第23話「歪みの蓄積」
人間の感情における歪みは蓄積し、解放されるまで肥大し続ける。
イツキは村長タルエンを訪ね、リョカのことを伝えようとするが――。
オレの経験上――歪み(ひずみ)というものは蓄積する。
解放されるまで肥大し続けるのだ。
特に人間の感情において顕著だ。
そして、それは忘れた頃にいつも津波のようにやってくる。
だから、歪みは早期に解消されなければならない。
その日の夕方、オレは村の長の家を訪ねた。
長の家だけあって、他よりも一回り大きい。
戸口の梁も太く、扉は厚い。オレはノックした。
「誰だ」
「イツキだ。話がある」
沈黙ののち、扉が開いた。
「タルエン、大事な話だ。リョカのことだ」
オレは真剣な表情で言った。
「リョカがどうしたというのだ?」
それに気づいたタルエンが、表情を硬くする。
オレが言いかけたとき、外が騒がしくなる。
さらに扉を叩く音が響いた。
「やれやれ、今日は珍しく訪問者が多いな」
タルエンが戸口へ向かい、扉を開けると――見知った村人たちが七、八人。硬い顔で並んでいた。
「みんな、どうした。大勢で集まるほどのことがあったのか」
タルエンが驚いた顔をして言った。
村人の中から眉間に皺を寄せ、気難しそうな男が前に出た。
「おさ、折り入って話したいことがある」
タルエンが溜息をつき、オレへ視線を向けた。
「すまないが、また今後にしてくれんかな」
その言葉を聞いて、オレは家を出た。
直感が教えてくれる――もはや手遅れだと。
近いうちに嵐が来る。
そして、嵐への対処方法は二つしかない。
遠ざかるか、耐えるかだ。
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数日が経ち、そのときが来た-----
その日も、リョカは魔物討伐で倒れた守備隊員たちに祈りを捧げていた。
前日に、魔物が村を襲おうとしたため、守備隊と交戦になったそうだ。
そして、守備隊の一人が命を失った。若く勇敢な青年だったらしい。
オレは近くの椅子に腰掛け、黙って眺めていた。
ドン!
建物に衝撃音が響く。
女性だ。
戸口に立っていたのは女性――四十代くらいだろうか。扉を蹴り飛ばしたようだった。
その顔は涙と怒りで歪んでいた。
外から村人たちが建物に入ってくる。
十五人はいる。
そして、後ろの方にタルエンの姿も見えた。
来たか。
リョカは目を閉じたまま、祈りの姿勢を崩さない。
「もう、もう我慢できないわ!
あなたが‥‥‥」
「そう、わかってる!」
リョカは大きく声を出しながら立ち上がり、振り返った。
「みんなが、私を疑っていることを!」
ゆっくりと部屋にいる村人を見渡す。
その瞳には、力が宿っていた。
「私はこの村に拾われて、みんなに育てられたわ。
だから、この村が自分の故郷だと思っている」
リョカは、タルエンの方を見る。
「タルエンおじさん――親のいない私を、ずっと大切に育ててくれた。‥‥今でも本当の父親だと思ってる」
リョカは、悲しみを堪える様に、両手を握りしめる。
「そんな、私にとって、とても――とてもかけがえのない村」
そう言うと、リョカの瞳に強い決意が感じられた。
「でも、決めたわ」
リョカは唇を噛み、涙を溢れさせた。
「私は村を出る!
だって‥‥だって、それが、みんなの望みだから!」
村人たちは言葉を失った。
後ろからタルエンが前へ出る。
「すまない、リョカ。ワシの力が足りないばかりに」
タルエンは唇を震わせながら涙を流していた。
「ワシも、お前のことを自分の娘だと思って育ててきた。
お前が村を去ること、それは――ワシにとっても、とても辛いことだ」
その言葉を聞いたリョカは走り寄り、タルエンの胸に顔をうずめ、声をあげ泣いた。
村人たちはただただ弱く、
災いを取り除く理由を求めただけだったのだ。
そしてリョカには見えていたのだ。
村人たちの怒りと敵意そのものが。
信じていたものは崩れ去り、
彼女がすがるものは何一つ残らなかった。
見えるが故に、彼女は強さとは裏腹に――とても”弱かった”。
そして、そんな光景を、オレはただ黙って見つめるしかなかった。
次話は6/13更新です。




