第22話「村人たちの囁き」
神座へ向かう途中、イツキは村人たちの囁きを耳にする。
カーティに音声を増幅させると――。
恐怖は理由を求め、人々を駆り立てる。
オレは、オルグに教えられた建物へ向かって歩いていた。
村の中心から少し外れた、木々の影が濃くなるあたりだ。
道の脇では、村人たちが、顔を寄せ合ってひそひそと話している。
声は小さいが、視線だけはやけに鋭かった。
オレは口だけ動かして、カーティに囁く。
「カーティ。‥‥村人の声を拾ってくれ」
『お兄ちゃん、盗み聞きだ~(イケナイ、イケナイ)任せて。可聴域、増幅っと♪』
次の瞬間、囁きが明確な輪郭を持ちはじめ、耳の奥に流れ込む。
「おい、聞いたか?」
「あぁ、守備隊のヤツに聞いた。魔物が――リョカさんを狙っていたって話だろ?」
「そうだ。リョカさんを見るなり、魔物たちが一斉に襲い掛かったって話だ」
「ひょっとして、最近魔物が多く現れるようになったのは、リョカさんのせいじゃないのか?」
「おい、滅多なことを言うんじゃないよ。そうと決まったわけじゃない」
もう一人の声が、苛立ちと恐れを滲ませる。
「でも、ラグスの倅がやられちまったって話だ。次は俺たちの息子かもしれねぇんだぞ?」
言葉の端々に、恐怖が浮かんでいた。
恐怖は、いつだって理由を求め、完全に消し去るまで人々を駆り立てる。
オレは表情を変えずに、村人の横を通りすぎた先にある建物の前まで歩いた。
やがて、目的の建物が見えた。
村の家々とは造りが異なっていた。
入口の上には、木と石を組んだ飾りがあり、そこに――幾何学模様が絡み合った紋様が刻まれている。
入口は開け放たれていた。
一歩踏み込んだ瞬間、空気が変わった。
外の土と木の匂いが薄れる。
代わりに香草が炊かれ、かすかに甘みを帯びている。
正面奥――祭壇のような高台があり、その祭壇の前にひとりだけ人影があった。
リョカが白い衣の裾を整え、膝をつき、両手を胸の前で組んでいる。
オレは立ち止まったまま、静けさの中、祈りを捧げるリョカの後ろ姿を黙って見ていた。
「イツキ、何を見ているの?」
リョカは祈ったまま言った。
「わかるのか?」
「ええ、心に触れたことがある人なら」
どこからか小鳥が飛んできて、窓枠にとまった。
首を小刻みに揺らし、小さく鳴いた。
その声は部屋に妙に響いた。
リョカは背を向けたまま言った。
「昨日の戦いで、失われた命に祈りを捧げていたの」
リョカの声色はいつもより重い。
「いつだって、平和は尊い命の犠牲の上に成り立つ。だから、その魂に対して敬意と感謝を示すの」
リョカの手に力が入ったように見えた。
「私には――祈ることしかできない」
「そうかもな。蘇生させる魔法はないのか?」
「あるのかもしれない。でも私は知らないわ」
「一つ教えてくれ」
「わかることなら」
オレは一瞬だけ息を整える。
「雷王との戦いで、オレが必ず救うと思っていたのか?」
リョカが目を開け、顔を少し上げる。
「答え合わせをしたいの?真実という保証がなくても」
「知りたいんだ」
「何を?」
「どこまでオレを知っている?」
「言ったはずよ。わずかな断片しか知らないと」
「でも深い断片なんだろ?」
リョカはその質問には答えなかった。
代わりに、まるで自分に言い聞かせるように言う。
「人の心の奥が見えるというのはとても残酷なことなの。それは、見たくないものまで見えてしまうの」
リョカが振り返り、オレをまっすぐ見る。
「こんな能力――欲しくなかったわ」
その瞳は、悲し気だった。
オレはその言葉に対して、何も言えなかった。
オレは思った。
人は自分が持たない能力に焦がれる。
だが、持って初めてわかることもある。
それは"自分の望むもの"ではないと。
建物から出ると、村の中央広場に人だかりができていた。
オレは、少し離れた場所から様子を見た。
輪の中心で、子どもが赤い毛並みの小さな魔物――フェロウルフの幼獣を抱えている。
幼獣は子どもの腕の中で丸まり、喉を鳴らして甘えていた。
周りの大人も珍しそうに頭を撫でている。
魔物は子供に懐き、甘えていた。
周りの大人たちも、魔物の赤ちゃんが珍しいのか、頭を撫でたりしていた。
(魔物でも‥‥幼い時は、人に敵意を向けないのか)
そこに建物から出てきたリョカが近づいた。
「あら、可愛いじゃない」
リョカが声をかける。
幼獣が、ぴたりと動きを止めた。
じっとリョカを見つめ、耳が立つ。
鼻がひくひくと震えた。
次の瞬間。
「フーッ!!」
牙を剥き、低く唸る。
明確な威嚇だった。
「え?どうしたんだよ、急に。リョカねぇちゃんは、とってもいい人なんだぞ!」
子どもは必死で宥める。
「フー!!フー!!」
しかし、魔物は威嚇し続ける。
それどころか、リョカへ飛びかかろうとするように身を縮めた。
――そのとき、オレは気づいた。
村人たちの視線が、幼獣じゃなく"リョカ"に集まっていることを。
疑念が確信に変わろうとしていた。
リョカが気付かないはずがない。
しかし、リョカの表情に変化はなく、子どもと幼獣をただ静かに見つめていた。
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