表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
149/164

149 無知な者たち

(およそ5,800文字)

 エヴァン郷では、郷の上役や各里の村長たちが集まって、いつ終わるともしれない会議が持たれていた。


 そんな中、部外者が入って来たとの報せで、郷の中が慌ただしくなる。


「追放されたのに」


「今さら何しに……」


「あれは誰を連れてきたんだ?」


「ヒューマンだけじゃないぞ」


 恐れ、侮り、嘲り、興味、忌避……そういったものを含んだ視線が一斉に向く。


「何をしに来た、サニード」


 奥の一番大きな建屋から、鼻から頬に深い古傷を持つ背の高い女エルフを先頭に、武装したエルフ戦士たちが姿を現す。


 その戦士たちの後ろに隠れるようにして、村長たちや上役たちが、腫れ物を見るような表情を浮かべていた。


「エセスは生きていたんだ。よかった」


「よかっただと? なにがいいものか」


 顔に古傷を持つ女エルフ……エセスは、整った顔を醜悪に歪ませる。


「郷の宿願も果たせず、恥知らずにも生き残った我らをわざわざ嘲りに来たか。サニード」


「そんなつもりはないよ。命が助かっただけいいじゃんか」

 

 今のやり取りで、本当にファウドは死んだのだとサニードは確信する。


「……それで、これからエヴァン郷はどうするつもりなの?」


 サニードは、エルフの中にウェンティがいるのではないかと探しながら尋ねる。


「そんなこと貴様に……」


 エセスが喋るのを、村長のひとりが手を上げて止める。


「守り手は、先の愚かな戦いのせいで半分以下となった」


 その村長の言葉に、エセスは憎々しげな顔で睨んだが唇を噛んで堪える。


「郷全体の結界をより強固なものとし、外部からの侵入を一切断つ。お前たちのような“異物”が入って来ぬようにな」


 ドゥマが「異物だと。けッ」と言うのをチラリと見やり、シャルレドが進み出る。


「ベイリッドもハイランドも死んだにゃ。今後、サルダンは……」


「そのようなこと、我らには関係ない」


「待ちなせぇよ。戦争に介入しておいてそりゃねぇですなァ」


 ウェイローが顎髭を撫でて言うのに、村長はエセスを胡乱に見やった。


「戦争への介入は郷の総意ではない。一部の暴走した者たちの責任だ」


 他の村長たちも「そうだ」と頷く。


「それにルデアマー家なき今、我らを断罪できる者もおるまい」


「ライラードはそうは考えないにゃ」


「なんだと?」


「ルデアマー家がなくなれば、このサルダンの掌握に主国ライラードが乗り出すのは間違いないにゃ」


 シャルレドがそう説明するのに、村長たちは顔を見合わせる。


「ルデアマー家の兄弟戦争……この責任者を追及して、全員を磔にすることを望むはずにゃし」


 ウェイローが「示しがつきませんからなァ」と続ける。


 シャルレドはわざとゼリューセの名前は出さず、エヴァン郷の責任部分のみを追及する。


 しばらく村長たちがコソコソと話し合った。


「……我らからはもう決して手を出さぬ」


「向こうが侵略してきてもかにゃ?」


「今回、長老が決めたのはそういう計画だった」


「計画?」


「エヴァン郷の力を見せつける狙いがあった。そういう意味では戦争に赴いたのは、あながち全てが間違いだったとも言えぬ」


「……さっきと言ってることが変わってるにゃ」


 シャルレドは呆れたように言う。


標人(ヒューマン)にも、あのネグレインの恐ろしさは嫌というほど知ったであろう。抑止としては充分だった。我らの静穏は脅かされぬ」


 シャルレドは鼻を鳴らし、ウェイローは肩を竦めた。


「そのネグレインだよ。どうやったのか知らないけど、ヴァルディガがネグレインと同化して、ペルシェの町を襲ったんだ」


 サニードが言うと、村長たちはわずかにどよめく。


「そもそもだよ。ネグレインは今は郷を守っていないんでしょ? ヴァルディガに取られちゃったんだからさ」


 その指摘にエルフたちがどよめく。彼らはネグレインによる守護は未だ健在だと思っていたのだ。


 村長や上役たちは「余計なことを言うな」という表情を浮かべている。


「それで……」


「知らぬ」


「え?」


「我らの預かり知らぬ話だ」


 サニードたちは全員が驚いた顔を浮かべる。なぜかエセスも同じような顔をしていた。


「エヴァン郷が生み出した存在だろ。ネグレインはッ!」


「……封印は失敗したのだろう? エセス」


 村長はエセスを見やったまま問うのに、エセスは「……はい」と頷く。


「ならば、もはやエルフにも止めることはできぬ」


 まるで他人事のように、村長は悪びれもせずに答えた。


「……なんて無責任な話にゃ」


 シャルレドが苛立ったように言うが、それでも村長たちは顔色ひとつ変えない。


「仮に、そのヴァルディガとやらがサルダンを滅ぼしたとしてだ。やることは変わらぬ。我らが生き延びる道を模索するだけだ」


「その通りだ。エルフが生き延びることこそが、エヴァン郷の在り方として正しい」


 達観したように言う村長たちに、エセス以外のエルフも同調して「そうだ」「それが一番だ」と首肯する。


「エヴァン郷はどこまで……ッ」


 サニードは怒りを押し殺し、握った拳を震わせる。


「出ていけ! ハーフエルフッ!」


 エルフの少年が地面にあった石を掴んで、サニードめがけて投げつけた。


「ッ!」


 石が当たることを覚悟したサニードだったが、オクルスがそれを難なく受け止め、冷徹な目でエルフたちを睥睨した。


「や、やるってのか!」


 少年は凄むが、すぐにその母親らしき人物が肩を押さえて止める。


 しかし、他の大人たちは戦闘も辞さないという態度で、武器を持ち、魔法を唱える構えを見せる。


「……戦いがお望みとあれば」


 オクルスは帽子を掴み、静かな殺気を放つ。それだけでまるで内臓を掴まれたような恐怖を感じ、エルフたちは息を呑んだ。


 一触即発の雰囲気に、エセスや戦士たちが戦いは任せろと言わんばかりに出て来た。


「なるほど。頼もしい護衛を引き連れてやって来たと言うわけか」


 エセスが真っ直ぐにサニードを睨みながら言う。


「オメェらの方が数は多いだろ。群れなきゃなんもできねぇカスどもが」


「……すぐに出ていけ。ここはお前たちが来ていい場所ではない」


「オイラたちを出て行かせてぇなら、力ずくでやってみろよ」


 ドゥマが小剣を抜くのに、エセスが弓を構える。 


「もういいよ、ドゥマ。ウチらは話し合いに来たわけじゃない」


 サニードが、すでに臨戦態勢になっている仲間たちに向かって言う。


「……なんだと? では、何をしに来たと?」


「ウチたちはヴァルディガを倒す。そのためにネグレインの場所を探る方法を教えてほしいだけなんだ」


「ヴァルディガを倒すだと? 貴様が……?」


 エセスも村長たちも目を点にする。


「あと、ウェンティも連れて行くから。ウェンティはどこ?」


「勝手なことを……」


「勝手は承知の上だよ。ウェンティが望むなら、彼女をこの郷から連れて行く」


 白銀に輝く瞳を見て、村長たちは苦々しい顔を浮かべた。


「なぜ、うちの娘を……?」


 他のエルフよりも少し恰幅のよい夫婦が、おずおずと前に出る。


「ウェンティのお父さんとお母さん?」


 娘の友人だということは知っていたウェンティの両親は、困惑の表情を浮かべていた。


「サニード。うちの娘は……」


「知らぬ」


 両親の代わりに、さっきの村長が答える。


「知らないってなんだよ? ウェンティは封印師になったんだろ?」


「本当に居場所を知らぬのだ」


 その言葉が正しいと言わんばかりに、両親は悲しそうな顔で押し黙る。


「他の封印師はどうしたにゃ?」


「封印師の管理は、そもそも長老の権限なのだ」


「そうすると、じいちゃんしか知らない? ウェンティがどこにいるのかも?」


 不審の目を向けられ、村長、上役たち以外のエルフたちも気まずそうにする。


 どこまでも郷の掟に縛られ、ファウドの言葉に従い、自らで何かを考えることを拒否したエルフたちをサニードは哀れに思う。


「ウェンティは……」


「友達が気になるのはわかるにゃが、まずはネグレインにゃ」


 シャルレドが言いにくそうに告げると、サニードは「そう……だね」と頷く。


「教えろにゃ。オマエらが魔法で作り出した守護獣について。封印とやらが無理でも、倒し方や弱点があるにゃろ?」


「……倒す術も、弱点もない」


 仲間内で二、三言交わした後に村長が答える。


「封印師がコントロールしてるんでしョ? なら、魔法による制御機構があるはずでさァ」


 再び、村長と上役はブツブツと聞こえないほどの小声で話し合う。


「そんなものは知らぬ」


 ウェイローは「はァ?」と間の抜けた顔を浮かべた。


「なら、ヴァルディガの居場所は? ネグレインの動きを追跡する方法ぐらいはあるにゃろ?」


「そんな魔法もない。優れた封印師であれば、近くにネグレインがいれば気配には気づくだろうがな」


 オクルスが「それだと、私の探知能力と大差ありませんね」と呟く。


「じいちゃんは黒鍵(こくけん)とか言ってた。それについては?」


「“こくけん”……なんだそれは?」


 エヴァン郷の上層部が戸惑うのに、エセスは唖然とした顔を浮かべる。


「信じられねぇ。コイツら、何も知らないのかよ」


 ドゥマがお手上げのポーズを取るのに、態度にこそださなかったが、サニードたちも同じ気持ちになる。


「徹底した情報統制ですね。余程、ネグレインのことは知られたくないのでしょう」


 オクルスが言うのに、サニードは頷く。


「前の長老や村長たちを殺しても、じいちゃんは力を独占したかったんだ。当然だよ」


「は? なんだと? いまなんと……」


「母さんが教えてくれた」


「クライラだと?」


「それにウチの眼には、変化の魔法を使ってなりすましているのはわかってる」


 サニードの瞳が輝く。彼女の眼には、村長や上役たちは見た目通りではなく、もっと年若いエルフという真実の姿が視えていた。


「じいちゃん……ファウドしか、本当のことを知らないんだ」


「ファウドが、サニードさんを郷から追いやったのも、もしやァ……」


 ウェイローが顎髭を撫でて考える。


「え?」


「いやね、その魔眼の力を怖れていたんではないかと思いましてねェ」


 オクルスを見やり、ウェイローがそう言う。


「充分に考えられますね。話に聞く限り、エヴァン郷の長は強力な魔法使いです。サニードの魔眼に、いちはやく気づいていた可能性はある」


 サニードは唇を噛んで、そしてオクルスの手をグッと握りしめた。


「貴様ら、さっきから何を話している? ファウド様が何だと言うのだ?」


 エセスは、サニードと村長たちを交互に見ながら戸惑ったように聞く。


「……はー。ここで、ファウドの失敗の尻拭いをすることになるとはねぇ。ちょいと、どいておくれ」


 エルフの人だかりの間から、腰の曲がった老齢の女エルフがゆっくりやって来る。


 見た目が若いエルフたちの中にあっても一際、異彩を放っており、真っ黒なローブを被り、捻じれた木の杖をついていた。


「あんたは……」


「イーガルナだよ」


「おい! 勝手にそいつらと話すな!」


 上役たちが焦って言うのに、イーガルナと名乗った老エルフは「耳が遠くなって聞こえんよ」と耳の中を指で弄りながら笑う。


「止めろ! エセス!」


 上役がそう命じるが、エセスは冷めた目をして動かない。


「おい! 聞いているのか! お前は郷の戦士長だろう!」


「止めたきゃ自分の手で止めろ」


 エセスが素っ気なく言うのに、上役たちは顔を強張らせ、イーガルナは「ハハ」と笑う。


「……さ、バカどもは放っておいて。少し歩きながら話でもしようかい」


「いや、ちょっと待ってよ。イーガルナ? 会ったことは……」


(バア)でいいよ。会うのは初めてさ、サニード。ファウドに接触を禁じられていたからねい。でも、ワシはハーフエルフの娘の話はよーく聞いてたさ」


 イーガルナが手招きするのに、サニードたちは顔を見合わせて続く。


 エルフたちは不快そうにしながらも、彼らを止める術を持たず、ただ村の中に入って来るのを見守る他なかった。



「おい。バアーさんよぉ。オイラたちはゆっくり散歩してる時間なんてねぇんだよ」


 苛立ったようにドゥマが言う。


「そうかい。でも、年寄りの話は聞くもんだよ。そこから得られるものもあるさ」


「ドゥマ。我慢するにゃ」


「いや、だからさー。あの上の連中が何も知らねぇんだろ? こんなバアーさんが何知ってるってんだよ?」


「そうかい。ワシがファウドに次ぐエヴァン郷、最古の封印師だと知っても話を聞く価値がないと思うかい?」


「へ?」


 ドゥマだけでなく、全員が驚いた顔をする。


「最古の封印師……それって」


「ああ。アンタの考えている通りだよ、クライラの娘。ファウドほどじゃないが、ネグレインについては少しは知っているさね」


「ほ、ホントか!?」


 ドゥマが嬉々とした顔をするのに、「怒ったり、笑ったり、犬みたいな子だねぇ」とイーガルナは笑う。


「ワシが知っていることを……と、アンタも知りたいのかい?」


 サニードたちの後ろに、エセスが立っていた。何とも気まずそうな顔を浮かべる。


「……私はファウド様が話す内容が真実だと、エヴァン郷を守るには、掟を遵守し、ルデアマー家を討つ他ないと信じてきた」


「エセス……」


「謝罪は……しない。だが、私も……」


「うん。いいよ。一緒に行こう」


 サニードがそう言うと、エセスは肩を落とす。


「……それで、イーガルナ。どこへ向かおうとしているのですか?」


 オクルスの問い掛けは、これは単なる散歩ではないと見越してのものだった。


「エヴァン郷の奥にある禁域、“精霊大樹群”の中さ」


 イーガルナは笑うと、杖先でエヴァン郷の深部を指し示したのであった──。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ