076 サルダン継承戦争開幕
(およそ3,000文字)
シャルレドの立てた作戦を元に、カイマイロが中心となって布陣が敷かれる。
前線では、ルデアマー騎士団が前衛に盾を構えた短槍兵を置き、後衛に弓兵を配して、二列横隊を形作っていた。森林に配置するため、長く列を組んでいるわけではなく、小隊が点在する形で数珠繋ぎのようになっている。
だが、軍の主軸に見える隊列は飽くまで見せ掛けだけであって、敵を引き付け、定められた地点に誘導する役割を果たせればよかった。
本命となる僧兵団は、太い枝や斜面の木陰に身を潜めており、高所から奇襲を掛けようと息を殺していた。
崖に作られた物見櫓から、レアムは顔を覗かせる。
「敵の布陣が見渡せる。こちらに有利な良い立地だ」
戦場にまだ動きがないのを見て、レアムは「大丈夫だ」と昂る気持ちを落ち着かせる。
「前線からはだいぶ離れてはいるけど、矢や魔法は届く距離だよ。悪いことは言わないから、お前もゼリューセ様と本陣に居た方がいい」
壁に寄り掛かって体育座りしているサニードにレアムはそう言う。
「……いい。ウチだけ安全なとこにいるなんてできないし」
サニードは赤く腫らした目をしてそう答えた。
「でも、戦いとなったら……」
「大丈夫。グリンがいるし」
サニードはスライムを抱きしめて言うが、レアムにはその魔物はいないよりはマシ程度の気休めにしか見えなかった。
「……分かった。けれど、俺の指示には従ってくれよ」
レアムが肩を竦めると、サニードの長い耳の先がピクッと動く。
「なんで?」
「なんで……って?」
「いや、なんでウチがあんたの指示に従わなきゃいけないのさ?」
「そりゃ、お前の護衛を……頼まれたから……」
棘のある言い方に、レアムは少し慌てる。
「ウチの護衛? そんなのいらないよ。あんたはゼリューセさん守ってよ。それが仕事でしょ?」
「お嬢様からそう依頼されたんだ……」
レアムが自信なさげにそう言ったのは、命令以外の感情も少なからずあり、私情を挟むことへの負い目を感じていたからだった。
「あんただって役割があんでしょ?」
「ああ。だけど、出番は終盤になると思う」
狂犬と呼ばれる男を足止めすると聞いてはいたが、それは“ベイリッドを抑え込み、手下たちが守りに入った際の後詰め”との話であった。
割り当てこそ決められていたが、最初からその形に決めてしまうと、予想外の事態が生じた時に柔軟な対応ができない……それを危惧したシャルレドは、レアムには状況を見て動けと曖昧な指示を出していた。
「ウチなんか守っても……意味ないし……」
「そんなことない!」
レアムが思わず大声を出したのに、サニードは怪訝そうにする。
「えっと、その、大事だから……」
「大事?」
レアムはハッとして首を横に振る。
対して、「大事」という言葉で、オクルスとのやり取りを思い出したサニードは不快そうに唇を噛んだ。
「いや、その……あ! そう! お前はルデアマー家の大事な客人だから!」
「……ふーん」
サニードがつまらなさそうに返事をすると、レアムは「俺、何かマズイこと言ったか?」と狼狽えたのだった──。
□■□
「予想はしてたが随分といやがるな」
身を低くしたまま、繁みから出てきたヴァルディガがそう呟く。
「数はこっちの十倍以上。裏を掻こうにも、隙間なく配置していますし、森の中で索敵に優れるエルフの姿もチラホラあったっスよ」
気落ちした様子でドゥマが続ける。
「こっちの腰の浮き加減次第じゃ、ライラードも尻尾を振って噛み付いて来そうな雰囲気だしな」
ヴァルディガがニヤニヤと笑いながらそう言い、何がそんなに面白いのかとドゥマは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……“例の準備”は完了したと考えていいのか?」
目を閉じて腕を組んでいたベイリッドが、敵軍の方をチラリと見やって尋ねる。
「抜かりはないです。“混乱に乗じろ”と伝えてありますよ」
ディバーの方を親指で示し、ヴァルディガは自信たっぷりにそう答えた。
「ハイドランド側の指揮官は?」
「予想していた通り、ゼリューセ嬢ですね」
ベイリッドは眉間にシワを寄せて深く嘆息する。
「作戦参謀にはシャルレドがついたみたいです」
「……ヴァルディガ。それもお前の計画通りか?」
ヴァルディガは目をグルンと回した後、「まさか」と首を横に振る。
「シャルレドはこちらのやり口を知ってるでしょう。だが、前線には出て来ない。仮に俺の思考を読めたとしても、必ず一手遅れる」
ベイリッドの眉間に、さらに深いシワが刻まれる。
「……オクルスは? 話だと、ハイドランド側にいるのだろう?」
「ああ。あの商人なら問題ありません。ベイリッド様の勝利を確信していますよ」
「ならば、なぜ向こう側にいる?」
ヴァルディガはキョトンとして、「さあ?」と肩を竦めた。
「二重スパイだったんでは?」
「もしそうだとしたら、ヴァルディガ。お前が始末していないはずがない」
「そうですね。そういう素振りはなかったです」
「……あの男はそういうことはやらん」
「あんな闇商人を随分と高く評価されてますね」
少し呆れたような、からかい口調でヴァルディガは言う。
「……商人に必要なのは“誠実”さだ。私はあの男と話していて、自分が課したルールは必ず守る人間なのだと感じた」
ベイリッドがそう言うのに、ヴァルディガは気後れしたような顔を浮かべる。
「お前の忠誠心を私は疑わない。そうだろう?」
「もちろんです」
ヴァルディガは姿勢を正して頭を下げる。
ベイリッドは振り返ると、集まった自軍を見渡した。
「向こうは、こちらの進軍を止めさえすれば勝ちは揺るがないと考えるだろう。こちらは寡兵にして、継戦能力は乏しい……」
ベイリッドが静かに話すのに、ヴァルディガもドゥマも他の団員たちも黙って聞く。
「では、これからそれが間違いであると教えてやるとしよう」
そう言ったベイリッドは、腕を開き勢いよくマントを翻して歩き出した。
□■□
ゼリューセ軍、ベイリッド軍、その双方を見渡せる少し小高い崖にオクルスはいた。
「やはり、沈黙しているか。動きがないのは、ただ単にこの“継承戦争”を見物しに来ただけなのか」
戦場の遥か上を浮かぶ空中城塞エアプレイスを見やり、オクルスはそう呟く。
「……しかし、それにしても」
オクルスは視線を落とし、森の中に潜む兵士たちを見やって首を傾げる。
人間の目では確認できずとも、体温、魔力、気配……そういったものを感知することのできるスライムたちが、彼らの位置をつぶさに教えてくれていたのだ。
「……この配置はなんだ?」
オクルスから見ても、ベイリッド軍の展開の仕方は奇妙だった。
まるでベイリッドを遠巻きにするようにして、兵士たちは左右に散らばって行く。それはまるで主を見捨てて行くかのように思われた。
「確かに、戦場には悪魔の気配がある。“擬態”も完璧だ。私ですら、姿だけでは見破れない。……だが、何かがおかしい」
思考を巡らせるが、オクルスにはヴァルディガの狙いが掴めない。
オクルスは目を凝らして軍団を見やる。そしてようやくのことで違和感の正体に気づく。
「……これは私が用意した悪魔ではない?」




