073 デビルハンター集結?
(およそ7,200文字)
オクルスがヴァルディガに悪魔を引き渡してから5日後、ついにペルシェからディバーへと宣戦布告がなされた。
戦争の可能性については噂されていた上、ハイドランドとベイリッドの仲の悪さについては国民たちも周知のことであったが、それでも実際には国内で戦いが起きるという事態に市井では混乱が生じた。
冒険者ギルド本部は臨時会談を設け、ペルシェとディバーのレンジャーは戦争不介入との合意に達する。ただし、侵攻されるディバー側のギルドは最低限の人命救済防衛措置を取るということが認められた。
「この“ゲランド高地”で、かの将軍シュモ・ポゥーは、攻め寄せる魔物の大群を撃退せしめたんじゃ。まだその時はサルダンは国の体をしておらんでな。数で劣るちゅー不利を、知略で見事に覆しおったわけじゃな」
団長アーリンバは儀仗剣を杖がわりに、湿地帯を進みながら説明する。
「そこで使った策というのが、有名な“鉄砲水戦法”じゃ。ほれ、あそこの崖に窪みがあるじゃろ。そこかしこに放水路があるでな。これはヴァロン大河から水を引き、川の水を高台に作ったダムで堰き止めてな、崖下から迫りくる魔物どもを一気に押し流すちゅうもんじゃ」
「へぇー」
サニードは眠そうな目を擦りながら曖昧に返事する。
「なんじゃ。この辺の地理について教えて欲しいと言ってきたのはそっちじゃろ」
アーリンバは憮然とした顔で言う。
「あー、うん。ゴメンゴメン。ちゃんと聞いてるよ。でも、眠くて眠くてどうしても……」
サニードは大欠伸をする。
「商品の手配でか?」
「そうそう。手紙は届けてくれるんだけど、書くのはウチがやらなきゃいけなくてぇー、そんなもの書いたことないから毎日徹夜。契約書だから少しでも間違いがあると書き直しだしさ。おかしなとこあるなら、向こうで直してくれてもいいのに」
「ワシには商売のことはよく分からんが、それが騎士で言うところの基礎訓練なんじゃろ。師匠からの愛の鞭じゃて」
「どうだろね。単なるイヤガラセだと思うけど」
サニードは自分の頬をペシペシと叩いて眠気を覚ます。
「……で、話を戻すと、決戦の舞台はここになるでいいんだよね?」
「ああ。ディバーは最低限の防衛を残して迎撃に出る。裏は切り立った崖、迂回路もないわい。ベイリッド側は否応なしに正面から攻めにゃならん」
アーリンバは地図を取り出し、いかにディバーの守りが堅牢なのかを話す。
「ん? あれは……」
木々の影に、黄銅の鎧を着た兵士たちがいるのを見てサニードは目を瞬く。
「ああ。ライラードの斥候じゃ」
「ライラード? 他の国の兵士ってこと? なんでそんなのがいるの?」
「今回の戦いはサルダンだけじゃなく、ガットランド全体にも影響を及ぼすじゃろ。だから軍隊を派遣し、ハイドランド様を勝たせる必要があるというわけじゃ。……恩も売れるしの」
サニードは険しい顔を浮かべる。
「……ベイリッドを倒して、ヴァルディガの企みを潰すだけじゃんか」
「なんじゃ? 利益を求めとるのは、お前さんもじゃろ?」
アーリンバに不思議そうに問われるのに、サニードは口をモゴモゴとさせた。
「……ま、実際に戦場に出るわけじゃないんじゃ。そう気負わんでもいいじゃろ」
サニードが単なる商人だとしか聞かされていないアーリンバは、自身の腰を叩きながら言う。
「なんも心配することはないわ。ルデアマー騎士団と臨時徴兵、僧兵団、それにライラードの軍隊を合わせれば、こっちは総勢2,000を超える大軍じゃてな。掻き集めて、せいぜい数百人程度のベイリッド側に勝ち目はないわい」
□■□
サニードは、シャーニカ宮殿のはずれにある寂しい広場へと向かう。
ちょうど宮殿の影に隠れ、かつ市街がある方とは反対、人気がない場所であることを加味して選定したのだった。
水が止められ、砂埃ばかりが溜まってしまっている噴水。その側に人影があるのを見て、サニードの緊張はピークに達したが、影の数がやけに少ないのに怪訝そうな顔を浮かべた。
「……えっと、はじめまして」
恐る恐るサニードが声を掛ける。雰囲気からレンジャーであることは間違いない。
彼らはゆっくりと顔だけをサニードに向けた。
「あー、13人……頼んだはずなんだけれど、もしかしてまだ到着していない……とか? 少し、時間早かったかなぁ?」
サニードは動揺を隠すように余裕ぶったつもりでそう言ったが、その声は上擦っていた。
「いんや、アタクシら3人だけですなァ。後にはだぁれも来やしませんよ」
噴水の一番手前に腰掛けていた、3人の中で一番の年寄りが、抜けた歯を見せて朗らかにそう答えた。
それは跳ねたような横髪と、クルンと丸まった顎髭にもだいぶ白髪の混じった、道化師とも魔法使いとも取れる奇妙な格好をした老人だ。
「どういうこと? 来ないってどうして分かるの?」
「そりゃ、あすこの2人が残りの連中を追い返しちまったわけですからねェ」
老人は幾つものプレートがぶら下がった捻じれた杖を向け、噴水の向こう側にいる男たちを示す。
ひとりは包帯で全身を巻かれたような年齢不詳の小男であり、キノコ傘のような帽子を被り、錫杖のような物を手にしていた。その包帯の隙間からのぞく目がギラギラと異様に輝いている。
もうひとりは逆立つ黒髪と、無造作に生えたままの顎髭、剛毛に覆われた手脚、野生的という表現がぴったりの中年の偉丈夫で、使い古された軽装鎧、無骨な大剣を背中だけでなく腰にも帯びている。
「追い返した? なんで? どうして?」
「アンタさんが、サニードさんかね?」
「え? あ、うん。そうだけど……」
「そうかね。アタクシは魔術師のウェイロー・ジュリマンと申します」
老人……ウェイローは「よっこらしょ」と立ち上がる。細身の割には背は高く、サニードは思わず見上げてしまった。
「どうぞ、よろしく」
「こ、こちらこそ……」
ウェイローが頭の先だけを覆うベレー帽を脱いで丁寧にお辞儀したもので、サニードも思わず頭を下げ返してしまった。
「それで、向こうの布巻きの坊さんがリネド・ババ……ですかな。なにせ、発音が難しくて正確かは判りかねますがねェ」
ウェイローは語尾を間延びさせた特徴的な喋り方をする。聞き取り辛いのは、どこかの方言が混ざっているせいかとサニードは思った。
「で、あすこの大きな図体した戦士がジャコモ・ヴォーダンですなァ」
「あれがジャコモ……」
レベル70のデビルハンターは見た目通りに強そうだったので、サニードは少しホッとする。
(ウェイロー、リネド……確かリストじゃ、レベルは上の方で……それでも40くらいだったっけ)
ポーチの中の紙を見れば詳細は分かったが、彼らの前でそれを行うのは侮られる気がしてやらなかった。
セフィラネからも口を酸っぱくして、間抜けな姿を見せたら主導権を奪われると言われていたのだ。
「あー、そうじゃない! なんでウチが依頼したレンジャーを勝手に帰らせたの!? どうしてだよ!?」
憤ってウェイローに言うが、彼は困ったように首を横に振る。
「帰らせたのは、あすこのジャコモですな。まあ、あっちの兄さんも一緒になって何やら言ってましたがねェ」
「なんだよそれ。でも、報酬も受け取っていないのに、なんでそいつらは素直に帰ったの?」
ウェイローは、白く濁った瞳でサニードを見やる。
「簡単な話です。彼らの雇い金に上乗せして、ジャコモが支払ったからですなァ」
「はあ???」
サニードの顔が疑問符で一杯になったが、ウェイローは「あとは本人に聞いてくだせぇ」と抜けた歯でカラカラと笑った。
サニードは咳払いすると、「話してるんだからこっちに来いよ」と思いつつ、自分から彼らに近づく。
「あー、ジャコモにリネド? どーして、他のレンジャーを勝手に帰らしたの?」
サニードの問いに、リネドは猫のようにプイと顔を逸らした。
「こ、この!」
「足手まといはいらん!」
サニードが怒る前に、ジャコモは見た目に相応しい野太く低い大声でそう答えた。
「足手まといって……」
「貴様も依頼人……ましてや、テイマーならば、悪魔がどのような存在か知っているはずだ」
ジャコモの視線は、サニードの手の指輪に注がれていた。
サニードは気まずそうに口元を歪める。とても知っていると言えるほどの知識は持っていなかったからだ。
ウェイローは、ヒョッコヒョッコと左右に揺れる奇妙な足取りで、サニードの横に立つ。
「悪魔討伐ちゅーんは基本はソロ、もしくは少数チームで当たるのが基本でしてねェ。ヤツらのスキルで、同士討ちをさせられるのを避けるためなんですが……まあ、高レベルのレンジャーなら対策していて当たり前なんですがなァ」
「烏合の衆となるとそうもいかん」
言葉尻を取られても、ウェイローは笑って頷く。
「だからって、それで帰したの? 10人も……ウチが雇ったレンジャーを勝手に?」
「このガキとジジイもいらん。俺は独りでいいと言ったのだ」
「ええー!?」
サニードが驚くのに、ウェイローは肩を竦め、リネドはなぜか首を上に伸ばす。
「※◎◆!! □Ω✕◇△▼◆※※◎♢!!△◎▼◆¥※◆♆Ω!!!」
「え? ええ……?」
リネドが意味不明な言語で叫ぶのに、サニードは目を白黒させる。
「……あー、おそらくジャコモの意見に賛同しているようですなァ」
「分かるの?」
「いや、なんとなく雰囲気で」
ウェイローがニヤニヤそう答えるのに、サニードは胡乱げに見やった。
「▼◆※※◎!!」
「うるさい! 黙れ! 何を言ってるかサッパリだ! コイツは金を渡しても帰らん!」
ジャコモは片耳を押さえ、忌々しそうにリネドを睨む。
「Ω✕◇※※◎!!」
「……今度はなんだって?」
サニードは苦々しい顔で、ウェイローに尋ねる。
「あー、おそらく、『金では動かん』……とでも言ってるんでしょうな。……たぶん」
「レンジャーなのに? で、お金を払って追い返したってどーいうこと?」
今度は、サニードはジト目でジャコモを見やる。
「報酬に目が眩んで、悪魔狩りをするような“ニワカ”を追い返しただけだ。ここで金を受け取って帰ったということは、本気で悪魔と戦う気などなかったということだ」
「いや、例えそうだったとしてもさ。人数の都合が……。ってか、待って。その、レンジャーを帰らせるためのお金はどうしたのさ?」
「金? 金なら俺が出した。さっきそう言っただろう。頭が悪いのか?」
「頭が悪いって……そうじゃない! そんなんで納得できるかよ! 意味が分かんない! お金で雇ってるのに!」
サニードは頭の中で、残りの10人の報酬額が幾らだったか思い出そうとした。
「本当に追い返すのに、あんたが自腹で払ったの???」
ジャコモが「当たり前だ」と言うのに、サニードは目を丸くする。それは彼ら3人の分を除いても、数千万はくだらない大金だ。
「ご存知ない? ヴォーダン家は資産家なのです。代々、悪魔・悪霊討伐専門にやっている名家でしてなァ。我々の間ではちと有名なのですよ」
ウェイローが耳打ちしてそう言うのに、サニードもようやくどういうことなのか理解し始める。
「だからジャコモの報酬が破格に安かったのは……」
「金が目的でレンジャーをやっているわけではないからだ。俺の目的は悪魔討伐……」
「Ω✕◇※※◎!!」
何かに同調したのか、リネドが再び叫ぶ。
「だから、うるさい! 黙れ!」
ジャコモは忌々しそうに剣の柄に手を掛けたのを、ウェイローが「まァまァ」とやんわり止める。
「……それで、あんたも?」
「アタクシ? あー、そうですなァ。この齢になると金など貯めても使い切れませんしな。かといって、報酬がいらないってわけでもないんですがねェー」
「なら、なんでレンジャーに? ましてや、悪魔討伐だなんて……」
「死ぬなら現場で……なんちゅう感じの美学と申しましょうかな。タハハッ!」
顎髭を撫でて、ウェイローは腰に手を当てて笑う。
「いや、死んで貰うために呼んだんじゃないから!」
サニードは頭を抱える。ひとりは指示に従いそうにない勝手な行動をし、もうひとりは死に場所を求め、そして、もうひとりは……
「Ω✕◇※※◎!!」
「言葉が通じない……」
「まあ、お互いの実力こそ知りませんが、長年この稼業を続けてきているのは間違いありませんなァ。仕事はキッチリこなしますですよー。ご期待くださいまし」
(レンジャーを代えてもらう時間はもうないし、問題はあるけど、他の連中を追い出しただけあってジャコモは間違いなく強そうだし。あとふたりはイマイチ分かんないけど……うーん)
サニードは自分の髪の毛をグシャグシャにする。
だが考えるまでもなく、こうなってしまっては、もう彼らの能力を信じる他なかった。
「それで倒す悪魔は、どんなヤツらですかなァ? 依頼内容には“中位悪魔以上が数体”とありましたが、こんな田舎町でそんなものが出現したんですかねェ?」
ウェイローは周囲を見回しながら、鷲鼻をヒクヒクとさせる。
「あー、えーと……」
「王族や宗教指導者が、人知れぬところで悪魔と契約を結ぶことはそう珍しい話ではない」
ジャコモはフンと鼻を鳴らして言った。
「確かに。召喚したはいいが、制御できず暴走したのをなんとかしてくれ……そういう話も、ごく稀に聞きますなァ」
ジャコモとウェイローは揃って、シャーニカ宮殿の方を見やる。
「あー、いや! 似てる状況だけど、全然違うの! それに悪魔はメチャクチャ強いの!」
「ほほーう。ならば、相手は上位悪魔ですかなァ?」
ウェイローが顎髭を撫でて愉しそうに尋ねるのに、サニードはゴクッと息を呑む。
「……そうだと言ったら?」
ジャコモが腕を組み、リネドは黄色い目を細めた。
「しかも1体じゃない……かもしれない。複数体いる……いや、それも結構な数……だとしたら?」
彼らが雇われるのを拒否する可能性も考え、サニードは恐る恐る続けた。
「そうでないと面白くない」
ジャコモが口元をニヤリとさせてそう答えた。ウェイローもリネドも同じ気持ちのようで、動揺した様子は一切ない。
この話を聞いても及び腰にならなかったこの3人を、サニードは少しだけ見直す。
「それより聞きたいことがある。依頼人よ」
「聞きたいこと? あと、その依頼人ってのやめて。サニードと呼んでよ」
サニードはそう言うが、ジャコモは返事どころか頷きもせずに続けた。
「その悪魔どもの中で、“キュブロス”という名前の者はいたか?」
「“キュブロス”?」
「ヴォーダン家がずっと討伐しようと追い求めている大悪魔の名ですなァ」
ウェイローが片眉を上げてどういうことか補足する。
「あー、分かんない。けど、たぶんいないと思う」
「そうか。残念だ……」とジャコモ。
50体の悪魔の名前を調べたわけではなかったが、オクルスに聞いてもどうせ教えてはくれないだろうと思ってサニードはそう答えた。
「で、依頼は受けて貰えるでいいの……?」
「その前にひとつ確認したいことがありますなァ」
「確認?」
「ええ。この国はどうやら戦争の準備をしておるようですが……」
周囲に人の気配はなかったが、ウェイローは少しだけ声を潜めた。
「アタクシらレンジャーというものは、こういった軍隊同士の戦いに加担は……」
「分かってるよ。ウチらは戦争はしないから、人間とは戦わないよ。けれど、その敵側が悪魔を用意して戦争に利用しようとしているわけ。それに対処するのが今回の仕事なの」
ウェイローは「なるほど」と頷く。
「でも、もしその悪魔を守るために人間が戦いを挑んできたとしたら……」
「無論、その場合は戦いますとも。悪魔を召喚する術師も人間ですしなァ。この場合、本体を叩かねばケリがつかないもんですよ」
サニードはホッと胸を撫で下ろす。
「しかし、ご依頼人」
「だから、それ止めて。サニードでいいってば」
「では、サニードさん。受ける受けないの確認は、ひとまずそれで結構ですなァ。ですが、仕事をする上でもうひとつだけ」
「さっき確認はひとつって……あー、まあ、いいよ」
彼らの様子からして、今さら依頼を断るための質問ではないのだろうと考え、サニードは頷く。
「簡単で当たり前のことですが、何故にアンタさんは、今回の敵が悪魔だと分かったのですかなァ?」
ウェイローの疑問は当然のものだったが、サニードは困ったように首を捻る。
「……話せば複雑なんだけど、全部説明しなきゃダメ?」
「悪魔討伐専門レンジャーをこうも集めたからには、難度が高い任務と思いますしな。なれば、情報は頂けた方が……」
「くだらん! 悪魔が出る! それを倒す! ただそれだけだろう! それが嫌なら帰れ! 無駄話は終わりだ!」
先ほどからイライラしたようにやり取りを見ていたジャコモが一喝する。
ウェイローは「タハハ」と苦笑し、意味が分かっていないであろうにリネドは頷いてみせた。
(……はぁ。本当にこれから大丈夫かなぁ?)
サニードは3人の悪魔討伐師を見やり、心の中で不安を口にしたのであった。




