044 万能剣聖
(およそ3,000文字)
「怯むな! いつもより数が多いだけだ! 対処法は同じだ!」
繁みから飛び出して来る狂喰狼を戦鎚で叩き潰しつつ、マックスは大声を張り上げる。
「コイツらは図体がデカい狼に過ぎん! 首の下が急所だ! 冷静に狙え! 勝てない敵じゃない!」
最初こそいきなりの襲撃に混乱していたが、ベテランのレンジャーを中心に徐々に戦況が立て直されていく。
「よしこのまま…ん?」
「ヒィャーッハッハッァ!」
気の狂ったような笑い声を上げ、まるで疾風のように飛んで来た血塗れの男がいた。
「クソがッ! もう勘付きやがったか! “狂人ドゥマ”!」
マックスは不快そうに眉を寄せる。
ドゥマは両手に持ったショートソードで、レンジャーたちの戦っている横から割り込み、リュカオンを次から次へと刺殺していく。
「テメェ!」
あと一撃で倒せると、槍を突き出そうとしていたレンジャーが怒る。
「ケッ! チンタラしてんのがワリィんだよ! 早い者勝ちだぜ!!」
ドゥマは先割れした舌で血に濡れた唇をベロリと舐め、次のリュカオンの元へと走って行く。
「これじゃどっちが魔物かわからん。血に飢えたチンピラめッ」
マックスは、ドゥマとは距離を置いて戦うように指示する。その戦いっぷりが、仲間をも斬り捨てんばかりの傍若無人なものだったからだ。
「悪ぃね〜。ウチの切り込み隊長がやんちゃでよ。尻揉んでたら、なんか火がついちまったみてぇでさ。悪いヤツじゃねぇんだぜぇ」
「ヴァルディガ!」
「おっと、余所見してちゃ危ねぇよ」
「チッ!」
後ろから飛かかるリュカオンを、マックスは大きな拳で殴りつける。怯んだところを、戦鎚の柄を落として頭を叩き潰すのに、ヴァルディガは「やるねー」と口笛を吹いて称賛した。
「あーあ、リーダーが囲まれちったねぇ」
「俺としたことが!」
ヴァルディガの登場に気を取られたせいで、マックスはいつの間にか孤立しており、リュカオンたちに囲まれていた。
「聞いていたより数が多すぎる…。次から次へと湧いてくるぞ」
ざっと見ただけでも周りに10数体はいた。単体では大した脅威ではなくとも、数が増えれば話は別だ。しかも繁みの先にはまだいるようで、ギラギラと黄色く光る目が無数に覗いていた。
「切り抜けるには時間がかかりそうだ…」
「そうかぁ? ま、これぐらいは想定内だろ」
「なんだと?」
ヴァルディガが部下を引き連れていないことを、マックスはようやく今になって疑問に思う。
ヴァルディガの部下たちは、ドゥマも含めレンジャーたちが集まっているところの敵を片付けに向かっていた。
「囲まれたのは貴様も同じだろうが…」
「あー? 俺も? 冗談はよしてくれ」
「なにが冗談だ」
「俺は囲まれてねぇからだよ」
「は?」
コイツはなにを言っているのだと、マックスは苛立たしいそうにする。
どう見てもリュカオンの狙いはマックスだけじゃない。その側にいるヴァルディガも当然対象だ。
「マックス。お前さんは少し休んでていいぜ」
「ああ!? この状況が見えていないのか! ここは協力して包囲から抜け…」
「抜ける必要なんてねぇよ。せっかく倒しやすい位置に来たってのにもったいねぇだろ」
「さっきからなにを…」
ヴァルディガは腰からロングソードを抜く。刀身が黒くあしらわれている特注品だと思われた。
「なッ?!」
突如として、彼の持つ剣がボッと炎で包まれるのにマックスは驚愕する。
「流剣派の剣士とは噂に聞いていたが、まさか魔法剣士なのか?」
「ああ? まだ俺のことをそんな風に呼んでるヤツがいんのか。マジックナイトとは古風だねぇ」
ヴァルディガは剣を八の字に振り、息をつく間もないスピードで、横から突っ込んできたリュカオンの頭を叩き落としていく。
(強い! 並の強さじゃない!)
「そんで裏をかいたつもりかい?」
──スキル【カウンターマジック】、【アイシクル・ダート】──
後ろから回り込み、飛びかかって来たリュカオンの牙が届く前に、その身に氷の矢が何本も突き刺さる。
「どうしたぁ? ケダモノども! こんだけ雁首揃えて、俺に傷の1つもつけられねぇのか!? ほらほらほら! 死ぬ気でかかってこいよ!」
個別に襲いかかっても無駄だと本能で判断したリュカオンは、連携を取り始め、タイミングを合わせて四方から一斉に喰らいつこうとする。
「芸がねぇ犬っころどもだ!」
──【ライトニング・シールド】──
右手に持った剣が、右方から迫るのを斬り伏せ、空いた左手が半透明な電撃の盾を生みだし、死角から狙ってくる敵を迎撃する。
「なんだこれは…?」
炎の剣、雷の盾、氷の矢と、独りであまりにも多彩な攻撃手段を持つヴァルディガに、攻撃に参加することも忘れてマックスはただ立ち尽くす。
「俺はマジックナイトより上位だ。五大剣客がひとつ、万能剣聖って…そうは呼ばれてはいねぇけどな!」
ヴァルディガは鼻歌を披露する余裕を見せながら、次から次へとリュカオンを血祭りに上げていく。
「さすがヴァルディガのアニキだぜ!」
まるで自分のことのようにドゥマは誇らしげにする。
リュカオンの脅威度はB+だ。いかにレッドランクのレンジャーといえど、急所に当てなければ一撃で倒すことは難しい。それにもかかわらず、まるでゴブリンやオークでも相手にしてるかのように立ち回るヴァルディガは、仲間たちからすれば鬼神の如き強さに思えた。
兵団はもちろんのこと、レンジャーたちのある者は畏怖を、ある者は尊敬を込めた様な目でその戦いの光景に見惚れる。
「確かに大口を叩くだけはある…。だが、“オールマイティー”などいう肩書きは聞いたこともないぞ」
「そりゃそうだろ。冒険者ギルド本部が勝手に作って俺に付けたシロモンだからな。ま、今の俺は単なる“警備責任者”さ」
リュカオンの首を足で踏みつけてヴァルディガは笑う。
「アニキ! こっちの方は片付きましたぜ!」
「そうか。なら、あとはこの群れを率いているボスだけだな」
「マンティコアを倒したら、オイラもレッドランクっスかね!」
「ドミニクの野郎に聞いてみろ。安モンのバッジくらいはタダでくれるんだろ」
そんな軽口を叩かれても、これだけの実力差を見せつけられてしまったマックスは悔しそうに唇を噛んだだけでなにも言わなかった。
「しかし、このリュカオンどもは一体どこから集まって…」
そんな疑問をマックスが口にした瞬間、メキメキという木が圧し折られる音がした。
「ようやく、お出ましか…」
ヴァルディガのニヤケた顔が、一瞬にして真顔になる。
「ドゥマ! 避けろ!」
「へ?」
音のする方を警戒していたドゥマを、ヴァルディガが蹴り飛ばす。
──【アイシクル・シールド】──
ヴァルディガは自身を氷の盾で守り、木が倒れる方とは反対側から燃え盛る炎が吹き荒れ、さっきまでドゥマがいた所を焼いた。
「な、なんだぁ!?」
突然のことに、マックスたちは狼狽える。
そして、炎を放った者が姿を現す。
巨大なコウモリの翼で木々の枝を叩き折り進み出て、吼え猛るのは獅子面、その胴には歪な山羊の頭が生えて苦悶の叫びを上げ、大蛇の尾が不気味にのたうちまわる。
「なぁにがマンティコアだッ! 見間違える馬鹿があるかッ!!」
「あ、アニキ?」
「コイツは合成獅子だ…!」




