最終話 新たなる取引
(およそ1,600文字)
さわやかな木漏れ日が落ちる、奥深い森の中。
鳥たちは鳴き声を上げ、小さなリスが木の実を持って樹肌の上を行き来していた。
雨季から乾季に入ったせいで、川の水は穏やかに流れる。
そして、大きな崖と滝が背後に見える場所で、狐耳をした姉弟が楽しそうに走って行く。
「そんなに走ると転びますよ」
その後ろをゆっくりとした足取りで、黒い中折れ帽とスーツを着た細身の男が後をついて行った。
姉弟はつかず離れず、離れ過ぎると戻って来ては、また楽しそうに走り出す。
やたら纏わりついてくる子供たちにも、男は嫌な顔ひとつしなかった。
男は黒く長い癖毛をして、切れ長の細い目をしている。
「ねぇー! こんなところに何があるのさ?」
ツリ目をした姉の方が問い掛ける。
「それ知ってるよ! 大事な人が眠ってるんだ!」
タレ目をした弟の方が答える。
男は答えずにやり取りを見守り、口元を静かに笑わせているだけだった。
そして崖の先、真っ黒な石の板が何枚も重ねられたオブジェが出てくる。
それはまるで階段のようで、行く先は滝のその先に繋がっているようにも見える。
「お墓! 着いた!」
「お墓じゃないよ。だって、ここにいるわけじゃないんでしょ?」
「でも! でも!」
姉弟が向かい合って言い合うのに、それを遮るように男が間に割って入る。
「そうですね。この中には誰も入っていません」
男は帽子を深く被り直してから頷いた。
「ほら、だから来たってしょうがないじゃん」
姉が得意そうに言うのに、弟は男の腕にしがみついて「うー」と困り眉をする。
「しかし、決して意味がないわけではありません」
男の言葉に、姉が小首を傾げる。
「人間はそうするのですよ。“想い”というものはそういうものです。“行為”が意味をもたらします」
男は片膝をつくと、懐から紙袋を取り出した。
「あー、いいニオイ!」
弟がクンクンと鼻を動かすのに、男はその頭を撫でる。
そして、紙袋の中からチェロスを数本取り出し、石の前へと置く。
「これも?」
「ええ、こちらに」
「川に投げた方が楽しいよ」
「それはいけませんね」
「……どうしても?」
「ええ。必要なことなのです」
「むー。もう! わかったよー!」
姉が膨れ面をしながら、持っていた花束をその横に供えた。
オクルスが帽子を胸に当てて軽く頭を下げるのに、姉弟は見よう見まねでそれを真似する。
「……なあ、お菓子勿体ないよ! 誰も食べないんだろ! なあなあ!」
姉の方はヨダレを垂らしながら、男のスーツを引っ張る。
「やれやれ。仕方ありませんね」
男は懐からもうひとつ紙袋を出して姉弟に渡した。
「わー!」「やった!」
ふたりは大喜びで中のお菓子を食べ始めた。
「美味しそうに食べますね」
「だって甘いし!」「サクサクだし!」
男は抜けるような青空を見やる。
「“彼女”も菓子を好んで食べていました。それも実に幸せそうにね」
口元に欠片をつけたまま、姉弟は男が立ち上がるのを見上げる。
「戻ったら、一緒に屋台にでも行きましょうか」
ふたりが強く頷くのに、男は「シヒヒ! ……失礼」と歯列を剥き出しにして笑う。
「次の取引があります。フェイフェン。シャイシャル。そろそろ向かうとしましょう」
「「うん! オクルス!」」
フェイフェンとシャイシャルは、オクルスの差し伸べられた手を取る。
「……それでは、また。“サニード・エヴァン”」
オクルスは軽く石碑に向かって会釈をすると、ふたりを連れて来た道を戻って行った。
滝から風が吹き上げ、添えられた白銀の花弁が川の方へと吹き抜けてどこまでもどこまでも遠くへと飛んで行ったのであった────
─終─
これにて完結です。
この後の展開が、拙作『デヴで陰気だったアタシが褐色女剣士に転生して喋る魔剣を手にしたので夜な夜なこれで✕✕✕してる件』に繋がっている形となっております。
こちらは本作と違いコメディ色がだいぶ強くなりますので万人向けではありませんが、興味がありましたら続けてお読みいただければ幸いです。
最後までお読み下さり本当にありがとうございました。




