043 対立関係
(およそ3,900文字)
人の背丈の何倍もある、町を取り囲む外壁。雨季には、氾濫するヴァロン大河からの防水壁としても機能する防衛ラインに人集りができていた。
日もすっかり落ちた詰所の前で、篝火に照らされ延びた何人もの影が押し問答している。
「だから、この町の防衛に関してはルデアマー兵団を通すのが筋って言ってるんだろうが!!」
この詰所の責任者と思わしき、頬傷のある血気盛んな若い衛兵が怒鳴る。
その後ろでは、とても統率のとれた兵団とは思えない、傭兵のような自由な装備を身に纏った男たちが、剣呑な空気を漂わせていた。
「この件は別だ。我々、レンジャーが市民から受けた要請で動いているからな」
年季が入った鎧を着た大柄なレンジャーが首を横に振った。
彼の後ろにも、剣士や魔法使い、盗賊のような格好をした者たちが集まっている。兵団側と同じく装備は自由でバラバラなものだったが、兵種で言えばこちらの方が多彩だ。
「協力してやるってんだよ! なぜそれが分からねぇんだ、この石頭!」
「無用だ。魔物の討伐については、我々の専門分野だ」
「俺たちの力がいらねぇってんのか!?」
「そう言っている」
「この野郎!!」
今にも胸倉を掴みそうな衛兵だったが、レンジャーの方はどっしりと構えていて身じろぎもしない。
衛兵たるもの町の防衛を担う責任があり、落ち着いて物事に当たるべきなのだが、報酬優先の自由業の代名詞とも言えるレンジャーによって諭されるという、まるでその立場が逆転したような有様だった。
「何をこんなところでギャーギャー言い合ってやがんだよ。うるせぇな」
「ヴァルディガ隊長! ドゥマ副長!」
自分たちの責任者の登場に、若い衛兵だけでなく、他の兵士たちもホッとした顔を浮かべた。
「ようやく、少しはまともに話ができるヤツが来たか……」
大柄なレンジャーは、ヴァルディガを横目で見やる。
「マックス・ハルバーさんよ。ギルドの稼ぎ頭のお前さんまでが出張る事態かい?」
マックスと呼ばれた大柄なレンジャーは、30代前半の金髪を後ろに撫でつけた、筋骨隆々とした歴戦の猛者を思わせる風貌をしていた。
「手が必要なんじゃねえか?」
ヴァルディガが尋ねると、衛兵は「さっきからそう言ってたんです!」と大きく頷く。
「問題ない。よくある、いつもの魔物討伐だ」
「へえ? いつものねぇ〜」
ヴァルディガは、マックスの後ろにいた屈強そうな格闘家や戦士を見て首を傾げる。
「ヴァルディガ。お前らペルシェ兵団はいつも通り、町の哨戒でもやっていてくれ。何かあればこちらから頼む」
「おいおい。それにしちゃ、ちと規模が大きくねぇか? チームアップにしたって、ギルド総出って感じじゃねぇか?」
ヴァルディガの言う通り、ギルド側の人数は多かった。もしかすると、ここにいる兵団よりも人数が多いかもしれない。そして、すでにいくつかのチームが結成されていた。
「マックスさんよ、即席の連携なんて上手くいかないぜぇ」
ヴァルディガが口元を笑わせるのとは対照的に、マックスの口角がグッと下がる。
「知ってるぜ。出てきたのは、マンティコアなんだろ? しかも普通では考えられない動きをしている。突然変異個体って可能性も考えられるってな感じか?」
「……チッ。腐っても、元レンジャーか」
尋常じゃない恨みを込めた目で睨まれるが、ヴァルディガはフンと肩を竦めて流した。
ドゥマが「腐ってもだと?」と額に青筋を浮き立たせるが、ヴァルディガは軽く舌打ちして気勢を削ぐ。
「リュカオンの群れもいるんだろ? 悪いことはいわねぇ。俺たちも討伐を手伝ってやるよ。安心しろ。お前らの報酬をかすめようってセコいことは考えてねぇさ」
ヴァルディガがそう言うと、マックス以外のレンジャーたちの敵意が若干薄れた。
彼らの中には、今回ギルドから提示された高額報酬を自分たちだけで独占したいという強い欲求があったのだ。
マックスはわざとらしい大きい咳払いをする。
「貴様らのような遊びでレンジャーをやっていた者と我々は違う! 我々にもプライドがある! いくらドラゴンスレイヤーだろうが、そんな者の力は借りんでも足りる!」
マックスが断言するのと、レンジャーたちはハッとして、次々と「そ、そうだよな」と頷く。
「遊びだとぉ! どっちがだ! 黙って聞いてりゃ調子に乗り……」
ドゥマたちが額に青筋を立てるが、ヴァルディガは「落ち着け」とそれを止める。
「お前らに依頼した市民ってのは、元市長ダラブロだよな?」
「なに?」
「どうせ、ベイリッド様に対する当てつけだろ?」
「……憶測で物を言うのはやめろ」
「ダラブロと、冒険者ギルドマスターのドミニク・ストンが懇意にしてたのは知っている。正直に言えよ、ネタは割れてんだよ」
さらに続けようとしたヴァルディガを止めるように、マックスは片手を上げる。
「……ベイリッド・ルデアマーがペルシェの町の長だとは……いや、サルダンの盟主になることも、誰も望んでいないし、認めてもいない」
マックスは唇を強く噛む。
「故に、貴様らルデアマーの息のかかったゴロツキの手を借りることはありえんッ!」
「オメェ! 言いやがったな!」
ドゥマが腰の双剣に手を掛ける。
「いちいちイキリたつな、ドゥマ」
「だ、だけどよ、アニキ……」
ヴァルディガは仕切り直しとばかりに何度か手を叩くと、マックスたちは訝しげにした。
「マックスさんよぉ! 今の話を聞いたら、なおさらだぜ!」
「なおさら?」
「今回の件は、なんとしても参加させてもらわねぇとな!」
ヴァルディガがニイッと歯を剥いて獰猛に笑った。
「ベイリッド様と、ダラブロの狸ジジイ、どっちがこの区域の本物の“市長”として上か、決める絶好の機会じゃねぇか!!」
「貴様……」
「どうせなら、どっちが先に討伐するか勝負しよーぜ。そういうの嫌いじゃねぇだろ? “現役”レンジャーさんよぉ〜」
ヴァルディガは、マックスと鼻先同士が付くぐらいにまで近づいて睨み合う。
「……それとも、まさかブランクある俺に遅れを取るのが怖くて、乗っかれねぇってこたぁねぇよな?」
ドゥマや衛兵たちが吹き出してニヤニヤと笑うのに、レンジャー側はさらに剣呑な雰囲気となった。
「……後悔することになるぞ」
「よーし、決まりだな!」
□■□
ヴァルディガとドゥマたちが率いる少数精鋭の兵団10名ほどが森の中へと分け入って行く。
元レンジャー出身の兵士は苦もなく闇の中を進むが、町の警備しか経験のない者は、ただの鳥の鳴き声でもビクッと立ち止まってしまう。
ドゥマは舌打ちし、「現役レンジャーの方が夜の森には強いに決まってらぁ」と悪態をつく。
先頭を歩いていたヴァルディガは途中で、「よし。休憩にすっか」となぜか行軍を止めた。
「……ねえ、アニキ」
「あん?」
「向こうは魔物の位置も把握してるはずですし、ヤツらからしたら町の周辺は庭みてぇなもんで、地の利……どれを取ってもマックスの野郎どもの方が有利すよ」
寄ってきた羽虫を松明の火で払いながら、ドゥマは不満そうに言う。
「確かにそうだな。あ、ドゥマ。その火を貸して……って、いいか。魔法使った方がはえーな」
部下に適当に集めさせた木枝に、ヴァルディガは火の魔法を使って焚き火を始めた。
「なら、アニキ! こんなところでモタモタしてるわけにゃあいかんでしょ!」
切り株の上に腰掛けて、一向に動く気配を見せないヴァルディガに、ドゥマはやきもきしていた。
「まったく。ホントにお前は気の短ぇヤツだな、ドゥマ」
「でも!」
「“なら”、“でも”……次は“だって”か?」
焚き火の光が、ヴァルディガの瞳に映り込んでいた。
「あ……」
いつの間にか立ち上がっていたヴァルディガに見下され、ドゥマは気まずそうに視線を彷徨わせる。
「尻にでも火がついてんのか? あ? 今ので燃えちまったのか?」
「え、あ……」
むんずと臀部を捕まれ、ドゥマは思わず身を捩るが、ヴァルディガはそれを許さない。
「このさ、とても鍛えられてるとは言えねぇ、柔らかな尻してるから、さっきから落ち着きなくソワソワとしてんじゃねぇのか?」
「ぐっ、あ……そ、そんなことは……」
尻をグニグニと強く揉みしだかれ、ドゥマは手下たちの前で醜態を晒すのに恥ずかしそうにする。
部下たちは一瞬呆気にとられた顔をしたが、気まずそうに見なかったフリを決め込んだ。
「時にゃ、“機”ってのは待つ必要があるもんだ。その見極めができねぇからお前は駄目なんだ」
ドゥマの尻を吊り上げるようにして持ち上げ、ヴァルディガは自身の下半身を押し付けて凄む。
強く主張をする股間をグイグイと当てられ、ドゥマは顔を恐怖に引きつらせ思わず喉を鳴らす。
「あ、う……わ、分かった。分かったよ……。だから、離して……」
ヴァルディガが離すと、ドゥマはその場で尻餅をついた。
「……で、でも、マックスが先にマンティコアを見つけちまったらどうすんですか?」
「また“でも”、か。懲りねぇ馬鹿なヤツだな。いいんだよ。先に見つけさせて……」
騒音が聞こえてくると、ヴァルディガはニヤリと笑う。
「道案内、まったくご苦労さんだぜ」




