142 逆鱗
(およそ3,200文字)
「どうやら逆鱗に触れたってヤツにゃ」
「クソ! 震えんな、オイラの脚! まるでオヤジとサシで訓練してもらった時みてぇだッ!」
「た、タハハ……。いやぁ、これなら、最上位悪魔を相手にしてた方がまだ勝ち目あったんじゃねぇですかねェ」
未だオクルスは人の形状をしていたが、その全身から放たれる殺気に4人は圧倒される。
「大丈夫? ウチも……」
「下がってろにゃ。ヤツの狙いはオマエにゃろ。近づいたら、すぐに首を落とされるにゃし」
オクルスはみるみるうちに形状が変わり、もう会話は不要だとばかりに、目や鼻や口も内側に埋没すると、それぞれに目玉のついた蛇のようなスライム……サクリフィシオが現れる。それはまさにメデューサの頭のようだった。
「もうやるしかありませんなァ! 【正霊式術・癇雷狸】!」
ウェイローが術札を何枚か飛ばすと、それが半透明の腹部が大きく膨れたタヌキとなり、腹鼓を叩くと周囲に紫電が拡がる!
「かぁッ! 無傷ですかィ〜?」
オクルスは雷の雨も意に介さず進み、細く伸ばした頭部の一部を鞭のようにしならせて攻撃する。
「ゲェッ! 話には聞いてたけど、キショすぎるだろ! 男の趣味、悪すぎだぜッ!! チビエルフ!」
初めてオクルスの真の姿を見たドゥマは舌を出して言う。身を低くして蛇行して走り、裏に回って小剣で突き刺す。
「コイツはスライムの数の寄せ集めにゃ! ヴァルディガと違い、斬り続けて数を減らせば弱らせるにゃ!!」
サーベルで次から次へと、襲い掛かるサクリフィシオを倒していく。
「オクルスは、リヴェカと戦った時に数を減らしているよ!」
サニードの魔眼が輝いているのを見て、数匹のサクリフィシオたちが分離して彼女の方を向かう。
「ピィッ!!」
それを飛び跳ねたグリンが迎え撃つ!
──弱点を知られているというのは、具合がよろしくありません──
オクルスは胴体を大きく開く。そして、そこから周囲を覆う形で甘い香気を放った。
「覚醒草丸にゃ!」
シャルレドがそう言うと、サニードたちは懐から丸薬のようなものを取り出して口に含む。
「クッソ! ニガッ!」「涙でてくるッ!!」
ドゥマとサニードは舌を出してペッペと嫌そうな顔を浮かべた。
──回復アイテム? 対処された?──
「あいにくにゃ。そっちが魔物商なら、アアシはよろず屋にゃし。睡眠、毒、麻痺なんでもござれにゃ」
シャルレドは薬の小瓶を振ってニヤリと笑う。
──属性スライムは……──
オクルスが魔法系スライムを使おうとするのに、ウェイローが術札を撃つ構えを取る。
「さあ、どうするにゃ? 次は強酸でも使うかにゃ? 中和剤もあるにゃし」
よく練られた厄介な布陣だと、オクルスは思う。
シャルレドがサポートに回る時は、ドゥマが前に進み出て牽制し、その援護をウェイローが行う。
オクルス自身も手持ちのサクリフィシオを温存するために、レベルの低い手下を放つが、サニードとグリンの連携で倒される。
かといって強いスライムを排出しようとする隙は、シャルレドが決して与えない。彼女のレンジャーとしての勘が、強い個体と弱い個体を瞬時に識別しているようだった。
ジワジワと敵の戦意や戦力を削ぐやり方は、オクルス自身が得意とする戦法だ。
「……どうしたにゃ? 降参する気になったか?」
オクルスが元の人型に戻るのを見て、シャルレドはサーベルを突きつける。
「このままでは勝てないと悟りました。認めましょう。貴方たちは非常に強い」
シャルレドとドゥマは互いに顔を見合わせる。
「……ですから、戦い方を変えることにしました」
「は? 戦い方を変えるって……ブッ?!」
オクルスの拳が、ドゥマの顔を殴り飛ばす。
「チッ! 油断してるからにゃッ!」
シャルレドが走り、斬りつけるのにオクルスは腕を上げて片手で弾く。
「は? アアシの剣を!?」
シャルレドは、オクルスの腕にサクリフィシオが捻り寄って集まっているのを見る。
「スライム1体はとても弱い。ですが、構成する密度を変えることで、竜の鱗よりも強靭なものとなります」
「そんなチートあってたまるかにゃッ!」
「そうですね。この“状態”を維持する時間は短い」
「グブッ!」
シャルレドの繰り返し放たれる剣撃を受け止め、その腹部に膝蹴りを叩き込んだ。
「こいつぁいけねェ!!」
ウェイローが術札を放つが、オクルスは術が発動される前に手刀でそれをすべて斬り裂く。
「ですが、貴方たちを全員片付けても余裕があります」
前蹴りを浴びせられ、ウェイローは木に激突する。
「みんな!」
オクルスは捻り寄った顔で振り返る。顔についた無数の瞳が、サニードを捉えた。
「オクルス……」
仲間たちに駆け寄りたくとも、オクルスが邪魔するように立ちはだかった。
「逃げろにゃ! サニード!」
「弱点と言えば、動きが少々鈍くなるくらいですが……貴女を殺す上では支障ありませんね」
「うう…っ」
オクルスの全身からは軋んだような音が聞こえる。サニードの魔眼は酷い魔力の捻じれが見え、サクリフィシオたちが命を絞り取られている断末魔のようにも聞こえた。
「サニード。私と関わらなければ、このような結末を迎えなかったでしょう」
「それでも……ウチは、オクルスに出会えてよかったと思う」
「理解はできませんが、もう終わりです。さような……」
「グリン?!」
オクルスが近づこうとしたのに、グリンが大きく布団状に広がって立ち塞がる。
「主を守りますか。時間稼ぎにもならぬ無駄なことを。下級スライムごときが……!」
そのままグリンの体を突き破ろうとしたオクルスは、緑色の体液の中に影があるのを見て立ち止まる。
「な……に?」
サニードはグリンの体の中を通り、そのまま抜けてオクルスの懐へ抱き着く。
「これで、どうすると?」
オクルスはそのまま、サニードの頭頂を掴んで首を捩じ切ろうとするが──
途端、オクルスの胴体が大きく開いた。
「!? な、なにをしている!?」
オクルスは“自分の身体”を怒鳴りつけるが、そのままサニードの身体を呑み込んでいく。
「捕食? 吸収するつもりか! 私はそんな指示はしていない!」
オクルスは“自分の手”に捕食の中止を命じるが、なぜか思うように従わなかった。
サニードはそのまま赤ん坊のように両手、両足を丸めたままの状態で吸い込まれていく。
「か、ッ! くぅッ、かアッ!!」
オクルスは仰け反ったまま、しばらく呻いた後にピタッと動きを止める。
「く、喰われちまったぞ! おい! どーすんだよ!?」
ドゥマが折れた鼻を自分で直しながら喚く。
「いや、そうは見えなかったにゃ……」
「ええ。まるで自分から入り込んだように見えましたぜェ」
シャルレドとウェイローが警戒しながら、その場で固まっているオクルスを見やる。
「そうにゃ。喰ったのなら、なんで動きを止めたにゃ?」
「そんなん知るかよ! いま斬り裂けば助けられるかもしれねぇぞ!」
「およしなせェ! サニードさんごと斬っちまいかねねェ!」
小剣を突き立てようとしたドゥマを、ウェイローが慌てて止める。
「待つしかないにゃ」
シャルレドはサーベルを収めて言う。
「待ってどうなんだよ」
「サニードの飼ってるスライムを見るにゃ」
グリンはジッとオクルスの前で左右に揺れていた。
「主人の帰りを待っているわけですかィ。健気だねェ」
ドサッとその場にあぐらをかいてウェイローは座る。
「ここまで来たなら、サニードを信じて待つにゃ」
「……わかったよ」
オクルスの前に座り、3人はサニードの帰りを待つのだった。




