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『世界は魔術でつくられる 〜術式を消去する左手を持つ少年、最強の師匠に拾われて理を書き換える〜』  作者: 三ノ宮 櫻


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第47話 王国騎士団総団長アルガス

 王都の喧騒に包まれた中心部。石畳を歩く足音だけが、今の重苦しい空気を強調しているようだった。

 エレナは俯いたまま、時折ドレスの裾を強く握りしめる。その震える肩を見て、クラリスが心配そうに寄り添い、手をかける。


「……エレナさん、大丈夫? ガルドスがあんな態度だったんだし、アルガス様に正面からぶつかっても、また何も聞かないで追い返されちゃうんじゃない?」


「そうだな……。あいつらの鉄壁の守りを崩すには、同じやり方じゃ埒があかない」


 レオンが顎に手をやり、次の一手を思案していたその時、エレナが弾かれたように顔を上げ、強い眼差しでレオンを見つめる。


「カスパールさん……。恐らく今、お父様はご自宅ではなく、騎士団の本部にいらっしゃいますわ。今なら、屋敷には数人の使用人しかいないはず……」


 エレナは覚悟を決めた表情で、大胆な提案を口にします。


「……二手に、分かれませんか?」


「二手だと?」


「はい。わたくしとクラリスさんは、娘として、そして貴族の令嬢として堂々と本部へ向かい、お父様を足止めします。その隙に……」


 エレナの視線が、レオンとルシフェリアへと向けられました。


「隠密に長けたルシフェリアさんと、術式を読み解けるカスパールさんで、屋敷に行って『地下資料室』、あるいはガルドス様との通信記録を……盗み見ていただきたいのですわ」


「……なるほど。娘が訪ねてきたとなれば、アルガスも無下にはできねえ。その隙に裏をかくってわけか」


 レオンは隣のルシフェリアを見た。彼女は静かに頷き、すでに「影」としての鋭い気配を纏わせています。

 レオンは、いつもの無愛想な仮面の裏で、わずかに眉を寄せた。まっすぐ前を見据えるエレナの細い肩が、それでも微かに震えているのを見逃せなかったからだ。


「……しかし、大丈夫か? 相手はあんたの親父だ。それに、あのガルドスと繋がっている可能性もある」


 思わず口を突いて出た言葉に、クラリスは驚いたように目を見開いた。


「あら、珍しいじゃない! あんたがそんな風に人を心配するなんてねぇ」

 クラリスがエレナの背後からひょいと顔を出し、いたずらっぽく笑いながらレオンを覗き込む。


「……俺は、ただ、その。作戦に支障が出ると困るから言っただけだ。……変な勘違いをするな」


 無表情を貫こうとするものの、レオンの声はわずかに上ずり、視線を泳がせる。そのしどろもどろな様子に、エレナはふっと、緊張を溶かすような柔らかな微笑みを浮かべた。


「ありがとうございます、カスパールさん。お気遣い、嬉しいですわ」


 彼女は再び、巨大な石造りの建物――騎士団本部を見上げた。


「でも、これはわたくしが向き合わなければならないことですの。お父様が何を信じ、何を守ろうとしているのか……娘として、直接確かめなければ」

 

 一行は、王都の象徴とも言える厳格な佇まいの騎士団本部へと到着した。白亜の壁には王国の紋章が刻まれ、入り口には重装備の衛兵が立ち並んでいる。


「……よし、予定通りだ。俺とルシフェリアは屋敷に向かう。エレナ、クラリス。お前たちは正面からアルガスの執務室へ向かえ。……いいな、無理はするなよ」


「分かってるわよ。エレナさんのことは、このあたしがしっかり守ってあげるから!」


 クラリスが力強く胸を叩く。エレナは一度深く頷くと、背筋を伸ばし、貴族の令嬢としての凛とした足取りで正面玄関へと向かっていった。


「……ご主人様、私たちも参りましょう。すでに用意できております」


 ルシフェリアがレオンの影に溶け込むように寄り添い、2人は屋敷へと向かう。

 エレナとクラリスが騎士団本部の重厚な石造りのエントランスに足を踏み入れると、ひんやりとした空気と規律の取れた静寂が彼女たちを迎える。

 すぐに鋭い視線を向け、二人の甲冑を着た兵士が歩み寄ってくる。しかし、エレナは気圧されることなく、一歩前へ出る。


「ご苦労様です。わたくしはエレナ・ゴールドバルト。父……総団長アルガス・ゴールドバルトは、現在こちらにいらっしゃいますか?」


 その声は、いつもの穏やかなお嬢様のものではなく、ゴールドバルト家の名を背負う「聖女」としての、凛とした、拒絶を許さない響き。


「はっ! エレナ様でしたか。……アルガス団長は現在、奥の執務室にて執務中であります!」


 兵士たちは即座に直立不動の敬礼を送り、道を空ける。


「ありがとうございます。……行きましょう、クラリスさん」


「え、ええ……」


 エレナは軽く一礼すると、迷いのない足取りで赤絨毯の敷かれた廊下を歩き出す。その後ろを歩くクラリスは、少し驚いたように目を丸くしてエレナをチラッと見る。


(……すごい。いつもの優しいエレナさんじゃないみたい。まるでお父様に負けないくらいの、本物の騎士団の幹部みたいな迫力……)


 クラリスは、友人の意外な一面――大切なものを守るために「戦う」と決めた者の背中――に頼もしさを感じながら、その後に続き、歩く。

 やがて二人の前に、重厚な彫刻が施された大きな扉が現れる。ここが、王国騎士団総団長アルガスの執務室。


「……お父様、エレナです。入りますわよ」


 返事を待たず、エレナはその扉に手をかけ、開ける。

 重厚な執務机に向かい、羽ペンを走らせる音だけが室内に響いている。

 王国騎士団総団長、アルガス・ゴールドバルト。その男は、愛娘であるはずのエレナが目の前に立っても、一度として視線を書類から上げようとはしなかった。


「……何の用だ」


 低く、地這うような声。エレナは一瞬気圧されそうになるが、拳を握りしめ、机の前に凛と立ち塞がった。


「お父様……いえ、今は王国騎士団総団長アルガス・ゴールドバルトに問います。今、王国騎士団の内部で何か不審なことが起こってはいませんか?」


 その問いに対しても、アルガスは手を止めない。冷淡な響きを含んだ声が返る。


「……学生の身分で、国家の根幹たる騎士団を嗅ぎ回っているのか。分を弁えろと言ったはずだ」


「何かをご存知なのですか!? 西部の術式が、北部の魔族に使われていたのです! これが偶然だと仰るおつもりですか!?」


「……私は何も知らん。下がれ」


 あまりにも無機質な、突き放すような言葉。その横顔には、家族としての情など微塵も感じられない。

 横で黙って聞いていたクラリスの堪忍袋の緒が、ぷつりと切れた。


「ちょっと! さっきから何よその態度は! 娘が、エレナさんがこんなに必死に……!」

 クラリスが怒鳴り声を上げようと身を乗り出した、その瞬間。


 ――ダンッ!!


 激しい音が執務室に轟いた。

 エレナが、白く細い両手でアルガスの執務机を力一杯叩きつけたのだ。


「……目を見てください、お父様!」


 エレナの叫びに似た声が、静まり返った部屋に響き渡る。

 初めてその瞬間、アルガスの羽ペンが止まった。

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