042 老面獅子
(およそ2,500文字)
ペルシェの町の酒場には、まだ夕刻だというのにベイリッドの兵団がたむろしていた。
営業時間前に店に入られることに、酒場の店主はひどく迷惑そうにしている。
表向きは非常時のための待機であったが、何杯もエールをおかわりし、すでに赤ら顔となっている彼らを見れば、それがいかに説得力に欠けるものかわかるだろう。
「しっかしよー、レンジャー辞めてまでこんな町に来る必要あったのかねぇ?」
「ヴァルディガのアニキのことか?」
「ああ。あの人、凄腕のレンジャーだったんだろ? 稼ぎも相当だったはずだぜ」
「ドラゴンスレイヤーだって話だろ? この前、絡んできやがったレッドランクを半殺しにしたって聞いたぜ」
「俺それ見たぜ! アニキに泣いて土下座してやがんの! あれにゃ腹抱えて笑ったぜ!」
その状況を事細かに話すことで、全員がゲラゲラと笑う。
「…しかし、そんなツエーアニキがよぉ。いくらレンジャー時代の先輩だからって…」
「ああ。恩義を感じてまで、こんなサルダンなんて辺境の小国に…」
「おい。滅多なこと言うもんじゃねぇよ…」
「だけどよ、お前もベイリッドのオヤジの事は疑問に思ってんだろ?」
「……ま、まあ、そりゃな」
「日がな1日中、花をいじくり回してる女々しさはなぁ〜。俺たちのボスとしてどうなのよ?」
「ヴァルディガ兄さんより強いと思うか?」
「おいおい。聞くなよなー」
「どうせ俺たちしかいねぇーだろ。大丈夫だって」
「そりゃ…なぁ…」
その時、扉が乱暴に開き、皆がギョッとした顔を浮かべた。
「こんなところで油売ってやがったのか…」
「ドゥマさん…」
ドゥマに睨まれ、男たちは気まずそうにする。
「オメェらにはシャルレドを見つけるよう言ってあっただろうがッ」
「もう散々探しましたって!」
「この町にはもういねぇですよ!」
「あぁ? んなわけねぇだろうが。ヤツの脚じゃ遠くには行けねぇ。それにオヤジがいんのに、この町を離れる理由もねぇ。オメェらの探し方がただ足んねぇんだろうがよ!」
机を蹴り上げて倒すのに、手下たちは息を呑む。
「わかったらさっさと探せや。見つからなかったらタダじゃおかねぇぞ…」
鋭い目で凄まれ、手下たちはそそくさと酒場を後にする。
「チッ。クズどもが…」
「荒れてんな、ドゥマ」
「アニキ…」
自分の後ろにいつの間にかヴァルディガが立っているのを見て、ドゥマは気まずそうにする。
「すまねぇ! お、オイラのせいで…」
「別にお前のせいだなんて思ってねぇよ」
「だ、だけどよ、あの件が原因だとしか…」
シャルレドが消えたのは、市場で揉めたことによるものだとドゥマは思っていたのだ。
「シャルレドはいい。どこに行ったかは見当はついている」
「え?」
「俺の情報網はお前より広いんだよ。…だが、手下どもにはこのまま捜索させとけ。暇だと碌なことしやがらねぇからな。いい薬だ」
ヴァルディガは店主に酒を注文する。
「……それより、あの商人オクルスのことだ。あの野郎、ちゃんとやってんだろうな」
「あ、ああ。四六時中、見張らせてる。今は市場の裏の寂れた通りに家を買って、そこにハーフエルフの娘と籠もって出て来やしねぇ…」
「お楽しみかよ。いい御身分だな。まさか俺との取引を忘れてるんじゃねぇよな」
「もし忘れてんなら、オイラが…」
ヴァルディガは手を払い除けるように振る。
「いや、その手段までは知らねぇが、ちゃんと用意はすんだろ。外で居もしねぇ女を捜している馬鹿どもとは違う」
「……ベイリッドのオヤジは、どこであんな野郎を知ったんスかね」
「さてな。レンジャーって仕事やってりゃ、色んな情報が頼まれもしねぇのに耳に入って来やがるもんさ。お前もペルシェのレンジャーだったんだ。わかるだろ?」
「まあ、噂話程度ならそうスね」
「それよりもサニードだ。買い物くらいには出るだろう。独りになるタイミングを調べておけ」
「はあ。しかし、アニキ。なんでまたあんなガキなんかを…」
「俺は利用できるものは最大限に利用したいんでね。そのための労力は惜しまねぇんだよ」
ドゥマは、ヴァルディガが何を言わんとしているのかまったく理解できないまま頷く。
「お前は深く考えず、俺の言ったことを……ん? なんだ? やけに外の方が騒がしいな」
喧騒と泣き声が聞こえてくるのに、ヴァルディガとドゥマは外へ飛び出した。
□■□
町に出ると、レンジャーたちが武器を持ち血相をかえて入口へと向っているのが目に入った。
「おい。待て」
「なんだ!」
手近にいたひとりの男の肩を、ヴァルディガが押さえて止める。
振り払おうとした男だったが、その強い力に押さえ込まれて若干恐怖の色が顔に滲んだ。
「き、緊急事態なんだ。行かせてくれ…」
「見りゃわかる。なにが起きた?」
「老面獅子だ」
「マンティコアだと? こんな人里に?」
「ああ。町のすぐ外にまで迫っている。しかも狂食狼の群れを率いているらしい」
「はあ? マンティコアは単独で行動するもんだろ。しかも他種族の群れを率いるなんて聞いたことがねぇぞ」
「そんなん知らねぇよ! だが、木こりのジイサンが見たって言うんだ! 町に入られたらおしまいだ! その前になんとかしなきゃ…だから、ギルドに依頼が来たんだ!」
「チッ。警備責任者の俺に知らせんのが先だろうか。なにやってんだか。もういい。行け」
ヴァルディガが手を離すと、男はなにか言いたそうにしたが、仲間に呼ばれて慌てて走って行った。
「アニキ。マンティコアって…?」
「お前、レンジャーだった癖にそんなものも知らねぇのか。醜いジジイの顔をした獅子でな、空まで飛びやがる。短時間で飛行能力は決して高いとは言えねぇがな。それに尻尾の毒針が厄介だ。討伐にゃレベル40台必須、ランクはA相当だな」
「そんなのがこの町の付近に住んでたってんスか!?」
ドゥマが驚くのに、ヴァルディガは首を傾げる。
「いや、好物は確かに人肉だが、森の中で待ち伏せして襲うのが普通だ。知能も低くはない。いくら腹を減らせてるからって、危険を犯してまで町に来るとは思えねぇ…」
「なら…」
「気になるな。行くぞ」
「あ! 待って下さいよ! アニキ!」




