148 歪な恋愛
(およそ3,100文字)
ペルシェから遥か北東にある深い森の中に、サニードたちは来ていた。
「おい。チビエルフ。何もねぇじゃんかよぉ」
ドゥマはどこまでも続く木々を見てうんざりとした顔を浮かべる。
「言ったでしょ。入口は封印されてるんだ。普通の人間には見えないよ」
「これは……わかりませんなァ。どんなに巧妙に隠しても“揺らぎ”があるもんなんですがねェ」
「エルフが数百年に渡って構築した術式でしょう。これを突破するのは容易ではない」
オクルスがそう言うと、ウェイローは「上には上がいるってこって」と笑う。
「で、サニードにゃら、入口が見つけられるのか?」
「少し前は無理だった。でも、今のウチには……」
サニードは自身の胸の前で拳を握る。
「魔眼がある」
瞳が白銀に輝く。
「……あのよぉー、ずっと疑問に思ってたんだけど、その魔眼って何なんだ?」
サニードが魔眼で周囲を探っている間に、ドゥマが小声で聞く。
「生まれ持ったスキルでさァ。魔眼にも色々と種類がありやして、中には生命力や魔力量を数値化して見たり、敵の息の根を止めたりするのもあるって話ですやねェ〜」
ウェイローが説明すると、「息の根!?」とドゥマが若干引く。
「サニードの眼は、魔力の流れと本質を見極めることに特化しています。それも未熟な状態で私の正体を見破り、幻術の使い手ですら誤魔化しきれないほどです」
「だから、オマエはサニードに固執してたのか。そんな危険な力、すぐに始末しそうに見えるけど意外だったにゃ」
シャルレドが尋ねるのに、オクルスは無表情のまま彼女を見やる。
「なんにゃ?」
「……いえ、貴女の言う通り、なぜ私はサニードを殺さなかったのかと思いまして」
「は?」「ああ?」「へぇ?」
シャルレドだけでなく、ドゥマもウェイローも怪訝そうにした。
「オマエ自身のことにゃろ? あのメディーナってスライムが止めたからじゃないのか?」
「……そうですね。メディーナが止めたという理由は大きいです。ですが、それでも魔眼が私に与えるリスクに比べれば優先度としては低い」
オクルスがブツブツと言いながら考え込むのに、ドゥマは「マジで変な野郎」と呟く。
「……そうか。あの時、私に性的接触を図ろうとしたからか」
「は!?」「ああ!?」「へぇ!?」
オクルスがとんでもない台詞を言うのに、3人はギョッとした顔をする。
「性的な接触は生存欲求に近しい。私も生存欲求ならば誰よりも強い」
「オマエ、さっきから何を言ってるにゃ?」
「私の生存欲求が、彼女の性的欲求に刺激されたというわけです。それで彼女を生かす選択を私に選ばせたのでしょう」
「あー、なに言ってんだよ。ってことは! オメェ、あんなチビエルフを!」
ドゥマは真っ赤になりながら地面を蹴る。
「貴方がたの言葉で表現するならば“可愛い”でしょうか。私はサニードが可愛いのです」
「か、顔に似合わないことを真顔で言うにゃ!」
オクルスが歯列を剥き出しにして「シヒヒッ」と笑うのに、3人はゾッとした表情を浮かべる。
「……見つけた! “道”!」
エヴァン郷を探すことに集中して、そんな話は聞いていなかったサニードが声を上げる。
「あ、ああ……」
「ん? 何かあったの?」
「いいえ、なんでもありませんよ。サニード」
オクルスが帽子の庇を下げて言うのに、サニードは不思議そうにする。
「よーし。気を取り直して、さっさと行こうぜ」
ドゥマが歩き出すが、サニードが立ち止まったままなのを見て鼻をすする。
「サニード。オメェが先に行かないと……って! おい!」
「どうしたにゃ?」
シャルレドが、サニードの肩を叩こうとして、彼女の身体が小刻みに震えてるのを見て目を大きくする。
「おい? 大丈夫かよ?」
「え? あ、うん。なんか、郷に戻ると思うと……身体が勝手に……」
サニードは震えを抑えようと自分の両腕を掴む。
「これはァ、ちょいと休んだ方がいいんじゃないですかィ?」
「い、いや、大丈夫。行かなきゃいけない……ここで立ち止まってなんかいられない」
「拒絶されて追い出された場所に向かうんにゃ。頭では理解していても、身体の方がついていかない」
「だけどよぉ、この状態じゃ……」
「う、ウチは大丈夫。大丈夫だから!」
「あー、オクルス! こっちに来いにゃ!」
グリンが地面で飛び跳ねているのを見ていたオクルスに向かい、シャルレドが怒った顔で呼ぶ。
「なにか?」
「なにかじゃないにゃ! “彼氏”ならなんとかしろ!」
「“彼氏”? それはなんでしょうか?」
オクルスが首を傾げるのに、シャルレドは「なんで、そんなことまで説明しなきゃいけないにゃ」と嘆く。
「サニード。どうかしましたか?」
「あ、ううん。何も……ないよ」
彼女が震えているのを見て、オクルスは「だからグリンが反応したのですね」と頷く。
「その原因は、“恐怖”でしょうか?」
オクルスが尋ねるのに、サニードは目を左右に揺らした。
「サニード。私は、人間の“会話”、“動作”、“表情”、“生理反応”などのパターンから推測した商売はできます」
彼女の青ざめた顔を見て、オクルスは続ける。
「しかし、貴女の心の中は、話して貰わえねば私は理解できません」
「平気」と言いそうになったサニードは、首を横に振る。
「……うん。ウチ、怖いんだと思う。ウェンティに会うのも、郷の人たちに会うのも。すっごく怖い。行きたくない」
「シヒヒッ」
「オクルス……?」
「失礼。サニード。私の恐怖に打ち勝ったのに、そのような些末なことに怯えているのが滑稽に思えましてね」
サニードはキョトンとする。
「貴女に危害を加える者がいるならば、私が払いましょう」
屈んでそう言うオクルスの瞳はどこまでも真っ黒で、サニードは思わず吸い込まれそうになった。
「ウチを助けてくれる?」
「ええ」
「信じてもいい?」
「当然です」
どこまでも淡々と、それでいて真っ直ぐに答えるオクルスに、サニードは泣きそうな顔で頷く。
「……ウチ、オクルスと一緒ならどこへでも行けるよ」
サニードは、オクルスに向かって手を伸ばす。
「抱っこして。最初、会った時みたいに」
オクルスは何も言わず、彼女の身体を片手で抱える。
「……騒がないのですね」
オクルスは初めてサニードを担いで階段を降りた時に、彼女が大騒ぎしたことを思い出して言う。
「ウチ、わかってるから」
「何をですか?」
「ウチを絶対に落っことさないって」
サニードの指示で歩き出すオクルスを見やり、3人は釈然としない気持ちで立ち尽くす。
「……なんか、マジ調子狂うぜ」
ドゥマは「オメェも置いてけぼりは食いたくねぇだろ」とグリンを促して続く。
「……あれは恋愛なんかじゃない。歪な関係にゃ」
「歪じゃない恋愛なんてありゃしませんよォ」
ウェイローが反論したのに、シャルレドは苦々しい顔をする。
「違う人間同士がくっつくんでさァ。歪な状態で互いにぶつかりあって、やがて角が取れて丸くなっていくもんでさァ」
「……やけに詳しいにゃ」
「ま、伊達に歳は食ってませんしねェ……タハハ」
「……でも、相手は魔物にゃ」
シャルレドがそう言って歩き出すのに、ウェイローは「まあ、課題はありますやなァ」とひとつ頷いて、彼らの後を追ったのだった。




