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145 擬態を見破る眼

(およそ3,200文字)

「あんな話、信じられるのかよ」


「んにゃ?」


 焚き火の前で、鼻に薬草のついた包帯を巻いたドゥマが聞くと、シャルレドは干し肉を口に放り込み、指をペロリと舐めてから答えた。


「信じるも信じないもないにゃ。アアシはヴァルディガをブッ倒せるならそれでいい」


「だけどよぉ、アニキがペルシェから退いたって……」


「真実です。私は嘘は言いません」


 オクルスが後ろから現れると、ドゥマは「げっ!」と鼻を押さえる。


「ヴァルディガ氏……いや、ヴァルディガの動向を探るため、ペルシェにも手下を放っていました。現に今も……」


 地面にいた1匹のサクリフィシオを、オクルスは左手から呑み込む。


「トロスカルや、町のみんなは本当に大丈夫?」


 パンを齧りながらサニードが聞くのに、オクルスは頷いた。


「深手は負っていますが、命に別状はありません」


 サニードはホッと胸を撫で下ろす。


「あの、飛竜戦士の隊長さんはどうなったんでェ?」


 ウェイローが焚き火に薪を焚べつつ聞く。


「彼を追って、森の中に行きました」


「そんで、ヴァルディガはどこに逃げたんにゃ?」


「地中の中を移動しています。サクリフィシオでは追いつけません」


 オクルスがそう言うと、シャルレドは「使えないヤツにゃ」とぼやく。


「オクルス。それで、セフィラネを殺したヤツに心当たりがあるって言うのは……」


「凝黒の花蕾がこの国にある事を知っていたのは、私とサニード、セフィラネ。あともう1人います」  


「もう1人?」


「忘れましたか? サニード。ズローグ城塞跡で出会っています」


「あ! “|《底浚そこざらい》の商人”!」


 サニードは、下卑た笑みを浮かべる智慧土鬼(ワイズゴブリン)の顔を思い浮かべた。


「ええ。スクィクです」


 オクルスが目の奥に怒りを宿すのに、サニードはゴクッと息を呑む。


「許せないよ……。でも、なんでセフィラネを?」


「商売仇です。セフィラネの座を狙ってと思えば考えられなくもないですが、解せませんね」


「解せないって?」


「彼がセフィラネを……いや、護衛のセージをなんとかできる力を持っているとは思えない」


「あー。ソイツは、オメェと同じ魔物商なんだろ? なら、イゼリアみてぇな悪魔を使ったんじゃねぇの?」


 ドゥマがナッツ缶を空けながら言うのに、オクルスは首を横に振る。


「基本的に、自分より高レベルの魔物を従えたりすることはできません。彼女を殺すのは、最上位悪魔といえど単体では容易ではないはず」


 サニードは、「どんだけ強かったんだよ」と驚く。


「……で、オマエはその凝黒の花蕾をもう狙ってねぇのかにゃ?」


「狙いたくとも、在り処を知りません。サニードの記憶にヒントがあるそうですが……」


 オクルスが見つめてくるのに、サニードはポッと赤らむ。


「……まったく心当たりないんだよね。メディーナがいればわかったんだろうけど」


「私は姉さん……メディーナほど、人の記憶を読むことはできません」 


「そうじゃねぇにゃ、オクルス。オマエはソイツが手に入るなら欲しがるのかって聞いてるにゃ」

 

 干し肉を噛み千切りながら、シャルレドは睨む。


 オクルスはしばし首を傾げた。


「サニードが望まないのならば、この地での捜索は止めましょう」


「え?」


 サニードは少し嬉しそうに「ウチのために……」と照れくさそうに髪を弄る。


「急に主体性がなくなったにゃ。極端すぎるにゃし」


 シャルレドが肩から力を落とすのに、ウェイローは「まァまァ」と宥めた。


「それで、オクルスのダンナは、ヴァルディガの弱点はご存じなんでェ?」


 オクルスは全員の顔を見回す。


「みなさんが話されていた“ネグレイン”という魔物についてですが……」


「うん。樹の魔物。普段は獣の形をしてて、エヴァン郷を護っている存在なんだ」


「巨人の形、飛竜の形……形は自由自在だったぜ」


「ヴァルディガが、ポロポロと生んで大軍になってたにゃ」


 ネグレインの特徴を全員で伝えるが、オクルスは少し考えるようにする。


「人間と同化し、本人を強化し、かつ強い増殖力を持つと?」


「かつ、再生能力も半端ありやせんでしたなァ。致命傷となる傷もすぐ治っちまいますぜェ」


 ウェイローは自分の額を縦に叩き、ヴァルディガの頭が叩き割った様子をジェスチャーする。


「植物系の魔物は、強い回復力や増殖力を持つものが多い。ですが、そこまでの力を持つ魔物には心当たりがありません」


 シャルレドが鼻を鳴らし、残りの3人は肩を落とす。


「オクルスがわからないんじゃ、もう……」


「ただ聞いていて気づいたことがあります」


「は? なんにゃそれは? もったいぶらず、さっさと言え」


「さきほど、サニードを狙ってペルシェに来たと言いましたね?」


「う、うん」


「ならば、私と同じく魔眼を警戒しているのでしょう」

 

 全員が、白銀の目を瞬いているサニードを見やる。


「となると、見えているヴァルディガはほぼ確実に“擬態”でしょう」

 

「擬態……あ! 妖樹(トレント)!」


 サニードが何かを思い出したかのように言うのに、オクルスは頷く。


「トレントは捕食対象と似た姿を作ることで、油断を誘います。本体は別にある」


 元レンジャーたちと、現役レンジャーは「あ」と驚いた顔を見合わせた。


「なら……」「ってことはよ……」「そいつァ……」


「ヴァルディガにも“核”がある!」


 サニードが3人より先に言うのに、オクルスは再び頷いた。


「擬態を見破り、核の位置を特定する魔眼の力は最も警戒するべき力です」


「なるほどにゃ。まさか、戦えないエルフの小娘が切り札になるとはね」


「じゃあ、またヴァルディガはウチを狙って来る?」


 オクルスはしばらく考えて首を横に振る。


「回復していない状態で襲ってきたのは、それでもサニードを倒すことができると判断したからでしょう。しかし、それが失敗したとすれば……」


「次は万全の状態にして襲ってくるにゃ」


 シャルレドが、爆ぜる炎を瞳に映して言う。


「ヴァルディガは狂っていても、馬鹿じゃにゃい」


「アニキなら、自分は絶対に見つからないところで隠れて回復しつつ、ネグレインをもっと作るんじゃねぇかな」


 ドゥマは、ヴァルディガの用心深さを思い起こして言う。


「数で圧倒……って、戦法で来られたら、コチラに勝機はありませんなァ」


「うん。弱点がわかっていても、ヴァルディガの本体が出てこなきゃ意味ないもんね」


「回復も増殖もさせるわけにはいかないにゃ。なんとしても見つけ出す必要がある」


「でも、どこに行ったかわからねぇんじゃ……」


 ヴァルディガを探し出す手段を誰も思いつかずに黙り込む。


「エヴァン郷なら……」


「サニード?」


「じいちゃんは死んじゃったけど、郷の上役ならネグレインのこと知っているかもしれない。もしかしたら封印する方法も……」


 ドゥマが「おお!」と膝を叩く。


「そうだよ! ネグレインはエルフたちが作った魔物なんだろ? オクルスの野郎なんかに聞くより、そっちの方が早いじゃんか!」


 「なんでそれ早く言わねぇんだよ!」と言うドゥマを、シャルレドとウェイローはジロッと見やる。


「な、なんだよ?」


「……サニード。それを今まで言わなかったのは何か理由があるんにゃろ」


「うん」


 サニードは視線を落として頷く。


「サニードさん。もし、お辛いならァ……」


「ううん。大丈夫。話せるよ」


 自分の膝をグッと握って、サニードは顔を上げる。


「みんな、聞いて。ウチがウェンティと別れて、エヴァン郷から出た時の話だよ」


 そう言って、サニードは過去あった出来事を話し始めたのだった。

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