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051 サニードの懸念

(およそ5,000文字)

 オクルスになにか目的があることは、サニードは理解しているつもりだった。


(“ギョウコクノカライ”ってなんなんだろ? そんなにオクルスにとって大事なものなのかな?

 それに悪魔50体のことだって…このままでいい? きっとよくないよね…でも、どうしたら…)

 

 ズローグ要塞でスクィクに会ってからというもの、オクルスの口数はいつにも増して少なくなり、なにやらずっと考え込んでいる様だった。


「セフィラネから渡された手紙の件はどうするの?」


 グリンを抱き締めたサニードが、窓辺に立つオクルスに遠慮がちに尋ねる。

 手紙とは、ルデアマー本家から届いた招待状のことだ。


「……応じる義務はありません」


「でも、師匠からのお願いでしょ?」


「それでもです。取引相手と対立している人間と接触するのは、利敵行為になります。賢明とは言えません」


 オクルスの言っていることは、サニードにもわかった。だが、なにか裏がありそうだ…と、感覚的にはそうは思うのだが、上手く説明できないことにサニードは歯痒い気持ちになる。


「あ、あのさ! オクルス!」


「サニード」


「は、はい! なに?」


 無視されるのばかりに思っていたサニードは、いきなりオクルスが話し掛けてきたのに驚く。


「おつかいを頼まれてくれませんか?」


「おつかい?」


「アブダル氏にポーターを届けて来て貰いたいのです」


「あー、果物のオジサンね」


 サニードの脳裏に、でっぷりと肥えた人のよさそうな壮年男性の笑顔が浮かぶ。

 商業ギルドのギルドマスターだが、サニードには甘い物をくれたオジサンというイメージが先立った。


「セフィラネから幾つか調達できましたので…」


「? もしかして、ポーターってセフィラネが作ったの?」


「言っていませんでしたか?」


「言ってない! 初めて聞いた!」


「彼女は魔法道具の制作にも秀でているのです。エキストラクト精製器具も、彼女の協力なしには作れませんでした」


「…そこまでお世話になっている人のお願いを聞かなくていいの?」


 オクルスは一瞬だけ呆気にとられた顔をする。


「オクルス?」


「……いえ」


「えっと、アブダルさんとこ行けばいいのね?」


「ええ」


「わかった。行ってくるよ。ちょうど外に出たい気分だったし。グリンは連れてっても大丈夫でしょ?」


「テイマーの資格はないのですから、目立たない様に」


「うん。わかってる」


 オクルスから銀色をした小箱を渡され、サニードは台所に転がっていた網籠を持ってくると、そこに布巾を重ね入れてグリンを下ろし、「預かっててね」と小箱をその脇に置いた。

 網籠を担いで見ると、傍目には果物かなにかを持っている様にしか見えない。


「行ってくるね」


 相変わらず窓辺から離れようとしないオクルスを横目でチラリと見やり、サニードは家を出たのだった。




□■□



 

 サニード商業ギルドに着くやいなや、すぐにギルド内が慌ただしくなり、待っていた他の客を差し置いて2階のVIPルームへと案内される。


 受付を通り過ぎる間、「何者だ? こんな小娘が…」という驚きの目で注目を浴びたのは、サニードには少しこそばゆい経験だった。


「グリン。大人しくしててね」


 そんなことを言わなくても、グリンは先程から微動だにしない。胎内で核がユラユラと動いているだけで、サニードの言葉を理解している様子はなかった。


「いやいや、お待たせしました」


 奥からトトトと小走りで、汗を拭きながらアブドルが入ってくる。


「あれ? オクルス様は…」


「留守番。今日はウチだけ」


「サニード様だけ…。そ、そうでしたか」


 心なしか安心したような顔をアブドルはした。その直後、無理して走って来なくてもよかったという感じのため息をついたが、サニードがジッと見ているのに気づいて「ホホホ」と愛想笑いする。


「それで本日は…」


「これ、渡しに行くように言われたの」


 サニードが小箱を取り出す。グリンがベタリとくっついていたので、粘液でも付着しているんじゃないかと不安になったがそんなことはなかった。ただ玩具を取られた猫みたいに、少し不満そうにしている様にサニードには感じられる。


「これはこれはご丁寧に…」


 アブドルは勲章でも押し頂くようにして受け取ると、箱を開けてニンマリと笑った。


「この前の騒ぎで物資が急に動くようになったので助かりますよ。なんともタイミングがよい」


「騒ぎ?」


 アブドルは目を真ん丸くした。


「ご存知ない? あれだけの騒ぎになったのに…」


「あー、ウチら町から出ていたから…」


 そういえばオクルスがそんなことを言っていたと思い出す。ちょうどセフィラネのところへ行っていた頃だ。


「キマイラとリュカオンによる襲撃があったんですよ。襲撃といっても町に被害があったわけじゃないんですが、兵団とレンジャーが殺気立ってましたからね。あんなことは滅多にないことです」


「ああ、ね。……ん? キマイラ? 襲ってきたの“マナティコ”じゃなくて?」


「“マナティコ”? …もしかして、マンティコアのことを言っています?」


「あー、それ」


「その目撃情報が間違っていたんですよ。なにせ目撃者が、孫と馬の顔を見間違える様な年寄りでしたからね。“空飛ぶ獣”ってなだけで、マンティコアだと思い込んだってなオチでして。…まあ、キマイラなんて普通は見ませんから仕方ないってのもありますが」


 サニードは背筋が薄ら寒くなるのを感じる。


「…そのキマイラっては倒せたの?」


「? そうでなければ、ここでゆっくり話なんてできていませんよ。ただ、町の防備をさらに固めるということで商業ギルドにも協力の要請が…」


「そのキマイラはどこから来たの?」


 アブドルは不思議そうに目を瞬く。


森人(エルフ)さんの方が、詳しく知っているでしょう?」


「どういうこと?」


「ヴァロン大河の先は奥深い森林地帯です。恐らくはそこから…」


「森にキマイラなんて魔物はいないよ」


「あー、いえ、前人未到の禁足地があるとか聞いたことが…」


「ヒューマンが入ったことのない禁域はあるけど、そこでもそんな魔物はいないし」


「んんー。あー、そうですなぁ…そうしたらぁー。ふむ?」


 アブドルは「どこかに遺跡みたいなのが…」と口走り、それが憶測に過ぎない説得力に欠けるものだと途中で気付いて口を閉じた。


「……きっと誰かが悪い事のために連れて来たんだ」


 一瞬だけ呆気に取られた顔をしたアブドルだったが、次にはププッと笑う。


「なんで笑うの?」


「いやいや、申し訳ありません。それはなんともあり得ない話だと思いまして」


「どうしてだよ!?」


 怒るサニードに、アブドルはご機嫌を取ろうと机の上の瓶に入っていた飴玉を差し出した。

 サニードは膨れ面をしながらも、飴の包紙を外して口に放り込む。

 カラコロと飴を舐めているサニードに微笑みかけながら、アブドルは続けた。


「キマイラは手懐けられないのですよ。人に馴れる様な魔物じゃないのです」


「テイマーでも?」


黄金毛巨熊(グローリーベアー)を飼いならしたという話ならば聞いたことがありますが…」


「その、グローリーベアーっていうのがわかんないんだけど…」


「北方ベイグロンドに生息する手強い猛獣ですよ。これを単独で倒せるようになれれば、レンジャーとしては一流と見做されるそうです」


「へえ。そんなに強いの?」


「討伐ランクAの中でも、強い魔物の代表格みたい存在ですね。よく他の魔物の強さを比較する引き合いに出されます」


「キマイラの方がもっと強い?」


「もちろんです。そして、グローリーベアーを飼い馴らせたのは、英雄級レンジャーのひとりだけなんですよ。ですから、キマイラを使役するなんてとても現実味がない話だと思ったのです」


 サニードは不満そうにしたが、口にまでは出さなかった。


「……悪魔だったらどのくらい強いの?」


「え? 悪魔? …下位悪魔(レッサーデーモン)ですか?」


「んー。それって、グローリーベアーってのより強い?」


「単純に比較はできないと思いますが…。そうですねぇ。1対1ならば、グローリーベアーの方が強いかと思いますが」


「なら、たぶん、もっと強い…と思う」


 サニードは、シャクルモーグやイゼリアのことを思い出して言う。


「なら、中位悪魔(ミドルデーモン)ですか?」


「うーん。もうちょっと…かな?」

 

 アブドルは目を大きくグルンの回した。


「それより上となりますと、上位悪魔(グレーターデーモン)ですが…。それこそ、お伽噺に出てくる様な伝説の魔物ですよ」


「キマイラより珍しいってこと?」


「珍しいと言うか、悪魔族というのは契約がないと基本的に現れません。それこそ凄腕の魔術師や錬金術師が、闇の秘術を使って数日間かけて喚び出す、それはそれは、とってぇーも、おーそーろーしーい…」


 おどろおどろしい顔を浮かべたアブドルだったが、サニードがクスリともしないのを見て恥ずかしそうに頭をかく。


「…コホン。ともかく、グレーターデーモンなんて誰も見たことがないはずです。冒険者ギルドのマスターですらもね」


「もし出てきたとしたら?」


「……うーん。彼らは強力な魔法を使うでしょうからな。このような町なんてあっという間に瓦礫の山でしょうね」


 サニードはコクッと喉を鳴らした。


「……なんとかしなきゃ」


「え?」


「アブドルさん。もうひとつ聞いていい?」


「どうぞ」


「ギョウコクノカライ…っての、知ってる?」


「ギョウコクノカライ? “カライ”というのは…花の蕾のことですか?」


「え? あー、うん。わかんない」


 アブドルは首を傾げる。


「ふーむ。どこかで聞いたような覚えがあるような気がしないでも…」


「ホント!?」


 サニードは期待に目を輝かせるが、アブドルはしばらく唸った後に首を横に振る。


「駄目ですね。思い出せない…」


「そんな! 頑張って! 思い出してよ!」


「そんな無茶を言わんで下さいよ…。ちなみに、サニードさんはそれをどこで聞いたのですか?」


「えーと…宿の酒場で…レンジャーたちが話してるの…聞いて…?」


 オクルスやスクィクの名前を出すのはマズイと思い、サニードは咄嗟に嘘をつく。


「そうなると、希少なアイテムかなにかでしょうか。アイテムのことなら、彼女に聞いた方が早いですね」


「彼女?」


「ええ。元レンジャーでしてね。市場の外れで古物商をやっているんです。珍しいものなら彼女に聞けば…」


「もしかして、それってシャムム雑貨店?」


「シャルレドをご存知でしたか?」


 サニードは「はあー」と脱力するのに、アブダルは目を瞬いた。


「彼女ならこの町にもういないし…」


「いない? そういえば、最近はとんと姿を見せていませんが…」


「商業ギルドマスターが知らなかったの?」


「私とて、すべての商人の動向を把握しているわけではありませんよ。シャルレドに至ってはとても社交的といえるタイプでもないですし…」


 自分の能力を疑われたと感じたアブドルは、額の汗を拭いながら言い訳がましいことを並べる。


「できる限り他の人にも当たって聞いてみましょう。私も幾人かレンジャーに知り合いはおりますので」


「あ。いや、いいよ。そこまでのことじゃないんだ。アブドルさんが知ってたらと思っただけだし」


「そうなんですか」


「うん。渡すものは渡したから、ウチはもう行くね」


 サニードはそう言って立ち上がって、アブドルの部屋を後にしたのであった。

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