」


「……断る。あんたの『規格外』に付き合っていたら、5日じゃ足りない」


 レオンは真っ直ぐにキャロルを見据え、その後に続く言葉を待った。キャロルがわざわざこんな言い方をする時は、必ず「代案」があるはずだ。

 研究室の重厚な扉が勢いよく開き、二人の人物が悠然と足を踏み入れた。

 一人は、肩をすくめながら無造作に頭を掻くジルヴァ・クロムウェル。もう一人は、艶やかな微笑を浮かべながら影を纏うように歩く東部隊長、フェリス・シャルドゥだ。


「……ジルヴァ!? それにフェリスまで……!」


 レオンが驚愕の声を上げる中、ジルヴァは面倒臭そうに鼻を鳴らした。


「よぉ、坊主。『魔女様』から直々に、ガキ共に『本物の喧嘩』を教えてやってくれって頼まれちまってな」


「ふふ、団長……アルガス様からも直々に頼まれちゃったのよ。可愛い子たち、たっぷり可愛がってあげるわね?」


 フェリスが細い指先で自身の唇をなぞり、妖艶な視線を一行に送る。その背後の影が、意志を持っているかのように微かに揺れた。

 キャロルは楽しげに机に腰掛け、ティーカップを浮かせながら言葉を継ぐ。


「王国騎士団の隊長二人が、君たちの練習相手になってくれるんだ。これ以上の贅沢はないよ? 命を懸けて、彼らの術式に食らいついてごらん」


「……上等だ。あんたたちに認めてもらえなきゃ、ガルドスも骸って奴も倒せやしないからな」


 レオンが左の拳を右手で叩き、虚無の魔力を微かに滲ませる。その瞳には、この戦いを糧に変える熱い闘志が宿っていた。


「アタシだって負けないわよ! まとめて白炎で炙り出してやるわ!」


 クラリスが拳を握り、隣でエレナも凛とした表情で頷く。


「ええ。お父様の意志を無駄にするわけにはまいりませんわ。わたくしの聖魔法、どこまで通用するか試させていただきます」


 ルシフェリアは、まだ微かに疼く傷跡に触れ、昨夜の絶望を思い返していた。だが、今はもう一人ではない。


(……『銀』だった頃の私なら、恐怖に足を止めていたでしょう。ですが、今のこの震えは……高揚。この感情は、決して無駄ではありません……!)


彼女は胸に手を当て、自分の中に芽生えた強さを確かめるように顔を上げた。


広大な演習場に、緊張感の走る乾いた風が吹き抜ける。


「――よし、割り振りは決まったな。白炎の嬢ちゃんと団長の嬢ちゃんはフェリスが。坊主とメイドの嬢ちゃんは、俺がまとめて相手してやるよ」


 ジルヴァが二対の短剣を抜き、指先で器用に回しながら不敵に笑う。その立ち姿は、隙だらけに見えてどこからも風が入り込めない、完成された武人のそれだった。


「行くぞ、ルシフェリア。……あんたの風、虚無で食いちぎってやる」


 レオンが左手のグローブをゆっくりと引き抜き、淡く揺れる無色の魔力を掌に収束させる。その隣で、ルシフェリアが音もなく短剣を構え、影のようにレオンの斜め後ろへと滑り込んだ。


「準備はできております、ご主人様。……死角は、私が」


 二人の視線がジルヴァを射抜く。

 一方、演習場の反対側では、フェリスが影を揺らしながら優雅に佇んでいた。


「うふふ、お嬢ちゃんたち。遠慮はいらないわよ? 私を本気にさせてみて」


「燃やし尽くしてやるわ! 私の白炎から逃げられると思わないことね!」


 クラリスが杖を高く掲げ、純白の炎が渦を巻いて膨れ上がる。その隣で、エレナが細剣レイピアを正対させ、冷静に魔力の流れを見極めていた。


「影は光でこそ暴かれるもの。魔術相性はわたくしたちに分があります……そこを突かせていただきますわ!」


決戦まで残り5日。二つの戦場で、火蓋が切られた。

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