63話 娘のための設計図1
談話室には、鍋が煮えるフツフツという音だけが響いていた。
先ほどまで笑い声に包まれていた食卓は、今は誰も箸を動かさない。
工藤の流した涙を、それぞれがじっと受け止めていた。
工藤は大きく息を吐き、涙を拭う。
「よし。じゃあ次は、俺の番だな」
表情とともに声色も変わる。
「飲み食いしたままでいい──話を聞いてくれ」
その一言で、談話室の空気が再び動き出した。
葵もすっと姿勢を正し、その姿を見つめていた。
工藤の次の言葉を待ちながら、学習処理の優先度を一段引き上げる。
工藤は椀に具材をよそいながら話し始めた。
「今回の改修のポイントは、大きく二つ──
機体の軽量化とデュアルプロセッサ化だ」
だまこを一口食べ、満足そうに首を縦に振ってから続ける。
「まずは機体の軽量化。
現状の60kgから40kgまで落とすのが目標だ」
その数字を聞き、誰もが完成後の姿を思い浮かべていた。
宮下は何も言わないまま、頭の中で重量配分と部品構成を組み立て始めていた。
完成した機体から三分の一近い重量を削りながら、内部構造まで見直す。
それがどれほど大掛かりな設計変更であるか、この場にいる誰もが理解していた。
工藤は皆の反応を見て、口元をわずかに上げた。
「普通なら、ここまで手を入れるなら別機体を設計する。
既存機体をここまで作り替えるなんざ、非現実的だ」
残り少ない缶ビールを一気にあおる。
「だが今回は違う」
飲み終えた缶を、テーブルに音を立てて置いた。
「俺たちが残したいのは、今の葵の身体だ」
皆の視線が、自然と葵へ向く。
葵は恥ずかしそうにうつむいた。
「だから、この身体をもっと強くする。
機体重量を落とせれば、多くの問題を一気に解決できる。
バッテリーは長持ちする。動きももっと人間らしくなる。
そして何より──壊れにくくなる」
葵は顔を上げると、小さく顎を引いた。
「軽量化による慣性力の低減……ですね」
「ああ、その通りだ」
工藤は嬉しそうに目を細める。
「歩行でも転倒でも、関節やフレームに掛かる負荷は確実に減る。結果として機械は長持ちする。
そこで、今使ってる金属フレーム類を全部CFRTPフレームへ置き換える。
鉄のおよそ四分の一の軽さ。引張強度も鉄を大きく上回る」
「CFRTP……」
柊真が記憶を辿るように呟く。
「熱成形できる炭素繊維素材ですよね?
プロセッサやアクチュエータの熱は大丈夫ですか?」
「問題ねぇ」
工藤は即答した。
「金属の代替素材として使われるくらいだからな。
仕様にもよるが、300度近くまでは耐えられる」
宮下もすぐに補足する。
「現行機体の温度データを見ると、プロセッサで最高約80度。
アクチュエータ周辺は40度から50度で安定しています」
「それなら十分余裕がありますね」
柊真は納得したように頷く。
詩織は鍋へだまこを足しながら尋ねた。
「どのくらいの軽量化が見込めるんですか?」
工藤は少し考えるように腕を組んだ。
「これだけで10kgくらいは落としてぇな」
しかし、すぐ首を横へ振る。
「現状でも金属じゃねぇフレームは結構使ってる。
だから全部置き換えたところで、20kg減には届かねぇんだ」
談話室が静まり返る。
工藤はもう一つだまこを口に放り込むと、ハフハフと息を漏らしながら、嬉しそうに目を細めた。
鍋から立ちのぼる湯気の向こうで、工藤が口を開く。
「次に重量があるのは──バッテリーだ」
柊真は器を置きながら頷いた。
宮下はすぐに答える。
「現行機体で10.2kgです」
「だな」
工藤は缶ビールを軽く揺らしながら続けた。
「葵の活動量と充電サイクルを考えると、今使ってるリチウムイオン電池のエネルギー密度じゃ、このあたりが限界だ」
「消費電力の内訳を見ると、一番電力を使っているのはプロセッサとアクチュエータです」
宮下は迷いなく説明する。
「もっとも、葵は読書が趣味ですからね。激しい運動をほとんどしません。
一般的な人型ロボットと比べると、バッテリー消費はかなり少ない方です」
葵はその言葉を聞いて首を傾げた。
「私は、省エネルギーだったのですね」
その一言に、談話室へ小さな笑い声が広がる。
柊真も笑みを浮かべた。
「充電のタイミングは、僕の食事に合わせるようにしています。
可能な限り、一日三回、規則正しく」
「十分だな。葵は充電せずに長時間稼働させる必要はねぇんだ。
俺達と同じ生活サイクルで、十分な稼働時間を得られればいい」
工藤は迷わず同意する。
「今回、プロセッサは一基増える。
そのぶん消費電力も増えるが、フレームの改良で機体重量は大幅に減る。
差し引きすりゃ、今の総容量で足りなくなるってことはねぇはずだ」
詩織は煮えた具材をみんなの器に取り分けながら続けた。
「では、バッテリー自体は今までと同じものを使うんですか?」
「いや」
工藤は首を横へ振った。
「よりエネルギー密度が高くて、安全性も高い全固体電池へ置き換える」
葵の瞳がわずかに動く。
「全固体電池……記録しました」
「液体の電解質じゃねぇから、発火リスクも低い。
形状の自由度も高いからな──」
工藤は椀の具材を箸で軽く持ち上げながら続けた。
「今までは一か所にまとめて搭載していたバッテリーを、身体のあちこちへ分散配置できる。
そうすりゃ重量バランスも取りやすくなる」
柊真も納得したように言葉を返す。
「重心まで最適化できるわけですね」
「そういうことだ」
工藤は口元を緩めた。
「重量だけなら、三割くらいは落とせるだろうぜ」
葵は水筒からアクア・セルラを一口飲むと、その数字を記録する。
「バッテリー重量、約30%削減……」
工藤はそんな葵を見て、小さく鼻を鳴らした。
「フレームとバッテリーで、約13kgの軽量化だな。
あとは、内部構造や配線、基板、小型アクチュエータ化まで含めれば、5kgは落とせると思ってる。
目標にはあと一歩ってところだが、実際に組んでみねぇと、どこまで軽くできるかは読めねぇ」
そう言って、工藤は残り少なくなった鍋を覗き込んだ。
詩織は空になったビールグラスを下げると、小さな徳利を手に取った。
「ここからは日本酒にしましょうか」
柊真のお猪口へ日本酒をゆっくりと注いだ。
柊真は笑顔で同意した。
詩織は日本酒を一口含み、ゆっくりと味わった。
「20kgの軽量化も、現実味が見えてきましたね」
「俺一人じゃ無理だ」
工藤は即座に首を振る。
「宮下には基板や配線も全部見直してもらう。積み重ねていけば、まだ削れる」
「もちろんです」
宮下は珍しく即答した。
その声には、秘めたような闘志が宿っている。
「……と、軽量化についてはこんなところだ。現行機体の改良点について何かあるか?
あんまりな無理難題は言うなよ」
工藤は皆の顔を見回し、少しだけ身構えた。
この流れで無茶な要求が飛んでくることを、嫌というほど経験している。
葵は自分の腕を見つめ、何かを考えていた。
やがて、静かに顔を上げる。
「工藤さん」
「ん?」
「公園のジャングルジムや……雲梯でも、遊べますか?」
一瞬、談話室が静寂に包まれた。
柊真も詩織も、その問いの意味をすぐに理解する。
あの日、公園で遊具を前に立ち尽くしていた葵の姿が、それぞれの脳裏によみがえっていた。
「もちろんだ。考えてある。
ぶら下がってもいい。登ってもいい。転んでも、簡単には壊れねぇようにしてやるぜ」
葵は目を丸くする。
「……本当ですか?」
「ああ。今までは各関節にモーターを組み込んでいた。この方式では関節自体を丈夫にしづらいし、出力にも限界がある。
だから、モーターは人間でいう筋肉に近い位置へ配置して、関節そのものは強度を優先する」
工藤は鍋の湯気を眺めながら続ける。
「さらに、一つのでかいモーターで動かすんじゃねぇ。
小型アクチュエータを分散配置して、人間の筋肉みてぇに動かす」
宮下は炭酸水を一口飲むと、補足を加えた。
「冗長性も確保できますね」
「ああ。それに前腕や指先は人工腱で力を伝える。
重いモーターは肩や肘へまとめるから、手先はもっと軽く、もっと速く動く」
工藤は照れ隠しのように笑った。
「子供が遊具で遊べなくてどうする。
そんな身体じゃ、人間らしいとは言えねぇだろ」
「ありがとうございます」
葵の表情が、だんだんとほころんでいく。
(私も、公園で遊べる……)
胸に小さな期待が灯り、自然と笑みがこぼれた。
その笑顔を見た詩織も、思わず微笑む。
宮下は苦笑した。
「……それを制御するのは僕ですけどね」
工藤は豪快に笑った。
「だから、お前に任せてる」
宮下が肩をすくめると、談話室は笑いに包まれた。
笑い声が落ち着くと、再び鍋の湯気だけが静かに立ちのぼっていた。
【更新予定:毎週金曜日の20時】




