143 エルダー
(およそ3,400文字)
サニードだよ。サニードが来たよ──
なんで入れたの? 誰だよ?──
オクルス様に叱られるよ──
食べていいんじゃない?──
ダメ。メディーナにそう言われたじゃん──
「なに……だれ?」
目の前には黒い濁流が流れていた。サニードは身を動かそうとして、それが叶わなかった。
俺は腹がへったよ──
食べちゃおうよ。どうせ殺すつもりだったんでしょ──
食べるの? もったいないよ。彼女はいい子だ──
そうだよ。僕は反対だな──
片手だけならいいだろ。片方は残せば──
私はあの銀色の目玉が食べたいわ──
「なに? 誰が話しているの?」
サニードはうっすら目を開く。
そこでは無数の“目”がサニードを覗き込んでいた。
「あ。起きたよ」
「サニードだ。サニードだ」
「こんにちは」
「食べていい?」
それはサクリフィシオたちだった。彼らはサニードの全身を巡りながら、興味津々といった感じに話しかけてきていた。
「……どういうこと? なんでウチ、サクリフィシオと会話しているの?」
サニードの問い掛けに、サクリフィシオたちは互いの“目”を見合わせる。
「なんでだろうね?」
「そんなこと僕たちも知らないよ」
「だって、食べるなって言うから」
「でも、オクルス様は殺すつもりでしょ?」
「殺すつもりでも、食べろとは言ってないし」
サクリフィシオたちは口々に一斉に喋るのに、サニードは目を回した。
「オクルスは? ここにいるの?」
サニードが尋ねるのに、サクリフィシオの1体が目をパチパチとさせた。
「ここにはいないよ」
「どういうこと? ここはオクルスの身体の中じゃないの?」
サニードの顔の周りにいたサクリフィシオたちが、少し身を捩らせると、その奥から彼らよりも一回り大きい者たちが姿を現す。
「はじめまして……ではありませんね」
先頭にいた大きなサクリフィシオが言う。
「え?」
「私たちはオクルス様の“主要部分”を構成する者です」
「主要部分?」
「おい! お前!」
別の大きいサクリフィシオ1体が憤って、サニードに詰め寄った。
「な、なに?」
「よくもあんな“毒物”を食べさせてくれたな!」
「毒物?」
「“イロ豆”だよ!」
サニードは驚いた顔をする。しばらく考えて、「もしかして……」の口にする。
思い当たったのは、オクルスに食事を提供した時、その背中から吐き出したあの出来事だ。
「消化担当?」
「そうだよ! 俺は……」
まだ怒っている消化担当を押しのけ、最初に話しかけてきた大きいサクリフィシオが場を取り繕うように身を揺すらした。
「オクルス様の“人間”としての身体を構築する我々は、この中でも最も古くからお仕えしています。そうですね。明確な区別はないのですが、我々のことは“エルダー”とでもお呼び下さい」
「エルダーね。えっと、それであんたがその中でもリーダー?」
「私は脳……というよりも、オクルス様の思考統制を補助する者です」
「えっと……」
「“思考のエルダー”とでもお呼び下さい」
「うん。わかったけど……。まず、これなんとかならない?」
全身を這い回るサクリフィシオを見て、サニードは苦笑いする。
「なんか、エッチなのもいるみたいだしぃッ!」
サニードは赤い顔をして、自分の胸や股をグルグルと回っているサクリフィシオを睨む。
「まずはっきりさせて置きたいことは、貴女が見ているここは“現実世界”ではありません」
「え? どういうこと?」
「貴女は確かに、“オクルスの中”におります。そして、オクルス様の意に反し、我々ことエルダーが貴女を保護している状態です」
「えっと、わかるように……話してくれるかな?」
思考のエルダーは目を何回か瞬く。
「ここは“精神的な繋がりの世界”なのです。ですから我々は意識共有を行い、このように会話が……」
「いや、ゴメン。さっぱり意味が……」
「簡単に言うと、サニードは我々と“同化”しようとしているわけです」
サニードはあんぐりと口を開く。
「え? ウチ、人間だよ? スライムじゃないし! ウチがサクリフィシオに……?」
「いいえ。貴女はここに来る前、我々の同胞だった者……異体、グリンの胎内を抜けて出てきましたね」
「あ、うん」
グリンが作ってくれた死角を利用して、サニードはオクルスに抱き着いたのだ。
「あの後、どうするつもりだったので?」
「……いや、夢中で考えてなかったの。オクルスに、ウチの温もりとか与えれば……なんとかなるかなーって」
サニードが恥ずかしそうにモジモジとするのに、思考のエルダーは「無謀ですね」と呟く。
「なんか、オクルスと話しているみたい……」
「私はオクルス様の一部ですから当然です。しかし、グリンの胎内を通ったのは僥倖でした」
「どういうこと?」
「貴女の身体に付着したグリンの体液を、我々は“仲間”として認識することで、貴女を取り込んだのです」
ようやくサニードは理解したようで「ああ」と頷く。
「でも、なんでウチを助けてくれたの? その、さっきオクルスに反したって……」
「メディーナの遺志です」
「え?」
驚いた顔をするサニードの顔の周りに、小さいサクリフィシオが集まってくる。
「メディーナは、サニードはとってもいい子だって言ってた」
「サニードを守ってあげなさいって」
「サニードは優しい子だよ」
「サニードを大事にしてあげてって」
まるで甘えるように、サニードに頬ずりする。
「メディーナは我々にサニードの保護を託しました。そして、我々はそれに同調したのです」
エルダーたちが、消化のエルダーですらも、「そうだ」と頷く。
「メディーナ……メディーナッ。ウチにそこまで……」
サニードは嗚咽を漏らして泣く。
「でも、それでもどうして? オクルスに逆らったら、あんたたちは酷い目に遭うんじゃないの?」
「そうですね。オクルス様は憤り、我々の処分も厭わないでしょう」
「そんな! ウチのせいで……そんなことにッ」
「サニード。私たちは何も善意だけで貴女を助けたわけではありません」
「どういうこと?」
思考のエルダーは少し考えるように俯く。
「……オクルス様を助けて頂きたいのです」
「助けるって……」
「メディーナを失い、セフィラネ様までお亡くなりになられました」
「だって、オクルスは……それ、損害だって……」
「サニード。貴女はそれがオクルス様の本音だと思うのですか?」
サニードはハッと顔を上げる。そして、首を横に大きく振った。
「一緒に食べた屋台のチェロスは美味かったぜ……」
消化のエルダーがポツリと言う。サニードはそれを聞いてニッコリと笑った。
そして、ため込んでいた思いを出すようにして、大きく息を吐き出す。
「ウチ、オクルスにしちゃいけないことをしたんだ……」
後悔を顔に滲ませ、周囲にいるサクリフィシオたちを見てサニードは言う。
「いつもオクルスが守ってくれてたのに、ウチはそれを怖いと思ったんだ……」
悪魔リヴェカとの戦いで、オクルスが本性を初めて露わにした時のことをサニードは思い出す。
──サニード。そうです。その“反応”こそが、人間として正しい。私の本質は魔物です。恐怖、嫌悪、忌避なさい。理解などとは程遠い──
「ウチ、今はもう怖くない。前に言ったよね。ウチはさ、オクルスの中にある良い心を信じる」
サニードの瞳が白銀に輝く。
「教えて。思考のエルダー。ウチ、どうすればオクルスを助けてあげられるの?」
「お連れしましょう」
「え?」
エルダーたちが、サニードの身体を取り囲む。そして、その下を無数のサクリフィシオたちが支えて持ち上げて行く。
「オクルス様が“罪与の商人”となる決意をされたその日に……」
上空を覆うように蠢いていたサクリフィシオたちが移動し、遠くに光が見える。
サニードはエルダーたちに連れられて、その光を目指したのだった──。




