074 弟子の安全
(およそ2,500文字)
ゼリューセはゲランド高地の一番高台に本陣を敷き、天幕の中でキキヤヤやカイマイロたちと共に作戦会議を行っていた。
「……敵は数での不利を逆手に取り、戦力をベイリッドという最強の矛を中心にして一点突破を狙ってくる公算が大きいにゃ」
大テーブルに拡げた戦術地図の上の駒を滑らせ、シャルレドが説明する。
「そうなると、ヴァルディガとドゥマは戦力を分散させる陽動に出るにゃ。こちらは数の利を活かしてひとつひとつ虱潰しにした方が賢い…」
白金の鎧に身を包んだゼリューセは頷く。
「…と、思わせる裏をかくにゃ。ヴァルディガとドゥマは後回しにする。こっちは頭を先に叩き潰す」
シャルレドは、ベイリッドの駒を平手で押し倒す。
「僧兵の火力を一点集中。それだけじゃ倒し切れないが、疲弊させて退路を断ち、回復の暇を与えないにゃ」
ベイリッドの駒の周囲を味方の兵士たちで囲う。
「持久戦にはなるにゃ。にゃが、物量、地の利に置いてはこちらの方が遥かに優勢。向こうの小細工にだけ気をつければいいにゃ」
「……なるほど。どう思いますか? カイマイロ」
欠伸をしているキキヤヤを見やり、ゼリューセはその奥で顎を撫でているカイマイロの方に問う。
「作戦はほぼ問題ないかト。しかし、ヴァルディガを誰が相手をするかという問題が…」
「そこはアアシがやる」
「しかし、シャルレド殿。失礼を承知で申し上げまスガ、その脚デハ…」
「ま、アアシ独りで倒すとなればキツイにゃしが。抑える程度ならなんとかにゃるでしょ。何人か活きのいい若いの貸してにゃ。対ヴァルディガの優秀な戦士に仕立て上げて見せるにゃ」
心配そうな顔をしているチルアナに、シャルレドはウインクしてみせる。
「あと、ドゥマってヤツかー?」
「彼も問題ありません。騎士団に有能な剣士がおります。叔父上の護衛ですが、今回は特別に作戦に組み込んでよいとのことでした」
「あー、アレな〜。ま、いいんじゃない。他の連中に任せるよかは」
キキヤヤはケラケラ笑って頷く。
「その剣士はいまどこにゃ? ツラァ見ときたいな」
「こちらに向かって来ているハズです」
シャルレドはオーケーと指で丸を作る。
「でハ、方針は決まりましたナ。我々の後方にはライラード軍もおりますシ…」
「そこにゃ。指揮系統が別の連中が入り込むと、予期しない事態の恐れがあるにゃ」
「心配には及びません。ライラードの援軍…ガニメデ殿は後方支援で、ヴァルディガに圧を掛け続ける事が目的です。脇から我々の居る本陣や、ディバーそのものを狙われるのを防ぐためにも、左右に広く展開して貰っていますわ」
シャルレドは「監視かよ」と悪態をついたが、ゼリューセは特に何も反応を示さなかった。
「……そして、最後の問題。罪与の商人が用意したであろう向こうの切札ですが」
ゼリューセの視線が、サニードにと向く。
「レンジャーが3人…本当にそれで大丈夫と信じてよいのですね?」
「うん。セフィラネとも話してこれがベストだって」
ゼリューセはふと視線を落とし、それから何度か指を擦る。
「……サニードさん。あなたを信用していないわけではありません」
「うん」
サニードは真面目な顔で頷く。ゼリューセの不安や緊張が感じ取れたからだ。
「ですが、向こうが用意しているものを我々は知りません。知っているのはあなただけ…」
サニードは震える自身の指を握りしめる。
「ウチは…」
「もう話しても差し支えありませんよ」
外から聞こえた声に、サニードは目を丸くする。
そして、天幕の中に入ってきた男を見て、全員が緊張と警戒した素振りを見せた。
「オクルス…」
オレシアの姿ではない。久しぶりに見る“オクルス”の姿に、サニードはなぜか一瞬だけ安堵を覚えた。
「……あなたが…罪与の商人ですか」
「ええ。お初にお目に掛かります。ゼリューセ・ルデアマー様」
白々しくもオクルスは丁寧にお辞儀する。
キキヤヤとカイマイロはいつになく真剣な顔をして、ゼリューセを守るように前にと進み出た。
シャルレドは怯えるチルアナを庇うように立ち、周囲の兵士たちも剣に手を掛ける。
「にゃにしに来た? 今は敵側だろ?」
「敵側? 私はどちら側でもありません。ベイリッド・ルデアマー氏との取引は終わりましたしね」
サニードはコクリと喉を鳴らす。
「……では、今度は私たちの有利となる取引を持ち掛けたとしたらどうしますか?」
「それには応じかねます。利益追順のみの両面取引は私の主義に反しますので」
ゼリューセの問いに、オクルスは肩をすくめた。
「でしたら、なにをしにここに来られたと言うのでしょうか?」
オクルスはサニードを見やる。
「サニードは私の弟子です。彼女の安全を確保する為にです」
「え?」
サニードは一瞬だけ驚いた顔をして、その後、ニヤけそうになる自分の顔をペシペシと両手で叩いて見せた。
「オクルス。あのさ、さっき話してもいいって言ったのは…」
「私がベイリッド氏に提供したものです」
「それって…」
「上位悪魔50体です」
サニードの戸惑いをよそに、オクルスはさらっと話してしまう。
ゼリューセだけでなく、全員の顔色が戦慄のものに変わる。
「悪魔…にゃと?」
「上位悪魔…しかも50体トハ…」
「……シャルレドさん。それはどのくらいの戦力なのですか?」
ゼリューセが問うのに、シャルレドは喉をコクリと鳴らしてから、ようやくのことで口を開く。
「…戦ったことはにゃいから正確にはわからない。けど、ヴァルディガが50人に増えたって気分にゃ」
ゼリューセが目を丸くする。
「そして、セフィラネ…いや、サニードが対抗に呼んだのが対悪魔専属のレンジャーですか」
オクルスの問いに、サニードは頷く。
「でも、3人でハ…。悪魔は50体もいるのでショウ?」
サニードが苦い顔をするのに、オクルスは少し考えた後に口を開く。
「…いえ、そこまで悪い手でもありませんね。遠目に見ただけですが、かなりよい人選だと思います」
「なんにゃと? オマエ、いったい誰の味方にゃ?」
「繰り返しますが、誰の味方でもありません。貴女たちに協力する気もありませんが、敵対する気もないだけです」
キキヤヤが「うーん」と首を傾げる。
「嘘、言ってないな。信じるもないけどさ」
ゼリューセはしばらく黙ってオクルスと全員の様子を見やる。
「オクルスさん。どちらの味方でもないとのお話ですが、あなたは作戦内容の一端を聞いています。大変申し訳ないのですが、この一件が終わるまで、あなたを拘束しなければならなくなりました。よろしくて?」
「……嫌だと言ったらどうなりますか?」
「少々、手荒なことをしなければなりませんね」
キキヤヤ、カイマイロがゆっくりと構えるのに、オクルスは両手を開く。
「その覚悟で来ています。この場に留まりましょう」
「オクルス?」
オクルスらしくないとサニードは怪訝そうにする。
「……そういえばオレシアさんの姿も見えませんが?」
ゼリューセが疑問を口にするのに、サニードはギクリとした顔を浮かべた。
「えっと、彼女はぁ…」
「サニードの護衛を私が引き継いだので、“妹”はセフィラネの元へと返しました」
オクルスがそう言うのに、ゼリューセは目を細める。
「途端に関係性が疑わしく思えてきましたね」
「それはそうでしょうね。私とセフィラネは師弟関係で、競争相手でもあります。しかし、共謀してこちらの陣営を陥れる可能性もゼロではない」
ゼリューセは自身の爪をカリカリと擦り合わせた。
「ですが、サニードの存在がその疑わしさを払拭しているのでは?」
「え?」
名前が出たことにサニードは驚くが、オクルスとゼリューセは瞬きひとつせず、互いに探るような視線を向かい合わせる。
「……そうですわね。私は個人的に、サニードさんは信頼に足ると思っています。欠如なき魔商、罪与の商人ではなく、サニードさんだからこそ依頼をしました」
「ゼリューセさん…」
サニードは思わず涙ぐみそうになった。
「……サニードさん。準備の方をしっかりとお願いします」
「うん」
「それと、オクルスさんから目を離さないようにお願いします」
ゼリューセは、オクルスから視線を外さずにそう言ったのだった。




