045 合成獅子
(およそ3,700文字)
合成獅子。
自然発生する魔物ではなく、悪意ある魔術師か、もしくは魔族が魔術研究の果てに偶然に生み出してしまったとされており、今では生成の手順が文献にて広まり、過去に数多の術師が施設の防衛や宝物の見張り役などを目的にして造り出している。
だが、その気性の荒さから制御することが難しく、生み出した当の本人が殺され、凶悪な魔物だけが残るといったケースも多い。それだけに戦闘能力は高く、討伐難度はSに設定される。
「遠距離攻撃を持ってないヤツは下がれ!」
「アニキ!」
「ドゥマ、お前もだ!」
キマイラの動向を注視しながら、ヴァルディガは乱暴に手招きする。
「獅子は炎を吐く! 山羊頭は攻撃魔法を使うぞ! 大蛇とは目を合わせるな! 幻術に掛けられるからな!」
ヴァルディガは早口で魔物の注意点を挙げた。
「チッ。リュカオンを率いてた理由も分かったぜッ」
「ど、どういうことだ?」
「キマイラは初めてか?」
マックスは戸惑いながら頷く。
「コイツは【チャーム】……“魅了”の魔法を使いやがるんだ。しかもマンティコアなんぞよりもっと賢い。わざと音を立てて、その裏を掻いて逆方向から奇襲するくらいにはな」
「ならリュカオンは……」
「ああ。コイツが尖兵として利用したんだろ。しかも俺たちが“狩り場”に集まるように仕向けてやがった」
いまここにレンジャーや兵団がひとつに集められているのを見て、マックスはコクッと喉を鳴らす。
「キマイラが相手なら入念な準備が必要だ。対処の面倒さだけなら、ドラゴンよりも厄介だ」
「マジか」「ど、ドラゴンより……」
ヴァルディガが冷や汗を流しているのを見て、ドゥマもマックスも絶望感を覚える。
「来やがるぞ!」
キマイラは上空から轟炎を吐く!
「炎を吐く魔物にゃ慣れてんだよ!」
ヴァルディガはタイミングを見計らって跳躍し、獅子の頭を上から狙った。
「メエエエェ!!」
痙攣する山羊が唾液を滴らせて哭く。
「チィッ!」
──【ソニック・ウェーブ】──
魔法による衝撃が、ヴァルディガの張った魔法の盾ごと吹っ飛ばす!
「このダボがッ! 調子に乗りやがって! 【サンダー・スピア】!」
ヴァルディガは雷の槍でキマイラを迎撃するが、空中でターンしてそれを難なく避ける。
魔法使いのレンジャーが、避けた先を見計らって【フレイム・ボール】を放ち、それが見事に獅子面に直撃した。
「や、やった!」
「バカヤロウ! 炎を吐く魔物に火炎魔法が効くかよ!」
ヴァルディガは雷を纏った剣を見せて怒鳴る。
「え? うわぁ!」
無傷のキマイラは、大蛇を放ってその炎の魔法を放ったレンジャーを一呑みにしてしまった。
「ったく。こんな時にシャルレドがいてくれりゃよ……」
あのキャッティなら、ヴァルディガが飛び出すのに合わせて、魔法を使わせる前に真っ先に山羊頭を落としただろう。そんな事を考えて、ないものねだりをした自分をヴァルディガは少しだけ恥じた。
「……ドゥマ。マックス。全員を連れて退け」
「は? アニキを置いて?」
小剣を構えたまま、攻めあぐねいていたドゥマが目を見開く。
「いちいち聞き返すな。どうせまともに戦えるのは俺しかいねぇ」
「ふざけるな! 俺たちも戦うぞ! 力及ばずとは言え、敵の気を引く囮くらいにはなるだろう!」
マックスがそう言うが、ヴァルディガは首を横に振る。
「分かってねぇな。見てみろ。それすらも足手まといだってんだよ……」
キマイラは明らかにヴァルディガを警戒し、距離を一定に保つ。他の連中からの攻撃はまったく意に介している様子はなかった。
「強敵は俺だけしかいねぇと判断したわけさ。それに……」
「うあああッ!!」
キマイラの背後にいた剣士のレンジャーがいきなり叫び声を上げる。
「どうした!? 落ちつ……ギャァッ!?」
叫んだ男が、近くにいたレンジャーをいきなり斬りつけた。
「おい! なにやってんだ、お前!」
「虫だ! 虫の魔物!! 這い上がって来やがる! 俺の体に触れるなぁ!!」
剣士は青い顔で足をバタつかせる。
「虫? 虫なんてどこにも……」
騒いでいる剣士の足元を見やるが、それらしき生き物は1匹もいなかった。
「お前にも付いてる! お前もだ! お前も!」
剣士は血走った目で、周囲のレンジャーを指さす。
「クソが! みんな叩き殺してやる!」
「おい! やめろ!」
半狂乱となって剣士は暴れ回る。
「おおおッ! か、母ちゃん!? 母ちゃんは去年死んだ……のに、なんで!! 母ちゃんがゾンビに! 来るな! 来るなあァ!」
今度は、僧侶のレンジャーが仲間の顔を見て、頭を掻きむしって逃げ惑う。
「な! コイツもか! なんなんだ!? 押さえ付けろ!!」
混乱は広がり、レンジャーも兵団も関係なしに、次から次へと意味不明なことを叫び、仲間を攻撃したり逃げ惑ったりしだす。
「やっぱりこうなるかよ」
「どうなっている? アイツらはなんで同士討ちを……」
マックスが統率をとろうと声を上げるが、一向に状況はよくならない。
「言ったろ。幻術を使うってな。せっかくの忠告を無視しやがってよ」
ユラユラと左右に揺れる大蛇の瞳が怪しげな紫色に輝いていた。
ヴァルディガは「デバフ解除できるヤツはもういねぇだろ。僧侶が先にやられちまったらどうにもなんねぇ」と悪態をつく。
「半端な戦力は敵に取り込まれるから足を引っ張られる。お前のお仲間も叩き斬っちまっていいなら話は別だがよ」
「クッ!」
マックスは言葉に詰まり苦しげにした。
「一時撤退する! 混乱してる者は気絶させてもいい! とりあえず、全員その場を離れろ!」
「野郎ども! アニキの邪魔になる! さっさとどけ!」
大声を張り上げ、マックスとドゥマはそれぞれの部下たちに指示を出す。
「……ったく、こいつをマンティコアと見間違えたカスと、元市長とギルドマスターは半殺し確定だな」
ヴァルディガはゴキリと首を鳴らす。
キマイラは魅了した人間たちを盾にするように、わずかに後退しつつ羽ばたいて上昇する。
「クソが。来いよ。手下はべらかせて、王様気取りの化物野郎。このヴァルディガ様を舐めてんじゃねぇぞッ」
──【ストレングス】&【プロテクション】&【クイックネス】──
自身に強化魔法を使いつつ、ヴァルディガは黒剣を構えてジリジリと間合いを詰めていく。
(ケダモノのくせに、迂闊には攻めては来やがらねぇか。炎を吐かねぇのは、さっき俺がそれを避けて攻撃したのを見てるわけだしな。魔法はせっかく魅了した手下もまとめて吹っ飛ばしちまうから使いたくねぇんだろ。……ああ。逐一、面倒くせぇな)
ヴァルディガは短い時間で作戦を立てる。
山羊頭さえなんとかすれば、勝機が見えてくる。小手先の技が通用しないのであれば、正攻法しかない。多少のダメージは覚悟で突っ込む以外にないだろう。
体力や耐久はやや向こうが上。魔力に限りがある以上、時間を掛ければ掛けるほど不利になることは明白だった。
「空中戦は自分のが得意だってか? その思い上がりを糺してやるぜ」
ヴァルディガが魔法を使おうとした瞬間、周囲に奇妙な違和感を覚えて立ち止まる。
「野郎……! まさか! 伏兵を隠してやがったのか!!」
ヴァルディガは、ドゥマの方に振り返る。
「そっちにリュカオンの群れが行く! 裏を取られてんぞ!!」
「な? ああッ!! コイツらいつの間に!」
いつの間にかキマイラの裏に回っていたリュカオンたちが一斉に襲い掛かる。怪我人を1箇所に集めていたせいで、彼らは格好の餌食となった。
「なんだ、コイツは? キマイラがどんなに賢くても、ここまで複雑な指示を出せるわけ……」
ヴァルディガはそこまで言って、自分の大きな勘違いにようやく気づく。
「裏で手引きしやがったヤツがいる! クソッタレが! 俺がそんなことに気づかねぇなんて!」
ヴァルディガは、ドゥマとマックスが奮闘しているのを横目に、キマイラを倒すことだけに集中を切り替えた。優先して倒すべき相手は変わらない。
「すぐにブッ殺してやる!」
ヴァルディガが一気に飛びかかろうとした矢先、キマイラに異変が生じる。距離を一定に保つよう飛んでいたのが、彫像にでもなった様に全身を硬直させたのだ。
「……あ? 今度はなんだ?」
「どした? コイツら動きが止まって…」
ドゥマたちが相手にしていたリュカオンたちも同じように硬直してその場に留まっていた。
「! 恐怖による行動抑制だと? ……“竜の加護”か!」
ヴァルディガがもう一度振り返ると、ドゥマたちのいる方の先からひとりの男がゆっくりとした足取りでやって来るのが見えた。
「待たせて悪かったな。ヴァルディガ、ドゥマ。後は私に任せろ」




