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147 エヴァン郷の忌み子⑤

(およそ3,500文字)

「今年は“不作”ですな」


 古びた社の前で、満身創痍でグッタリしている若者たちを見て、ネグレインに乗った上役の1人がそう呟く。


「戦士も封印師も年々、数を減らしています。そろそろ“選別”のやり方も見直しが必要なのでは?」


「そうやって前長老が緩和した結果、郷の結界が弱くなってヒューマンの侵入を許したのではないか」


「あれはこちらから接触したのだろう? それは長老も、各里の村長たちも合意の上でのことだ」


「馬鹿な。苦肉の策だったと聞くぞ。……ですよね? ファウド様」


 上役の1人が「なんとか言ってください」という顔をするのに、ファウドは難しい顔をして森の入口を見やっていた。


「……過去はどうあったとしてもだ。エヴァン郷を強くするには、“質”を落とすわけにはいかぬ。その事実には変わらない」


 ファウドが重々しく言うのに、上役たちは「確かに」と頷き合う。


「それならば、“鈴”などを与えて弱いモノを生き残らせる必要は……」


「それはそれで使い途がある」


 そう静かに言って、社の後ろにある精霊大樹郡を見やる。


「おや、どうやらまだ突破者が出ましたな」


 上役の1人がそう言って、入口の方を指差す。


 ファウドは向き直り、口を半開きにして驚く。


「…‥サニード」


 そこには、サニードを筆頭にし、ウェンティ、エセスがいたのだった。


「ほ、ホントウにサニードの言う通りだ。こっちで正しかったんだ! サニード、すごいよぉ!」


 ウェンティは涙ぐんで、サニードの手を握って振る。エセスは「まぐれだ」と気に入らなそうに呟く。


 ファウドは訝しげな顔を浮かべ、サニードのうっすら光る瞳を見てハッとした。


(あれは……まさか……)


「じいちゃん……」


 サニードが真っ直ぐに見据えてくるのに、ファウドはわずかに気圧される。


 上役たちは「ハーフエルフが……」や「忌人がここの試練を乗り越えたのか?」などと話していた。


「よ、よくぞ辿り着いた。さあ、社の中の祭壇に祭器を捧げよ。それで儀式は終了だ」


 人のよさそうな上役がそう言う。


「社……」


 サニードがそちらを見やると、途端に背中に悪寒を覚える。


(なんだ? 何か……いる? 何かがウチを見てる?)


 意識を奪われそうになったサニードだったが、突然、エセスが手にした祭器を地面に向かって投げつけ、割れ砕けた音が響いたことで目を覚ます。


 若者たちが虚ろな顔を上げたが、立ち上がる気力のある者は1人もいなかった。


「なんてことを」


「人が死んでるんだぞ! なんなんだ、この試練はッ!」


 エセスは、ファウドや上役たちを今にでも射殺しそうな目で睨んだ。血止めをしたはずの顔の傷がパックリと開き、血が顎を伝い地面に散る。


「エヴァン郷の未来のためだ。お前たちは真実を知る必要がある」


 ファウドは割れた祭器、それからエセスに冷徹な視線を送った。


「なにが未来だッ! レナドは死んだんだ! わ、私のパートナーだったんだぞ!」


 エセスは涙ながらに言うのに、ファウドは「恋愛感情など……」とため息をつく。


「レナドを返せ……グッ!」


 エセスはさらに怒鳴ろうとしてできなかった。


「……鎮まれ。悲嘆や激高などは、不完全性の証明にしかならん」


 ファウドが魔法を使い、エセスの喉を強く押したのだ。


「じいちゃん!」「やめてください! ファウド様!」


 ファウドが魔法を使うのを止めると、エセスは激しく咳き込んで地面に倒れる。


「“教育”は必要だが、いい戦士にはなるだろう。連れて行け」


 上役たちが乗るネグレインが、エセスの身体を運ぶ。それを見て、若者たちはカタカタと背を震わせていた。


「じいちゃん、なんで……なんでこんなことを」


「さて、問題はお前たちだな」


 サニードの疑問には答えず、ファウドは前に進み出る。

  

 サニードはウェンティを守るように両足を踏ん張った。


「……ここまでお前たちが来るのは私の想定外だ。ネグレインの姿を見れば、怯えて逃げ出すとばかりに思っていた」


「じいちゃん……」「ファウド様……」


 ファウドは小さく息を吐くと杖を回した。すると中空から現れた道具袋がドサッと杖の先に落ちる。


「これ、祭壇に隠してあったウチの……」


「お前が以前から、エヴァン郷を出たいと思っていたことは知っていた」


 サニードの目が一瞬だけ驚きに揺れ、それから憎々しげにファウドを睨む。


「ウチ、この郷が大キライだ……」


 上役たちが「育ててもらった恩義も忘れて」、「ファウド様になんて口を」といきり立つのを、ファウドは片手で制する。


「そうか。出て行くならば勝手にするがいい。サニード」


 ファウドから出た台詞が想定外だったので、サニードは目を丸くする。


「ただし、ウェンティを連れては行かせぬ」


「え?」


 ファウドがそう言うと、すでに動き出していた上役たちが、サニードとウェンティの間を分断するかのように立ち塞がる。


「なんでそのことを……」


 お前たちの考えはお見通しだとばかりに、ファウドは目を細めた。


 サニードとウェンティは視線を合わせ、それからファウドを睨む。


「この郷の秘密を外部に漏らさせるわけにはいかん。それに彼女は魔力の素養がある。封印師となれるやもしれぬ人材をみすみす外部にやるわけにはいかん」


「じいちゃん……。ウチだって秘密を知ったよ」


「そうか、“半人前”」


 ファウドの言葉に、サニードは一瞬だけ傷ついた顔をする。その“半人前”には、ただハーフエルフであることを揶揄したわけじゃないということが察せられたからだ。


身内(エルフ)すら聞かぬお前の話を、ヒューマンが信じてくれるとでも思うのか?」


「それは……」


 この中にあって、サニードの味方はウェンティだけだった。その事実を突きつけられ、サニードは肩を落とす。


「母の次は私、そしてウェンティか。誰かが側にいないとお前は生きていけないのか?」


「違う。ウチは……ッ」


「外で野垂れ死ぬならば1人で死ぬがいい。他の者を巻き込むな」


 サニードは、上役たちに囲まれているウェンティを見やる。


「サニード! 離して! 離してください!」


「ウチが、もしウチが“一人前”になったら…‥」


「……その時は、サニード。私もお前を認めよう」


 ファウドは目を細めて言う。


「そうなったら、ウェンティも……」


「好きにするがいい。お前に外の世界で生きていく力があるのを証明できるのならば止めはせぬ」


 ファウドが静かに笑って言うのに、上役たちは怪訝そうにしていた。


「ウェンティ」


 ウェンティは拘束から逃れようとしたが、そうはさせまいとする意思の力に、やがて屈服せざるを得ないことを悟る。


「……うん。わたし、サニードを待っているね」


 ウェンティは涙目にそう言う。


「必ず迎えに来るから…‥」


「なるべくはやく来てね」


「もちろんだよ」


 サニードは地面に転がっていた荷物を担ぐ。


「じいちゃん。ウチは育てて貰ったことは感謝しているよ」


「……サニード。この郷を出ることは棄てると同義だ。その意味をちゃんと理解しているな?」


「うん」


「なれば、もはや何も言うまい」


 上役たちは何か言いたそうな顔をしたが、声に出して言うものはなく、ただ成り行きを静観していた。


「ゴメン! ウェンティ! 絶対に戻るから!」


「うん! サニード! 気をつけて!」


 サニードが踵を返して走って行くのに、ファウドは深くため息を付く。


「……長老様。掟です。追手は差し向けますぞ」


「無用だ。どうせ外の世界で死ぬ」


 ファウドが少し怒気を含ませて言うのに、進言した上役は息を呑んだ。


「秘密を知ったまま外に行くのを許可すると?」


「あのクライラの娘だからといって、少し温情を掛け過ぎではありませぬか?」


 小さく、独り言のように苦言を呈する上役たちを、ファウドはギロリと睨む。


「…‥エヴァン郷は、村々の者たち全員の総意で動いておりますぞ。ファウド殿」


「私がそれを知らぬとでも?」


 ファウドが低い声を出すのに、上役たちは顔を見合わせて押し黙る。


「……サニードのことは捨て置け。いいな。痛みを通さねば学ばぬこともある」


 走り去るサニードの背と、涙を流してそれを見送るウェンティを見やり、ファウドはそう呟いたのだった。

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