046 竜落し
(およそ3,000文字)
「待たせて悪かったな。ヴァルディガ、ドゥマ。後は私に任せろ」
町の方から現れたひとりの男に、全員の視線が集まる。
「ベイリッドのオヤジィ!」
その姿を見て、ドゥマは目を大きくして嬉しそうにした。
「もう大丈夫だ。下がっていていい」
ベイリッドは銀色の甲冑と濃い赤いマントを身にまとい、右手には無骨で飾り気のないブロードソードを握っていた。
「私の町で好き勝手はさせん」
ベイリッドはリュカオンたちとキマイラを見やりつつ、まるで散歩でもするかのような足取りで進んで来る。
なぜか今まで暴れ回っていたリュカオンたちも、ベイリッドに視線を向けたまま彫像のように固まって動かない。
夢でも見ているのかと、魔法使いが自分の頬をピシャリと叩いたが、赤く腫れ上がり、これが現実なのだと理解する。
今まさに首筋をリュカオンに噛まれそうになっていたレンジャーのひとりは、唾液の滴る牙から恐る恐る離れる。
そして、そんな風に硬直しているリュカオンの側をベイリッドが通り過ぎると、棚から転げ落ちるリンゴのように、その頭がゴロリと地面に落ちた。
「な、なに? いま何をしたんだ……?」
マックスが目を白黒とさせる。ベイリッドが手に持っている剣を振った形跡は一切なかったからだ。
ベイリッドはマックスの横で立ち止まると、「驚くことでもないよ」と軽く肩を竦めて見せる。
「あっ!」
その瞬間、次から次へと、リュカオンの頭が落ちていく。
ベイリッドは一切動いていないのに、距離に関係なく、周囲にいたリュカオンすべてがその場で絶命したのだ。
言い知れぬ恐怖に駆られ、レンジャーたちだけでなく、彼の私兵団たちですらも、ベイリッドから少し距離を取って遠巻きにする。
「サッパリ分からん……。これがブラックランク……“ドラゴンスレイヤー”の力なのか……」
マックスは喉が張り付いてしまったようで、掠れた声でそう言った。
「すまない。君たちの仕事の邪魔はしたくはなかったが許してくれ」
「あ、いや……」
ベイリッドに謝罪され、マックスはなんとも言えない間抜けな顔で頷いた。他のレンジャーたちも気まずそうにする。
「さすがはオヤジだぜ!」
子供のようにはしゃぐドゥマに、ベイリッドは髪を掻き上げて視線を送った。
「ドゥマ。そこの怪我人の救護を急げ。まだ助かる者もいる」
さっきまで幻術に掛かっていた者たちを指さす。どういうわけか、彼らは気絶して泡を吹いて倒れていた。
「あ! へ、へい! 分かりました!」
兵団の者たちは、あのドゥマが素直に言うことを聞いたことに驚く。
「さて、残るはアレだな」
倒れたリュカオンの死体を一瞥すると、ベイリッドはそう呟いた。
ベイリッドの足は、そのままヴァルディガとキマイラの居る方へと向かった。
「ベイリッド様……」
神妙な顔のヴァルディガに、ベイリッドはキマイラから目を外さずに軽く頷く。
「なぜすぐに私を呼ばなかった?」
そのベイリッドの口調は、咎めるというよりも、ただ疑問を抱いて聞いたという感じだった。
「……相手はマンティコアだと聞き、ベイリッド様の手を煩わせるほどではないと判断しました」
「そうか」
ふたりの間にしばし気まずい雰囲気が流れる。その間もキマイラは微動だにしない。獅子も山羊も大蛇も、すべてがベイリッドを凝視していた。
「……相当、レベルが高いようだな。私の“竜圧”を受けてもまだ抵抗しようとしている。サルダンにいていい魔物じゃない」
「“剣を振り”ますか?」
ヴァルディガは、ベイリッドの持つ剣を見やって尋ねる。
「ああ。どうにも“爪”が届きそうにないからな」
それを聞き、ヴァルディガは数歩後ろに下がった。
「さて、せめてもの情けだ。苦しまないように終わらせてやろう」
そう言うと、ベイリッドはゆっくりと剣を頭上に掲げた。
──秘剣【竜落し】──
目には視えない剣撃が、キマイラの方に縦一直線に落ちる。
メギイッという骨が砕ける嫌な音が響き渡り、獅子面、山羊頭、大蛇の頭頂が大きく陥没したかと思いきや、全身に巨大な重しでも乗せられたかのように地面に叩き落されて潰れた。
地面は深く陥没し、キマイラは悲鳴を上げることなく、血飛沫を周囲に撒き散らす。
「ッ!」
あれだけ苦戦を強いられたキマイラをたった一撃で倒してしまったことに、ヴァルディガはヒュッと息を呑み、やや遠くて見ていたドゥマやマックスたち全員が自分の目を疑った。
「手柄を奪われるが腹立たしいのは、私もレンジャーだったからこそ理解はしている」
ベイリッドは、他の呆気にとられているレンジャーたちを横目に見やる。
「だが、使える者は例え私であっても使え。ヴァルディガ」
剣を腰の鞘に納めつつ、ベイリッドはそう言った。
「主従関係にあるが、私たちは仲間だろう。忘れないでくれ」
態度を和らげたベイリッドが軽く肩を叩くと、ヴァルディガもフッと笑う。
「すまない。ベイリッド」
「それでいいんだ。友よ」
ドゥマたちと距離が離れているのを確認して、ヴァルディガが本来の口調に戻っていた。
「……それにしても、こんな魔物は普通じゃ出てこねぇ」
「そうだな。キマイラの野生種などは聞いたこともない」
しゃがみこんで遺骸を検分しながら、ベイリッドは頷く。
「気付いてるんだろ? ベイリッド。裏で手引したヤツがいるってことに」
ヴァルディガが尋ねると、ベイリッドは顎に手をやって考え込む。
「最近あった変化と言えば、この町に来た罪与の商人だ」
ベイリッドが何かを言う前に、先にヴァルディガがそう切り出した。
「……オクルスか。あの男がやったと言うのか?」
「野生じゃない魔物と魔物商。関連を考えない方がおかしいだろ」
「だとしたら、なにが目的で?」
ヴァルディガは目を細める。
「商業ギルドのアブダル・ブチャードとも懇意にしている。考えられるとしたら、ルデアマーに変わって、ペルシェを含むこの周りの小村の実権……いや、サルダンやガットランドそのものを狙っている可能性だって考えられるだろ」
ベイリッドは大きくため息をつく。
「……私が商売の許可を出したんだぞ。商業ギルドとの繋がりを持つのは別におかしくはない。今のところ、彼は“真っ当な商売”の提案しかしていないそうだ」
ヴァルディガは「魔物を売るのが真っ当か?」と呟いたが、ベイリッドはそれは聞こえなかったフリをした。
「なら、隠れ蓑を作ってるって線は?」
「仮にそうだとして、何か証拠でも見つけたのか?」
キマイラの死骸を見やり、ベイリッドはさらに続ける。
「……らしくもないな。ヴァルディガ・キールロングの目から逃れられるような悪党を私は知らないぞ」
ドゥマたちがやって来る気配を察し、ベイリッドは踵を返して戻って行く。
「……買い被り過ぎだぜ」
ヴァルディガはそう小さく呟く。
「だが、あの野郎じゃないとしたら、誰がこんな舐めた真似しやがったってんだ」
ヴァルディガはもう一度キマイラを見やり、舌打ちしてから黒剣を鞘に収めたのであった。




