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144 オクルスの“核”

(およそ4,600文字)

「ホント、雨が降らなくてよかったわぁ」


 どんよりと曇った空を見上げ、頭に黄色いバンダナを巻いた女性……セフィラネが笑う。


「オクルス。メディーナ。もう少しだから頑張ってぇー」


 セフィラネは大きな麻袋を抱え、後ろにいるスライムたちに声を掛けた。


 オクルスと呼ばれた黒いスライムも、メディーナと呼ばれたピンク色のスライムも、それぞれ頭に木箱を乗せている。


「キャラバンの商売も軌道に乗ってきたからねー。そろそろ商品仕入れも、別の人を雇って任せちゃいたいわよねぇー」


 坂道を歩きながら、セフィラネはそう親しげに話し続けた。


「え? メディーナったら、アタシに独立しろって言うの? まだ早いわよー。お金だって足んないんだものぉ」


 傍目にはメディーナは何も言っていないように見えるが、セフィラネには“意思”を読み取る能力があるのだ。


 オクルスもメディーナも会話こそできないが、それでもセフィラネと意思疎通ができていた。


「あっと、いけない。お釣りが」


 セフィラネが麻袋を抱え直した瞬間、豊満な胸に押されて窮屈になっていた胸ポケットから、危なげに差さっていた鉄貨が転げ落ちた。


 落ちて転がった硬貨に、オクルスが真っ先に反応してそれに飛びついた。


「ホント、アナタはお金が好きなのねぇ〜」


 セフィラネは笑ってオクルスを見やる。


「いいわ。それ、手伝ってくれたお駄賃よ」


 心なしかオクルスは喜んだように揺れ、その硬貨を自身の体に取り込む。


「さ、もう行きましょう。みんなが待っているわ」




 坂道を登り終え、キャラバンが見えた瞬間、セフィラネは麻袋を地面に落とす。


 オクルスとメディーナは「なんだろう?」と不思議そうにすると、ピョンピョンと跳ねてセフィラネの横まで来た。


 そして、眼前に拡がる光景に、1人と2匹はその場に立ち尽くす。


 それは燃え上がるテント、地面に散乱する商品、叫び声、悲鳴、怒声、剣撃、爆発する音などだった。


 説明されるまでもなく、それが何者かの襲撃であることは、オクルスにもメディーナにも理解できた。


 仲間たちを襲っているのは野盗だ。かなり上等な武装をしていることから、組織としてまとまっている集団であることが見て取れる。


「……人間ッ」


 セフィラネの肌がみるみるうちに青くなり、その額に角が生え、普段彼女が隠している魔人(サタナ)の特色が現れる。


 そこからの展開は一方的だった。


 魔人に勝てる人間など、熟練のレンジャーでもまずいない。ましてや商人キャラバンを襲うような野盗風情が、セフィラネに敵うはずもなかった。



「た、助けてくれ! もう二度とあんたらを襲わないと約束する!」


 手斧を放り出し、膝を付いて男が命乞いする。


「そう。そんな約束をして、舌の根も乾かないうちに、さらに多くの仲間を引き連れて戻って来たヤツがいたわ」


 セフィラネは気怠そうにしながら、地面に散らばった契約書を拾い上げて言った。


「本当だ! 信じてくれ! 俺は懲りたんだ! 反省したんだ! 罪を償うよ! なあ! 頼むよ!」


 男は涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら懇願する。


「残念ね。罪を償う? 言う相手を間違えてるわ、人間」


 契約書を放り捨て、セフィラネは一歩進む。


「ど、どういうことだ?」


 男は仰け反り、下がろうとしたが、天幕の柱に頭と背をぶつける。


「魔物の世界にこそ、罪も罰も存在しないのよ」


 セフィラネの手が、男の頭と顎を挟むように掴む。


「や、やめぇ……あがあッ!」


 男の頭をねじ切り、セフィラネは首から噴き出す鮮血を冷ややかに見やる。


 もはや敵味方も関係なく、死体の血と臓物が、ごちゃまぜになって辺りに飛び散っていた。


 メディーナは生き残りを探して回るが、治療しても助かるような仲間は1人として見つからなかった。


 オクルスの“核”が、血溜まりの中に落ちた硬貨をジッと見つめている。


 商品台にうつ伏せに倒れている恰幅のよい老人。昨日まで、にこやかにこの“金ピカ”と商品を交換していた人物だ。


「自ら作った秩序を、自らで壊す存在……魔物よりタチが悪いとも言えるわ」


 魔人の姿を解いたセフィラネが、ドサッと地面に膝をつく。


 オクルスとメディーナは遠慮がちに彼女へ近づいた。


「……覚えておきなさい。これが“人間”よ」


 セフィラネは小さく呟く。その横顔に、キラリと光るものが流れ落ちるのが見えた。



──セフィラネが泣いている──



「弱き者たちが積み重ね、育て上げたものを平気で無に返す……」


 セフィラネは血の染み込んだ土を握り締める。



──“人間”の作った秩序。“カネ”、“モノ”──



「強欲な罪深き存在。分け与えることもなく、ただひたすら奪うだけ……」



──それが上手く行かない、通用しないのなら──


 

 メディーナが何かに気づいて、オクルスの方に“核”を向ける。



──私が“新しい秩序”を創ればいい──



 野盗たちの無残な亡骸を、雲間から覗いた陽光が照らす。



──私たちに敵対する者、すべてに()()える者に──



 オクルスの“核”に深い憎悪が生じる。



──私という存在が、恐怖という名の()となればいい──



 そう決意したオクルスだったが、突如として彼以外の世界に亀裂が走り“ヒビ割れる”。


 割れ砕けた世界。景色だけでなく、セフィラネもメディーナも、灰色の背景の中に徐々に溶け消えて行く──

 

「なんだこれは? さっきのは夢か……? 私が……夢? 夢だと?」


 甘い香りが周囲に漂っているのに、人型の姿に戻ったオクルスは目を細める。



「オクルスーッ!!」



「サニード?」


 割れた先の闇の奥から、サニードが飛び込んで来た!


「! 私の“(こころ)”に入り込んだのか!」


 鮮やかな色彩があることから、彼女が心象風景の存在ではないことをオクルスは理解する。


「全部見たよ! オクルスが何を抱えてて、何をしようとしているのかもッ!!」


 オクルスの顔が強く歪む。


「私の(こころ)に立ち入るなッ!! 出て行け!!」


「出ていかない!! 絶対に出ていくもんかッ!!!」


 オクルスは近づこうとするサニードを振り払おうとするが、サニードは必死に食らいつく。


お前はなんなんだ!?(ケ・コーザ・セイ!?) |罪深い人間が!《ウォーモ・ペッカトーレ!》」


「わかる! ここオクルスの心の中だもん! オクルス、怒ってない! 怯えているだけ!!」


「|なんだと!?《ケ・コーザ・アイ・デット!?》」


 目を見開き、威嚇し、殴りつける素振りを見せても、サニードは一向に怯む気配がない。


「それ、一番最初に覚えた言語でしょ! だから、感情的になったら、それが一番先に出てくるんだ!!」


 オクルスは口を半開きにし、サニードを本気で攻撃しようとするが、攻撃は空振り、体勢を崩し、サニードが胴体に抱きついたままに一緒に倒れる。


 サニードはオクルスの胸ぐらを掴み、勝ち誇ったようにニヤッと笑みを浮かべる。対照的に、オクルスは怖気づいた顔をした。


「メディーナ……お姉ちゃんが死んで悲しかったんだよね! セフィラネ……お母さんのこと聞いて、すぐにでも駆けつけたかったんだよね! サルダン小国なんて来なきゃよかった! ヴァルディガなんかと取引しなきゃよかった! 大事なもの、守るために必死になって、商売だって拡げて、自分より強くて怖い魔物と取り引きしたのにッ!!!」


「よせ。やめろ……」


 自分の心を代弁するサニードを前に、オクルスは絶句する。


「そして、いまこう思っている……」


 オクルスは自分の“核”を守ろうと自分の胸に手を当てるが、サニードがそうさせまいと腕を掴む。


「サニード・エヴァンなんかと、出逢わなければよかったって」


 悲しそうに、辛そうに、それでいてなぜか嬉しそうにサニードは笑う。


 オクルスの手から力が抜け、ストンとその場に落ちた。


「オクルスはそれでいいよ。でも、ウチはそうは思わないッ!!」


 サニードは、右手をオクルスの胸に当て、左手を自分の胸に当てる。


「父さんも母さんも、オクルスが本当の姿を教えてくれたんだ!」


 サニードの頬から涙が散り、オクルスの頬を濡らす。


「……私ではない。それをやったのはメディーナだ」


「ううん! でも、オクルスがいなきゃメディーナにも会えなかったよ!」 

 

 サニードは、ここに来る道中まで、メディーナやサクリフィシオたちが、いかにオクルスの意向に沿っていたかをエルダーたちから教えて貰っていたのだ。


「オクルスが、ウチを選んでくれた」


「……貴女の魔眼が脅威だったからです」


 素っ気なくオクルスは言う。


「でも、ウチを殺さなかった。メディーナはそう言ってた。オクルスが殺すなって言ったって。エルダーたちもそれを認めた」

 

 オクルスは口を開きかけて黙る。メディーナの意向を無視して、取引などせずにサニードを殺すことはいつでも可能だったことを彼自身理解していたからだ。


「オクルスが、ウチを“暗闇”から連れ出してくれたんだよッ!! だから、ありがとうッ!!! 本当にありがとうッ!!!」


 涙と鼻水を垂らしながら感謝の言葉を繰り返すサニードを、オクルスは見やる。


 白銀に揺れる瞳を見て、オクルスは息を深く吐いた。 


「……似ているからでしょうね」


「え?」


 オクルスは自分の胸を指差す。


「……教えてください。それを、なんと言うのですか?」


「え?」


「サニード。貴女の抱いているそれはなんなのでしょうか」

 

 オクルスが真面目な顔をして尋ねるのに、サニードは頬を赤らめたが、それは本当に一瞬だけだった。


「……“大好き”だよ」


 サニードはニッコリと笑う。


「あ! ……っと?」


 オクルスの胸が4つに割れて大きく開くのに、サニードは驚く。


「似ていると言ったのは“これ”ですよ」


「これ?」


「貴女の瞳に似ている……最初見た時に、そう思いました」


 オクルスに促され、サニードの手が胸の中に入る。そして、細長い角錐型をした“銀白の核”に触れた。


「……オクルスは? ウチのこと……?」


「……嫌いならば、“こころ”に触れさせたりはしません」


 オクルスは眉を寄せて不愉快そうに言う。


「アハハ。好きって言っちゃえばいいのに。心の中でもそうやって強がるんだね」


 サニードに“核”を掴ませたまま、オクルスは彼女を支えつつ立ち上がる。


「……サニード・エヴァン。貴女の望みは?」


「ヴァルディガを止める」


 オクルスは静かに首肯した。


「そして、オクルスと公園でまたチェロス食べること」


 照れたようにサニードが言うのに、オクルスはわずかに首を傾げた。


「……私は砂糖控えめで」


「あれ? 消化担当は美味しかったって言ってたよ」


「「無意味(イニュティル)な」」


 オクルスの台詞に被せ、サニードは面白そうにケラケラと笑ったのだった。

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