163 束の間の平和
(およそ2,200文字)
蘭芙庭。
オーナー室では、オーナーであるはずのクズリ・バッドソンが、秘書よろしく茶を淹れていた。
「……で、あんな空の高いとこからやって来たわけってのを聞こうかい」
トロスカルは、バランスを取るために失った腕の方に体重を掛けてソファーに寄り掛かる。
その向かいには、よく日焼けした健康的な少年……グランバ・ラマハイムが座っていた。
戦士らしくその身体は鍛え上げられ、若いながらにも筋骨隆々とした体躯であったが、それでもトロスカルの巨体に比べれば貧相に見えた。
「戦士長ドラグナル・ラマハイム及び、その騎竜オズワルド。遺体は、あの“白き森”の中で発見いたしました」
「……似てるね。親戚かい?」
グランバの容姿が、ドラグナルに重なって見えたのでトロスカルは目を細める。
「……父です」
「……そうかい。それはお悔やみの言葉もない。辛いだろう」
「……いえ、戦士として死は常日頃から覚悟しているものです」
トロスカルには、目の前の少年が必死に感情を押し殺しているのだと気づいていたが、彼の使命感と名誉を尊重して言及はしなかった。
「俺……私たちは何が起きたか真実を知りたいのです」
グランバは一度視線を落とし、再び強い目をトロスカルに向ける。
「派遣した飛竜戦士隊が壊滅し、ドラグナルだけでなく、あのベイリッド・ルデアマーまで死んだ。これに異常さを感じているのは、エアプレイスだけではないはずです」
トロスカルは足を組み直して深く息を吐く。
「……エルフには会えたかい?」
「いえ、あの森にいるという情報は得ていたのですが……」
「なら、アーシに聞いても同じだよ」
グランバは目を細める。
「いまディバーにいる連中も同じ戦いに身を投じていたさ。けど、肝心要のところは誰も何も知らない」
トロスカルは窓辺の方を向き、グランバが乗ってきた飛竜を見てはしゃいでいる女の子たちを見やる。
「……わかっているのは、誰かがこのサルダンに平和をもたらせたってことだけさ」
茶を口に含み、トロスカルは「渋いね」と呟く。
「……魔物を売る商人の姿があったとも聞きました」
グランバは膝に乗せた拳を握った。
「……その人物は人間ではなかったとも」
トロスカルは、クズリに「茶を淹れなおして来な」と指示を出す。
「……知らないね」
「……本当ですか?」
疑わしそうに聞くが、トロスカルは顔色ひとつ変えない。
「男どもの馬鹿な戦争が終わった。アーシにはそれだけで充分さ」
「……それが束の間の、偽りの平和だったとしてもですか?」
トロスカルはグランバをジロリと見やり、だがその問い掛けには答えず、再び外の女の子たちを見やった。
「……それはそうと、せっかく来たんだ。少し遊んで行くかい?」
「遊ぶ?」
トロスカルは「この店が何なのか知らないわけじゃないだろ」と冊子を机に放ると、不思議そうにページを開いたグランバだったが、すぐに真っ赤な顔をした。
「これはッ! 悪い……冗談ですッ」
それは女の子たちの名前と特徴が書かれた姿絵が載ったリストだったのだ。
「まさか経験がなかったのかい?」
「いや! そういうわけでは……? あ……」
「ん? 好みの娘がいたかい?」
「この店には……エルフもいるのですか?」
彼の見ているリストの中に、耳の長い、ショートボブで、銀白色の瞳を持つ少女を見てトロスカルは肩を竦める。
「……ああ。この店、一番の娘だよ」
「この少女が?」
「だけど、あいにくだったね」
「え?」
「いま丁度、休暇を与えているのさ」
トロスカルは髪を掻き上げて笑う。
「……いつまで?」
なぜかグランバはそんなことを尋ねてしまう。トロスカルはニイッと口の端を吊り上げる。
「さてね。気まぐれな娘さ。そのうち忘れた頃に戻って来るよ」
最後に「必ずね」と付け加え、トロスカルは新しくクズリが持ってきた茶を飲み、今度は「薄い」と文句を言って、再び淹れ直させたのであった。
□■□
漆黒の闇の中、鎖の軋む音だけが響く。
「……自由の身になったと云うのに、再び囚われに戻るとはな」
深い闇の奥から、低い声だけが響く。
「イゼリア」
手脚に枷を嵌められたイゼリアは、口を尖らせてそっぽを向く。
「……契約だ。約束は守って貰うぜ。モーグ公」
「よかろう」
深淵の中から鎖が巻き取られる音が響き、イゼリアの前に幾重もの鎖が巻き付いた巨大な氷の水晶が現れる。
「……ミレミレの“恒久凍結”にて封じてある」
水晶の中を覗き込み、その中で安らかな顔をしているサニードを見やって、ほんの一瞬だけイゼリアは優しく微笑んだ。
「これで肉体も魂も損なわれず保管できるのか?」
「左様。そして、余の領域……“深淵無帰楼”に在らば、何者にも一切の手出しは出来ぬ」
「……わかった。預かっていてくれ」
イゼリアが頷くと、大水晶は深淵の奥底に落ちて行った。
「……然して、解し難きことよ。貴卿たちは何故に斯様な森人に心血を注ぐのか?」
その問い掛けに、イゼリアはフッと笑う。
「テメェには永久にわかんねぇーよ。いいから、ちゃんといいと言うまで預かってろ。キズ1つでもつけたら承知しねぇぞ」
そう言ってイゼリアは中指を立てて舌を出すと、クルリと踵を返して闇の中へと消えていったのだった。




