068 青年騎士と魔物の心
(およそ8,700文字)
若干の性的描写や表現があります。
ルデアマー騎士団は、ディバーにおける最も古く、伝統と格式を備えた組織である。
全盛期には正騎士、従騎士、衛兵を合わせて1,000人以上を擁する軍団であり、主国ライラードにすら懸念を抱かせるほどであった。
しかし、今やそれは遠い過去の話だ。
状況が一変したのは、ハイドランドが外部から招き入れたパルマフロウの僧兵たちに、都市の防衛の一部を担わせるようになってからだ。
僧兵は総数200名程度と数こそ少ないが、少数で多数を制圧する能力に長けており、ディバーの騎士たちの実力を遥かに凌駕してしまったのだ。
これを機に、ハイドランドは防衛体制の見直しを行った。配置運用を最適化し、騎士団の人員を徹底的に削減したことで、シャーニカ宮殿そのものの警備は今では僧兵たちが主軸となってしまっている。
これはただ費用対効果を目的にしたわけではない。ライラード側の警戒を和らげるため、表向きには自国の武力を削減して見せる意図もあった。しかし、伝統を重んじる父コディアックとは、その件で最後まで意見が合わなかった。
そして今の騎士団は、領主の身辺警護にあたる30人足らずの近衛騎士と、200人ほどの都市衛兵を残すのみとなった。他は臨時雇いの下働きで、これはもはや騎士団の戦力とは言えなかった。
宮殿に常駐する近衛騎士団は、もはや説明するまでもなく肩身が狭い思いをしている。
訓練所なども自由には使えず、僧兵団が休憩や交代に入ったわずかな合間を縫って利用するのだが、時間帯も不定で、とても充分に訓練できているとは言い難い状況が続いていた。
また僧兵団は、ハイドランドだけではなく、彼らに“姫”と呼ばれている領主代行のゼリューセからも重用されていた。
特に僧兵長キキヤヤは実力も高く、同性であることも相まって、ゼリューセから厚い信任を得ていた。そのため、近衛兵たちを差し置いて、彼女が警護責任者になっていた。
それでもまだ前領主コディアックが健在の時は騎士団と僧兵団は対等な関係であり、領民からも一目置かれていたのだが、今では街を巡回しても、「あら、甲冑姿なんて珍しい。傭兵団かしら?」と言われるような始末だった。
「たるんどるわい! そんな剣筋じゃスライム1匹も斬れんぞ!」
やたら気合が入っているのは、今年70歳を迎える団長アーリンバ・グロムだけであり、若い騎士たちは真面目に剣を振るってはいたが、腹の中では「こんなことして何の意味があるんだ」と冷ややかに思っていた。
「決戦の日は近い! 敵はドラゴンスレイヤーじゃ! 相手にとって不足はない!」
歯の抜けた口から唾を飛ばし、叱咤激励するが、「こっちに不足はなくても、向こうには不足だよな」などと、団長に聞こえぬ小声で軽口を言う。
「ヌヌヌ! キサマら! やる気を出しとらんのが丸見えじゃ!」
顔を真っ赤にして、アーリンバは地面を踏み鳴らす。
「あすこを見ろ! あれこそが、本来のルデアマー騎士団の姿じゃ!!」
アーリンバは、鞘に入ったままの指揮剣で、ひとりの青年を指す。
彼は一心不乱に剣を振るっており、手抜きしている他の騎士たちとは違って、動くたびに汗が滴って地面に落ちた。
「このレアム・ライナーを見ろ! 努力と根性と気合の塊を! 騎士爵という後ろ盾もなく、従騎士という立場でありながら、ハイドランド様の侍従として、その実力だけで直々に選ばれた男ぞ! これぞ、まさに勇ましきディバー騎士の鑑よ!」
アーリンバはそこまで一気に言って、痰が絡んだらしく、「ぶべッ!」と唾を吐き捨てる。
皆が一瞬だけ不快な顔を浮かべたが、レアムだけは意に介さず素振りを続ける。
「……がぁーッ!! んっんっ! んげっげッ! いかんな! 昼の薬を飲み忘れたわい! 5分休憩じゃ! 水を飲むのはいいが、持ち場を離れるなよ! すぐに戻って来る! んっんっ、あー、あーッ!!」
アーリンバは喉をガラガラと鳴らしながら、詰め所の方へと戻って行く。
「……まったく、いい加減に引退しろよな」
「ろくにもう剣も振れないのによくやるよ」
団長の姿が見えなくなると、思い思いに持ち場から離れてお喋りが始まる。
「あれでも若い頃は英雄だったんだろ?」
「ナイフ1本で巨恐狼を倒したってやつか?」
「は? 一昨日は、ジーさん、大魔海蛇だって言ってたぞ」
「今に始まったことじゃないだろ。先週は赤竜だった」
「ったくよ、日替わり定食じゃあるまいし」
誰かがそう言い、クスクスと笑いが漏れる。
だいたい団員の話が始まるのは、団長が耄碌を指摘した内容からが定番だった。
「おい。レアムよ。さっさと団長代わってやれよ」
水の入った瓶を投げられ、未だに剣を振っていたレアムは、ようやくそこで素振りを止めて瓶を受け取る。そして、巻藁に掛けられていたタオルで汗だくの顔を拭った。
「……団長の座なんて興味がない。俺は強くなって、旦那様とお嬢様を守るだけだ」
「真面目だねぇー。レアムちゃんはさ」
「ハイドランド様に拾われた恩返しか頭にねぇのな」
周囲に茶化されても、レアムは表情ひとつ変えない。
「そんなにお固いと女の子にもモテねぇぞ〜」
「女の子……?」
レアムは不思議そうな顔を浮かべる。
「あんまからかうなよ。レアムはゼリューセ様一筋なんだから」
「高嶺の花すぎんだろ」
「いや、分かんねぇよ。意外とこういう朴念仁……いや、純朴な若い男が好きって線もあんだろ?」
「でも、もうライラードのお偉いさんと縁談の話が出てるって噂だよ」
彼らはそんな低俗な話に華を咲かせる。
近衛騎士たちは、名目こそ騎士爵を持つ若者たちが集う場であるが、実態は田舎貴族の次男や三男、さらには小金持ちの商人が爵位を買い与え、厄介払いに送り込んだ放蕩息子たちが集まっている。
腕っぷしで取り立てられた者はおらず、中には盗み癖のあるのを矯正するために送り込まれた者までいた。
つまり、家に居場所を失った者たちが集まる寄せ集めであり、その実力も雇われ兵士と大差がない。
彼らはハイドランドの騎士団再編成の折、どうしても残ってしまった“膿”と言っても過言ではなかった。騎士団の名前を与えられた形骸と言ってもいい。
そんな事情もあってか、庶民出身のレアムがいじめられたり疎外されることはなく、むしろ彼らの多くはレアムより年上であったため、彼を“出来の良い弟”のような存在として扱っていた。
また、彼らが特に競争心を持たず、のんびりと過ごせる理由には、パルマフロウの僧兵たちが常に最前線に立っていることが大きく影響している。
「ん? レアム? どったの?」
レアムが俯いて考え事をしているのに気付いたひとりが声を掛ける。
「え? あ、いや……」
「ゼリューセ様のことがショックなのは分かるけどさー。気を落とすなよ。元々、身分が違うんだしよ」
「あ。そうでなくて……。女の子って……」
レアムが口元を覆って言い淀むのに、先輩騎士たちは顔を見合わせてニヤッと笑った。
「なになに? レアムちゃん。まさか気になる娘でもいるのー?」
「厨房のメニアはダメだぞ。ありゃ性悪だからな」
「あ! まさか、お前マジで行ったのか?」
「それって、お前が病気を移されたって話じゃ……」
「違う! 変な勘繰りするな! 少し話をしただけだ! あの女は性格がひね曲がっているから、忠告してやってんだよ!」
「ああ。そういや確か、前に口説くのに失敗して、アツアツのスープを顔にぶっかけられたんだよな」
「あ! お前、なんでそれ知って……」
「まあまあ、待てよ。今は先にレアムの話を聞こうぜ」
黙っていたレアムは眉を寄せる。
「いや、自分は……」
「いいからいいから」
いつの間にかレアムを車座に囲み、「こんな面白そうな話はそうない」という期待を全員が顔に浮かべていた。
「で、好きになった女の子はどんなだ?」
「好きになったというか、気になるってなだけで……それに団長がそろそろ」
「大丈夫。ジーサンの言う5分は1時間だから、全然時間はある。たっぷりある」
確かにもう5分は経過しているのに、アーリンバは戻って来る気配はない。
「名前までは言わなくていいから、見た目とか特徴を教えろよ〜。レアム」
レアムはため息をつくと、目を閉じて昨夜のことを思い起こす。
「……背は低い。俺の首より下に頭がある。たぶん俺と同い年くらい」
「ほおほお」
「髪は短い薄葉色。瞳が猫みたいな銀色」
「ふむふむ」
そんな修飾語のない端的な情報を繋ぎ合わせ、男たちは美少女の姿を思い描く。
「そして、エルフ……」
レアムは目を開いて「いや、ハーフエルフだった」と言い直したが、男たちが半ば腰を浮かしているのに驚く。
「なんだ?」
「エルフ!!」
「エルフきたー!!」
「え? え?」
男たちが興奮するのに、レアムは戸惑う。
「美人、色白、清楚の三拍子が揃ったパーフェクト種族じゃんか!」
「香りもいいし、年取っても見た目ほとんど変わらないしな!」
「ヒューマン全男子の憧れだぜ!」
エルフという種族に馴染みがなかったレアムは驚いた顔をしたまま固まる。
「そういや、エルフって言えば、ペルシェの風俗店の話を聞いたか?」
「なんだ急に? ベイリッドのクソ野郎が戻ってきてから行った奴はいないだろー」
「だから、話だけだって」
なぜかエルフの話から、各々が好きなペルシェの娼館の話へと移り変わる。贔屓にしている、お気に入りの女の子自慢が始まった。
「はー、蘭芙庭に行きてー。あそこ高いけど最高だよな」
「そう! そこの話だよ!」
「なにが?」
「エルフだって! 蘭芙庭にいるエルフ!!」
「別に娼館にいるエルフなんてそこまで珍しくも……」
「いや、それがスゴイんだってさ!!」
黙って聞いていたレアムも、エルフと娼婦という単語にわずかに反応する。
「いいか。これは行商人から聞いた話なんだが、そこのエルフってのがとんでもねぇ“名器”なんだってよ」
「……名器?」
レアムがキョトンとするのに、男たちはなんとも言えない顔をした。
「レアムにはまだ早いわな。あー、なんて言うかな。射った矢が、的のど真ん中にバシーンて当たるような感じって言えば分かるか?」
「矢が的に……?」
「喩えが悪いぞ。つまりだ、剣がピッタリ収まる鞘ってことさ」
レアムは自身の剣を見やり、「鞘は普通にピッタリ収まるものだろ」と言うのに、男たちは「あーあ」と嘆きの声を上げた。
「とりあえず、レアムは置いておいてよ。そんで名器のエルフについて詳しく教えろよ」
「ああ。それがよ、ある大金持ちの大商人に“ご奉仕”したらしいんだが、その大商人が財産はたいてまでそのエルフを欲しがったんだと!」
「あん? なんだよ。よく聞く話じゃないか。金持ちなら、娼婦を身請けするなんてざらにやるだろ」
「それだけじゃなくて、大商人がエルフの具合の良さを口コミをした途端、朝っぱらから100人もの客が蘭芙庭に押し寄せたんだとよ!」
「朝から……?」「100人……?」
ようやく、男たちはこれが普通の話でないと気付く。
「それでどうなったんだ?」
「いいか。聞いて驚くなよ。そのエルフはよ、1人で100人の客を相手に、全員を昇天させたって言うんだ!」
「1人で100人を……」「昇天させた……」
「ああ。中には気持ちよさのあまり本当に天国に逝っちまったヤツもいたらしい……」
誰しもがゴクリと息を呑む。
「まさか、そんなことは……」
「本当なんだって! “娘は1,000年に1人の逸材! 稀に見る名器!”だって、ペルシェ中の酒場で噂されてるらしい!」
懸命にそう説明する男だったが、周囲は訝しそうにする。
「じゃあ、その嬢の名前は?」
「名前? あー、えーと……」
「普通すぐに出てくるだろ! やっぱ作り話じゃねぇか!!」
「違うよ! ど忘れしただけだ! 言えるよ! ここまで出かかって、えーっと、最初は…“サ”で……“サリー”……いや、違う。“サミー”……近いけど違う。あ! ああ! 思い出した! 思い出したぞ! 確か“サニー”だ!」
レアムが飲みかけた水を吹き出した。
「なんだよ!」
名前を思い出した男が、吹き掛かった水を髪から滴らせ、レアムをジト目で見やる。
「……まさか、“サニード”か?」
「ええ? あ……あ、ああ! そうだ! “サニード”だ!」
レアムは赤面する。言っている内容は完全に理解はできなかったが、それが“性”に関するとは察せられたからだ。
「なんでレアムがその嬢の名前を知ってるんだ? おい。まさか……」
「あ。いや……それは……」
レアムが答えに窮して周囲を見回すと、ちょうど訓練所横の渡り廊下を歩くサニードが見えた。
それは彼には果樹園に咲く可憐な大輪の華のようで、昨夜よりも魅力的に見えた。
なぜかレアムの心臓が早鐘を打つ。
「ん? あそこにいるのは……」
「お嬢様が呼んだ商人だろ。確かテイマーだったよな」
「そうそう。護衛の女の子がスッゲー可愛いの!」
何人かが何故かギョッとした顔をして、「あれ?」「まさか……」「お前もそう思ってたのか!」などと互いに指差し合う。誰かが「幼女趣味だな」とか言い、少し剣呑な雰囲気になる。
「お。あの隣にいる白い髪の娘か?」
「や、やめろよ! ジロジロと見るなよ!」
「そうだ! 失礼だって!」
「うんうん!」
その中のある3人が焦ったようにソワソワしている。
「なんでだよ。減るもんでもあるまいし」
「迷惑なんだって!」
「なにが迷惑なんだよ。見るだけだろ。どれどれ?」
「お! こっち見たぞ! おーい!」
仲間が手を振って自分をアピールするのに、3人の男は気まずそうに身を縮こませる。
口笛を吹いたり、卑猥な言葉を投げかけている様子に、だんだんとレアムも不快感を覚える。
「……おい。そろそろいい加減に」
「あ。そういや、あの商人はエルフだったな」
男たちの視線が、“商人”に一斉に集まる。
「背は小柄……」「髪は短い薄葉色……」「瞳が猫みたいな銀色……」
条件がすべて当てはまったことに、男たちは目を見開いてレアムを見やる。
「まさか、あれが……サニード?」
蘭芙庭の話をしていた男が、震える指でサニードを指す。
「1人で100人の客を昇天〜?」
「1,000年に1人の逸材〜?」
「稀に見る名器〜?」
男たちは次々とそう口にして首を横に傾げる。
「「「ないわ〜〜」」」
「な!?」
レアムは驚く。
「ないってどういうことだ!?」
「いや、アレは小柄っていうかチンチクリンじゃん」
「ち、チンチクリン……」
その他にも「気品がない」、「頭が悪そう」、「脚が短い」、「ゴブリンに似ている」などと散々な悪評が並べ立てられ、レアムは開いた口が塞がらなくなる。
「そこまで言うことは……」
「コラーッ!! キサマらッ!! たった5分も言いつけを守れんのかッッッ!!!」
ちょうどそこに髭にハチミツをつけたままのアーリンバが戻って来たので、レアムの反論は掻き消され、皆は慌てて持ち場へと戻る。
「罰として、訓練所を50周全力疾走じゃーッッッ! バカモンどもが!!」
□■□
サニードは少しだけ得意気な顔をしつつ、隣で歩くオレシアをチラチラと横目で見やる。
「……なんでしょうか?」
「なにがぁ?」
「何か言いたそうなので聞いたのです」
「ははーん。それ聞いちゃう?」
サニードが口元を書面で覆うのに、オレシアはその書面になにか意味があるのかと視線を動かす。
「やっぱ気になっちゃう? これ、ウチとゼリューセさんとの取引の内容なの。見たい?」
「見せて頂けるのですか?」
「えー、どうしよっかな〜」
「……」
オレシアは自分の左手を見やる。
「サニード」
「なに?」
「貴女の声色から、精神状態が不安定なのだと見受けられます」
一瞬だけ真顔になったサニードは、クスクスと笑うとグリンを抱き締めた。
「メディーナがそう言ったの?」
オレシアは首肯する。
「そんなことないよ。……もう難しく考えるのは止めただけ。ウチらしくないから」
「“ウチらしくない”?」
一瞬だけ寂しそうな顔をサニードは浮かべたが、オレシアには特にそこに意味は感じられなかった。
「……見たい?」
「……いいえ。私には関係ないことですから」
「……そう。ま、いいや」
サニードはそう言うと、書面を折り畳んでポーチの中に仕舞い込む。なぜかグリンが左右に揺れた。
(怒り? 悲しみ? いま感情が動いたのか? 表情からは感情の動きが読めない。メディーナ。これはなんだ? どういうことだ? 説明しろ)
オレシアが尋ねるが、メディーナも困惑や疑念といった“言外”の応答を返すに留まる。
「……無価値な」
「そうそう。イニュティル、イニュティル」
茶化してそう言うサニードに、オレシアは目を細めたが、サニードはそんなことはどうでもいいとばかりにスキップを始めた。
「あ! あそこで鎧着てる人たちが集まってる! なんだろ?」
サニードがトトトと走って行くと、柵越しに身を乗り出した。
そこは訓練所であり、中央で男たちが集まってなにやら話をして盛り上がっていた。
「おー、遠くで顔までは見えないな。なに話してんだろ? あ、こっちに気付いたみたい! はは! 手を振ってるよ!」
オレシアは首を傾げる。そして何かを思い出したかのように懐から便箋を3枚取り出す。
「? なにそれ?」
「今朝、渡されたものです」
「手紙? なんか随分とオシャレだけど」
便箋には可愛い模様があしらわれており、女性が好みそうな丸みを帯びたデザインのものだった。
「誰から? 中身は見たの?」
「恋文です」
「……は?」
「3通とも、ほぼ内容は同じです。私の容姿を褒め称えることから始まり、食事に誘いたいという趣旨が並んでいます」
「で、デートのお誘い……じゃん」
「それと書面に付着した発情したニオイから、恋文なのだと判断しました」
「は、発情したニオイ……」
無表情に答えるオレシアに、サニードは驚愕の表情で応える。
「えーと、オレシア宛?」
「私に渡したものですから、必然的にそうなりますね。宛名はありませんでしたが……私の名前を知らないからでしょうね」
「ウチたち昨日到着したばかりだよね? それなのに3通も!? しかもウチにはないってどういうこと?! いや、欲しいわけじゃないけどさぁ!!」
サニードがなぜ怒るのか、オレシアは首を傾げる。
「んん!? それに、今その手紙の話をしたってことは、もしかして……」
「ええ。あそこにいる中の3人からです」
オレシアは顎で、騎士団の方を示す。
「へ、へー」
頬を引くつかせ、サニードは訓練所の方を見やった。
「……なんか手を振ってから、ずーっとこっち見てね? なんだろ。なんか無性に腹立つな。オレシアにラブレター渡したヤツらだから?」
サニードは口元をひくつかせながら笑うが、その目は見開いていた。
「違うな。なんかウチの悪口を言われてる気がする……」
サニードが指をポキポキ鳴らすのに、オレシアは口を噤む。
彼らの話している内容はオレシアは聞こえていたが、それをサニードに話すのは賢明でないと思えたからだ。
「よーし! 一発かましてやるか!」
サニードが下品にも片脚を柵に掛け、舌を出し、両手で中指を立てるジェスチャーをした。
「……サニード」
彼女の挑発行動を不審に思い、オレシアは嗜めるような含みをもたせて声を掛ける。
しかし、彼らはサニードの仕草を見ることはなく、現場を監督しているらしき老人が現れたせいで訓練へと戻って行った。
「あー、チェッ! ざんねーん!」
サニードは自分の膝をパンと叩くと、ようやく柵から脚を下ろした。
「……サニード」
「分かってるって。イニュティル、イニュティル」
サニードは舌を出してそう言うと、再びスキップをして廊下を進んで行ってしまう。
オレシアは自分の左手を見やる。
「…………メディーナ。サニードに何があった? お前は理解できている部分があるはずだろう。なぜそれを私に教えない?」
その問い掛けに、なぜかメディーナは今度はなんの反応も見せなかった。
「私自身で気付けとでも言いたいのか? お前もセフィラネも」
オレシアは蔑むように手紙を見やると、3枚とも一気に“酸”で溶かしてしまった。
「利益に繋がるからこそ、人の感情を理解するのは価値がある。そうでないものは、無価値だ」




