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146 エヴァン郷の忌み子④

(およそ4,600文字)


この過去話は、『031〜033 エヴァン郷の忌み子』の続きとなっています。


 エヴァン郷の5年に一度行われる精霊大祭。


 サニードとその友人ウェンティは、この祭りに乗じて郷を出ることを決意した──



 だが──



 突如として、サニードとウェンティの耳に悲鳴が聞こえてきた。


「なに……いまの?」


「誰かが……襲われてる? まさか……」


「たぶん近いよ!」


 藪の中から、男が転げ出てくるのに、サニードもウェンティも足を止める。


「に、逃げろ……。あんな“モノ”見たことも……」


 血塗れの男はそこまで言って、頭を失った。


「えっ!」「あっ!」


 サニードもウェンティも、最初自分たちの見間違いだと思った。

 

 しかし、頭部を失った男の首から、血が溢れ出したのを見て、それが“現実”のものだと知る。


「死んだ……」


 自分で口に出して言って、サニードはなんとも白々しく、現実味を帯びてない言葉のように思えた。


 そして、男のいた後方から、葉を揺らす物音と共に、黒い色をした淀んだ殺意が視える。


「な、なんだあれ……」


 次は自分の番に違いない。


 恐怖心はあるはずなのに、全身が強張って動かなかった。


 そこから頭を出したのは、動く“繁み”そのものだった。それは枝や葉や根で身体が構成された、大きな獣だ。


「あ……う……」


「サニード! 逃げるよぉ!」


「え?」


 ウェンティは、サニードの手を握ると来た方向へ向かって逃げ出す。


 “獣”がそれに併せて動いた気配があった。だが、ウェンティもサニードも振り返らずに走る。


「こっち!」


 ウェンティは岐路で自分が来た方向とは反対側に向かい、崖下にある小さな洞穴へ飛び込んだ。



 2人して息を整え直す。後ろを見る限りだと、後をつけられているような感じはなかった。


「う、ウェンティ。ありがとう」


「ううん。サニードは大丈夫?」


「うん。ウチは大丈夫」


 ウェンティは「それはよかったわ」とニッコリ微笑む。


 普段は大人しく、運動も不得手なウェンティがこのような咄嗟の判断をしたことをサニードは驚いていた。


「はー。もう、胸がバックバックだよ。ほら、触って」


 ウェンティは何を思ったか、サニードの手を掴んで自分の豊満な胸に押し当てる。服の上からもわかるぐらい、心臓が早鐘を打っていた。


「……あの人、死んじゃったのかな」


「うん。死んじゃったね」


 サニードが疑問形で聞いたのに、ウェンティは少しも迷うことなくそう断言した。


「ねえ、ウェンティ? なんだか……」


 ウェンティの態度を疑問に思って口にしようとした時、彼女はサニードの両頬を優しく挟んだ。


「サニード、聞いて。何が起きてるのか、わたしもわかんないわ。けど、ちゃんとしなきゃ、わたしもサニードも死んじゃうのよ」


 ウェンティの目の端に涙が浮かんでいるのを見て、決して彼女も平気なわけではないのだと気づく。


「サニードには死んでほしくないよぉ。だから、しっかりしよ。ね? ね?」


 口調はのんびりしていたが、彼女なりにパニックになりそうなのを必死に押さえているのだと、サニードは思った。


「うん。わかったよ。ウェンティ」


 サニードは、ウェンティの肩に触れて強く頷く。


「……ねえ、こうなったら儀式なんて放って逃げるのが一番じゃない?」


「え? でも、荷物が……」


 サニードは儀式の最終ポイントである祭壇の後ろに、旅に必要なものをまとめて置いたのだった。


「あんな魔物がうろついてる中、先に進むのは危険じゃない?」


 サニードは少し悩み、「確かにそうだね」と頷く。


「でも、なんなんだろ。あの魔物。昨日はいなかったし、初めて見るよ。じいちゃんたちは気づいてんのかな……」


「しっ! サニード! 何かいるわ!」


 ウェンティがサニードの口を押さえる。


「チッ! なんなんだい。しっかりしな、レナド」


「うっ。もう少しゆっくり歩いてくれ」


「なに言ってんだよ。あのバケモノどもに追いつかれる。そこに隠れ……って」


 洞穴に入って来たのはエセスとレナドで、サニードとウェンティも、双方が驚いた顔をする。

 

「なんでアンタらが……」


「こっちの台詞……って、怪我してるのか?」


 エセスの顔に深い横傷があり、レナドも右手から血を滴らせているのを見て、サニードは目を白黒させた。


「タイヘン! て、手当しないと!」


「触るな! “穢れ”ども! 回復なら自分で使える!」


 エセスがウェンティの手を払うのに、サニードは憎々しげに「こんな時まで」と舌打ちする。


「あんたらも襲われたのか?」


 魔法を使い、血を止める2人を見て、サニードは尋ねる。


「……こっちに居た連中はみんなヤられた。戦えないアンタらが生き残ってるのは、何かの冗談かよ」


「まるでウチらが生き残っちゃいけないみたいな口ぶりだな」

 

 サニードとエセスは睨み合う。


「……あれはネグレインだ」


 レナドが額を押さえて言うのに、サニードは怪訝そうにする。


「ネグレイン? それって、里を守る守護精霊だろ?」


 サニードやウェンティも、エヴァン郷を守る“精霊”のことは知っていた。遠くなら、その姿を見たことがあるのだ。


「でも、あの時、見たのは……」


「うん。もっと、禍々しいものだった」


 サニードとウェンティが俯き、気弱な顔をしているレナドを見て、エセスはため息をつく。


「あの“バケモノ”が何かなんて今はどうでもいい。私たちの命を狙っている。それだけが真実だよ」


「さ、さっさと祭器を置いて戻ろうぜ……」


「馬鹿か、レナド。精霊大祭なんてもうどうでもいいだろが」


 サニードとウェンティも、エセスの言うことはもっともだと思って顔を見合わせる。


「どうでもいわけねぇだろ。大事な儀式だぜ……」


「死にはぐっていて、なに寝ぼけたこと言ってんだよ? 異常事態だよ。真っ先にファウド様か上役に伝える必要がある」


 正常性バイアスに陥っているレナドを、エセスは呆れたように見やった。


「じいちゃんに……」


「サニード」


 エセスは「あー」と髪をかき上げる。


「チッ。アンタらも付いて来い。どうせ戦う手段なんてないんだろ」


 この混乱に乗じ、そのまま郷を出ようと考えていた2人は再び顔を見合わせる。


「おい。なんでこんな足手まといを……」


「見殺しにしろって言うのか?」


「いや、だって、エセスは“凸凹コンビ”が嫌いだったろ?」


 レナドは気後れしたように言う。


「嫌いだからって、見殺していい理由にはならないだろ」


 エセスがそんなことを言うのに、サニードとウェンティは少し驚く。


「さあ、行くよ。クズども。遅れたら容赦なく見捨てていくからね」


「いや、ウチは……」


 サニードが断ろうとする前に、エセスは弓を構えて先に出て行ってしまい、レナドは「くそッ」と悪態をついて、それに従った。


「サニード。どうしよう?」


「とりあえず、じいちゃんに先に会おう。このままじゃ、脱出もきっとままならないし」


「……うん」



 静かな森の奥で、遠くから悲鳴が響く。その度にサニードとウェンティはビクッと背を震わせる。レナドは「なんで俺がこんな目に遭うんだ」と泣き言を漏らす始末だった。


「……おい。その鈴、捨てろ」


 エセスは、ウェンティが持っている鈴を睨むように見て言う。


「さっきからチャリチャリと。居場所を知らせるようなものだ」


「え? で、でも、魔除けだって……」


「魔除け? そんなことを言っていたヤツが頭から喰われていたぞ」


 ウェンティは真っ青な顔をして、手首に巻いていた鈴を捨てる。


「エセス。どこに向かってるんだよ? 郷の方なのか?」


「そうに決まっているだろ」


「おい。なら逆方向だろ」


「エルフのくせに方向感覚もないのか、レナド。こっちの方角で……」


「違うよ。郷ならもっと東の方だ」


 レナドとエセスの会話に、サニードが割り込む。2人は怪訝そうに振り返った。


「半森人が……何を」


「ちょ、ちょっと待って。わたしはいま来た道を戻った方がいいと思う」


 続けてウェンティが言うのに、エセスとサニードは目を丸くした。


「そうか。私としたことが。忘れてた。幻術魔法か……」


「お、おい。なら……」


「そうだ。この禁足地から逃れ……」


「何か来る!」


 サニードが呼び止め、全員がハッと顔を上げる。



「なんだ? 群れるな、ペアで行動しろと命じたはずだぞ」



 繁みから顔を出したのは、1人の老エルフだった。


「ああ! よかった! 上役だ! 助かった!」


 レナドがホッとした顔で走り寄る。


「待て! レナド!」


 違和感を覚えたエセスが呼び止めるが、レナドは「聞いて下さい!」と上役に懸命に話し掛けた。


「強い魔物が襲って来たんすよ! 仲間もたくさんやられて……」


「ああ? あー、それに“鈴”の音がしなかったということは攻撃していいということだな?」


「へ?」


「逃げろ!」「レナド!」「ダメ!」


 3人がそう叫ぶが、上役の横にあった“繁み”から勢いよくツタが伸びて、レナドの胸を真っ直ぐに突き刺した。


「あ、ぐッ……」


「れ、レナド……」


 エセスは凍りついたように、驚愕した表情のまま仰け反った姿のレナドを見やる。


「ど、どうして……」


「少しは骨があると思ったが、見た目だけか」


「や、やめろ……」


 エセスが唇を震わせる。


「いらんな」


 そして先ほどと同じように何本ものツタが伸びて、容赦なくレナドの身体を突き刺し、その身体を紙を裂くようにして引き千切る。


「ああッ!」 

 

 エセスだけでなく、サニードもウェンティも悲痛の声を上げた。


「ふむ」


 老エルフは顔についた返り血を親指で拭う。手に持った水晶を掲げると、彼が“乗っていた台座”が浮き上がる。


「あ、あれ……なんだ?」


 サニードの眼には、赤黒い炎のようなものが上役を包んでいるように見えた。


 しかし、それは植物が籠状になり、そこから6本の歪な手脚がついた“乗り物”のような怪物だった。


「何をボサとしている? まだ1人死んだだけだぞ。精霊大祭の最中だ。儀式を続行しろ」


 レナドのバラバラになった遺骸を踏みつけ、老エルフは無表情のままサニードたちをジロリと見やる。


「まあ、死にたいのなら止めんがな」


「サニード!」


 ウェンティが袖を引っ張るのに、サニードはハッとする。


「エセス!」


「レナドが……」


 レナドから目が離せなくなっているエセスに、思いっきりサニードがその頬を叩く。


「逃げなきゃ、ウチらも殺される!!!」


 エセスはハッと我に返り、ギリッと歯軋ると、老エルフに手の平を向ける。


「よくもレナドを! 死ねッ! 【フレイム・ボール】!」


「ムッ!」


 エセスの放った魔法に、老エルフは顔を歪めて防御する。


「ほう。エルフが炎の魔法か。……なかなか、やりおるな」


 焼け焦げた植物の脚を見やり、そう言った老エルフが顔を上げた時には、サニードたちの姿は消えていた。


「……まあ、あの女は合格だな」

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