046 竜落し
(およそ2,000文字)
「ベイリッドのオヤジィ!」
男の姿を見て、ドゥマは嬉しそうにする。
「もう大丈夫だ。下がっていていい」
ベイリッドは銀色の甲冑と濃い赤いマントを身にまとい、手には無骨で飾り気のないブロードソードを持っていた。
「私の町で好き勝手はさせん」
ベイリッドは散歩でもするかのようにゆっくり進んで来る。そして硬直しているリュカオンの側を通り過ぎると、棚から転げるリンゴのように、その頭がゴロリと地面に落ちた。
「な、なにをしたんだ…?」
マックスが目を白黒とさせるのに、ベイリッドは軽く肩を竦めて見せる。
「うっ!」
次から次へと、リュカオンの頭が落ちる。ベイリッドは動いていないのに、距離に関係なくリュカオンはその場で絶命した。
言い知れぬ恐怖にかられ、味方である兵団もレンジャーもベイリッドを遠巻きにする。
「なにをしているかサッパリわからん。これがブラックランク…ドラゴンスレイヤーなのか」
マックスは喉が張り付いてしまった様で掠れた声でそう言った。
「すまない。君たちの仕事の邪魔はしたくはなかったが許してくれ」
「あ、いや…」
ベイリッドに謝罪され、マックスはなんとも言えない間抜けな顔で頷いた。他のレンジャーたちも気まずそうにする。
「さすがはオヤジだぜ!」
子供のようにはしゃぐドゥマに、ベイリッドは目を向ける。
「ドゥマ。怪我人の救護を急げ。まだ助かる」
「へ、へい!」
兵団の者たちは、あのドゥマが素直に言う事を聞いたことに驚く。
「さて、次はアレだな」
剣を振る素振りも見せず、すべてのリュカオンを倒しきったベイリッドはそう呟いた。
ベイリッドの脚は、そのままヴァルディガとキマイラの居る方へと向かった。
「ベイリッド様…」
神妙そうな顔をするヴァルディガに、ベイリッドはキマイラから目を外さずに軽く頷く。
「なぜすぐに私を呼ばなかった?」
「…相手はマンティコアだと聞きましたんで。ベイリッド様の手を煩わせるほどではないと判断しました」
「そうか」
ふたりの間にしばし気まずい雰囲気が流れる。その間もキマイラは微動だにしない。
「……随分と強いな。私の“竜圧”を受けてまだ抵抗しようとしている。サルダンに居ていい魔物じゃない」
「“剣を振り”ますか?」
「“爪”が届きそうにないからな」
ベイリッドはそう言うと、剣を頭上に掲げた。
──秘剣【竜落し】──
視えない剣戟が、キマイラにと真っ直ぐに落ちる。
メギイッという骨が砕ける嫌な音が響き渡り、獅子面、山羊頭、大蛇の頭頂が大きく陥没したかと思いきや、全身に巨大な重しでも乗せられたかの様に地面に叩き落されて潰された。
「ッ!」
あれだけ苦戦を強いられたキマイラをたった一撃で倒してしまったのに、ヴァルディガはヒュッと息を呑み、ドゥマやマックスたち全員も我が目を疑った。
「手柄を奪われるが腹立たしいのは、私もレンジャーだったからこそ知っている。だが、使える者は例え私であっても使え。ヴァルディガ」
剣を鞘に納めつつ、ベイリッドはそう言った。
「今は主従関係にあるが、私たちは仲間だろう」
態度を和らげたベイリッドが軽く肩を叩くと、ヴァルディガもフッと笑う。
「すまない。ベイリッド」
「それでいいんだ。友よ」
ドゥマたちと距離が離れているのを確認して、ヴァルディガが本来の口調に戻る。
「……それにしても、こんな魔物は普通じゃ出てこねぇ」
「そうだな。キマイラの野生種などは聞いたこともない」
死体を検分しながら、ベイリッドは頷く。
「気付いてるんだろ? ベイリッド。裏で手引したヤツがいるってことに」
ヴァルディガがそう言うと、ベイリッドは顎に手をやって考え込む。
「最近あった変化と言えば、この町に来た罪与の商人だ」
「……オクルスか。あの男がやったと?」
「野生じゃない魔物と魔物商。関連を考えない方がおかしいだろ」
「だとしたら、なにが目的で?」
ヴァルディガは目を細める。
「商業ギルドのアブダル・ブチャードとも懇意にしている。考えられるとしたら、ルデアマーに変わって、ペルシェの実権…いや、サルダンやガットランドそのものを狙っている可能性だって考えられるだろ」
ベイリッドは大きくため息をつく。
「…私が商売の許可を出したんだぞ。商業ギルドとの繋がりを持つのは別におかしくはない。今のところ、彼は“真っ当な商売”の提案しかしていないそうだ」
ヴァルディガは「魔物を売るのが真っ当か?」と呟いたが、ベイリッドはそれを聞こえないフリをした。
「なら、隠れ蓑を作ってるって線は?」
「仮にそうだとして、なにか証拠でも見つけたのか?」
キマイラの死骸を見やり、ベイリッドはさらに続ける。
「…らしくもないな。ヴァルディガ・キールロングの目から逃れられる悪党を私は知らないぞ」
ドゥマたちがやって来る気配を察し、ベイリッドはそのまま踵を返して戻って行く。
「……買い被り過ぎだぜ」
ヴァルディガはそう小さく呟く。
「だが、あの野郎じゃないとしたら、誰がこんな舐めた真似しやがったってんだ」




