第18話「カーティの説教」
雷王を倒したイツキを待っていたのは、カーティからの怒涛の説教だった――。
焼けるような衝撃がオレを襲う。
視界の端で警告が明滅する。
握力低下。神経応答遅延。左腕、出力低下。
このままじゃ、槍ごと弾かれる。
『お兄ちゃん、保持不能まで近い! 離して、いったん引いて!』
ふざけるな、ここで引けるか。
ここで離せばすべてが終わる。
なら――やれることは一つだ。
(螺旋振断モード――起動)
意識の命令に応じて、槍の内部機構が切り替わる。
刃の外殻は高周波振動を維持したまま、中心部の多層リングが異常な角速度で回転を始めた。
低く、耳ではなく骨に響くような唸りが柄を伝う。
次の瞬間、刺さった刃が肉を抉っていく。
振動と回転の力が合わさり、骨の縁と筋の奥へ無理やり食い込んでいく。
雷王の背を走っていた青白い稲火が、一瞬だけ乱れた。
『……え!? 雷脈が弱まった!?(マジ?)』
火花が散る。
局所放電の流れが、ほんの少し狂う。
雷王の巨体が、自分の動きにわずかに乗り遅れた。
ほんの一瞬。
(それだけで十分だ!)
(――っ、変形)
意識の命令に応じて、振動刃の先端が“形”を変えた。
細身の刃が、獣の骨に噛みつくような鈎爪状へ――ほんの僅かに反り返る。
オレは槍を引かず、肩口に食い込んだ刃を支点にして身体を半回転させた。
流れた血で足が滑る。
右脚はもう悲鳴を上げている。だが、その勢いごと雷王の側面へ潜り込む。
オレは雷王の懐へ入り込んだ。
獣臭と焦げた毛の匂いが鼻を刺す。
そこに雷王が前脚を振り下ろそうとする。
だが両後脚のダメージから体重移動が鈍る。
その一瞬の遅れを逃さない。
オレは槍柄を両手で握り込み、肩口に刺さった鈎爪を横へ捻った。
肉が裂ける感覚が手に伝わる。
雷王の巨体が初めて大きくぶれ、激しく刃をはずそうとする。
――だが、抜けない。
鈎爪が頸の内側で骨の縁に噛み込み、刃は楔のように固定される。
そのとき、雷王の左前足がオレの頭に振りかざされる。
(最後のあがきか――)
オレは反射的に左腕を上げた。
鈍い衝撃が体を襲う。
骨が軋み、視界が白く染まる。
前脚の一撃をまともに受け止めたわけじゃなく、
潰れる角度をずらしただけだ。それでも、左腕の感覚が半分失われた。
左手の指がうまく閉じなくなり、
槍柄をうまく支えることができない。
『お兄ちゃん、左上肢やばい! もう一回受けたら保持不能!(もうシラナイヨ!)』
「一回で終わらせる!」
オレは踏み込む。
右脚が血で滑る。
それでも、滑った分だけ低く刃を入れた。
そして一気に槍を引く。
肩口に喰い込ませた鈎爪が、骨の縁を削りながら抜けかける。
その瞬間、オレは柄尻を叩き込むように軌道を変えた。
下から上へ。
肩口から首の芯へ、抉り上げる。
雷王の目が見開かれる。
ダメだ、まだ浅い。
まだ届かない。
‥‥なら、届くまで押し込むだけだ。
「――う、ぉおおおおッ!!」
神経モデムが限界を越えて発熱する。
視界の隅で警告が乱舞する。筋断裂予測、熱暴走、失神リスク。
全部、知るか。オレが成すべきことはただ一つだけ――
オレは体重を預けた。
鈎爪が頸の内側の硬い縁にかかる。
あと少し、
ここで止まるな!
雷王が暴れ、全身を激しく揺さぶる。
そのたびに刃が抜けかけ、オレの身体も宙へ持ち上がりそうになる。
雷王の顔にはっきりと焦りが走った。
『今! 振動上げて! 頸の芯にもう少しで届く!あと1.8センチだよ!』
「最大出力――!」
刃が唸り
空気が震える。柄を通して掌が痺れ、その痺れすら痛みに飲まれていく。
骨が軋む音がした。
一本じゃない。
細い何かが、内側から順に砕けていく音。
雷王が口を開く。咆哮の構え。
ここでやらせるわけにはいかない!
左手はもう支えるだけでいっぱいだったが、
オレは残った力のすべてで柄をさらに押し込んだ。
鈎爪が、ぐ、と沈む。
次の瞬間――ふっと抵抗が消えた。
それは、首の芯に通った感覚。
雷王の身体が一度だけ大きく痙攣した。
立ち上がろうとするように前脚が土を掻くが、すでに遅かった。
オレは刃をそのまま抑え込んでいた。
倒れろ!お前はここで終わるんだ!
雷王の巨体が、ぐらりと傾いた。
膝が折れる。土が沈む。雷光が散る。
そして、山のような身体がついに崩れ落ちた。
沈黙。
荒い呼吸だけが、自分の耳の内側でうるさく鳴っている。
倒れた雷王の眼から、鋭さがゆっくりと抜けていく。
そのとき、消えゆく灯のような声が聞こえた。
≪――われはここで散り去るか。しかし、終わりは存在しない。
また、新たな強き追撃者が現る。これは理だ――≫
瞳の奥の光が、静かに消えた。
オレはしばらく槍を握ったまま動けなかった。
左腕は痺れ、右脚は血で濡れ、肺は焼けるように熱い。
それでも、視線だけは後ろへ向く。
リョカは、無事だった。
「……終わった」
オレの喉から出た声は、ひどく掠れていた。
オレが息を一つつくと同時に、あたりに静寂が戻る。
しかし、そんな静寂もすぐに搔き消された。
『ちょっとおにいちゃん!!』
本当の闘いはこれからだった――耳の奥で甲高い声が跳ねた。
『なに勝手に方針変えてるの!? (ぷんすか!!)カーティ、"合図待ち"って言ったよね? 言ったよね??(再確認)
しかもさっきの、完全に"指揮系統バイパス"!
あれ、統計的に言うとね――致死確率、ざっくり38%。‥‥三回やったら一回死ぬやつ!! やだ!!
たしかに後ろ脚に当たったわ。結果オーライなの、それカーティも認める。
でもね? それはベイズ更新の結果であって、最初からの確約じゃないの。
"当たったから正しい"は、論理としては最悪なの!!(むーっ)
あとね! 近接突撃とか、カーティの許可なくやっちゃダメ!(ゼッタイ)
飛刃の可能性、サージの残留、筋出力の急変――要するに、お兄ちゃんが美味しいミンチになる変数が多すぎなの!
カーティの心臓(※演算コア)がきゅーってなるの!!‥‥で? 反省は?は‥ん‥せ‥い‥は??(じー)
今すぐ"二度と無視しません"って誓約して。口頭じゃダメ。ログに残して。電子署名つきで。
あとプリンとケーキ。これ絶対!世界に無かったら作って。
材料から。今‥スグ。無理? じゃあお兄ちゃんが代わりに甘いもの食べて、カーティに"おいしかった"って感想を詳細にストリーミングして。それで手を打つ。‥‥うん、手を打つ(にこっ)』
怒涛の口撃により、雷王以上に完全に叩きのめされたオレのココロと体。
しかし、そのとき、体中がほのかに温かみを帯びた。
すると雷王から受けた傷の痛みがゆっくりと失われていった。
ふと傷跡をみると、それはすでにかすり傷程度のものになっていた。
これはどういうことだ?
確かにオレの血管内にはナノマシン(Aquila-β ナノ群)が搭載されていて、酸素運搬運動能力や治癒力が常人よりはるかに優れている。
しかし、これは異常だ。
もしかして――
オレは後ろを振り返った。
そこには、リョカが杖をこちらに向け立っていた。
そして、硬い表情は崩れ――柔らかく笑った。
オレはそれを見て、同じように笑った。
リョカの後ろで、オルグ達も安堵の表情を浮かべていた。
次話は5/9更新です。




