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141 契約違反

(およそ3,000文字)

 オクルスは、寂れた山小屋の中で黒炭を使い魔法陣を描く。


「……これで“道”が繋がるはずだが」


 指先から魔力を流す。魔法についてそこまで造詣が深いわけではないが、“隠された魔法”ならば何かしらの反応があるとオクルスは考えたのだ。


「やはり、セフィラネは出入口を作っていましたか」


 自分の背丈ほどもある大きな黒い渦が生じるのを見て、オクルスは目を細める。


「探すのに時間が掛かってしまいましたね。私がいざという時のために用意した“巣”に作るとは、なんとも彼女らしい」


 オクルスはそこまで言って「しかし……」と顎に手をやる。


「一度、解かれた形跡がありますね」


 使い魔を通すぐらいなら、セフィラネならば痕跡を残すことはない。セフィラネ本人か、はたまたセージが通ったのかとオクルスは思案する。


「……まあ、どちらでもいいでしょう。お陰で、隠してあったものが見つかったわけですから」


 セフィラネが本気で隠したのなら、オクルスが見つけることは困難だっただろう。開いた痕跡があったからこそ、さほど時間もかからずに仕掛けに気づけたのだ。


 オクルスがゲートロードに入ろうと指を伸ばした瞬間、バチンッ! と、弾かれる。


「なに? ここからも“入れない”だと?」


 オクルスは、懐から取り出したゲートロードの残骸を見やる。魔法道具を使っても、魔商の館のある島に入れなかったのだ。


「そんな馬鹿な。……あと考えられるのは、島全体を封印したことぐらいしか」



「そうだよ。それで当たっている」



 オクルスは目を見開き、顔を横へ向ける。


 山小屋の外、窓から見えるところにサニードが立っていた。

 傷だらけで、服も泥だらけの状態だったが、白銀の瞳は力強く煌々と光っている。


「なぜ、ここが……?」


「セフィラネが教えてくれた」


 サニードはそう言って、グリンを掲げる。グリンの中心ではピンク色の魔法陣が明滅していた。


「セフィラネが?」


 オクルスは訝しげにする。


「オクルス。落ち着いて聞いて」


「言ったでしょう。もう貴女に関わるメリットが……」


「セフィラネとセージが死んだの」


 オクルスは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに元の無表情に戻る。


「……つまらない嘘ですね」


「ウソなんかじゃない。オクルスなら、ウチの顔や声で、それがホントかウソかわかるだろ」


 サニードの指摘は正しかった。今のサニードの発言に少しも装ったところがないのにオクルスは気づいていたのだ。

 

 ゲートロードを見て、それから自分の指先に視線を動かし、諦めでもしたように小さく頷く。


「……彼女は用心深い上に周到です。仮に私が戦ったとしても、そう簡単に勝てる相手ではない。それを倒したとしたら、相当な手練れですよ」


 オクルスはそう言って、サニードの後ろの気配に目を向ける。


「誰が倒したかはウチもわかんない。でも、そいつもオクルスが狙っているものを探している」


 オクルスは軽く首を傾げる。サニードには、今のオクルスが何を考えているかは分からなかった。


「教えて、オクルス。凝黒の花蕾のこと。ヤバい爆弾みたいなもんだとは聞いたよ。それを使って何をする気なの?」


「シヒヒッ!」


 オクルスは歯列を剥き出しにして笑う。


「……失礼」


「オクルス!」


「サニード。それを貴女に教える理由はありませんね。しかし、セフィラネを殺した者が、凝黒の花蕾を狙っているというのはよい情報です。“犯人”に繋がる手掛かりになりました」


「犯人が……分かるの?」


 サニードが驚くのに、オクルスは深々と頭を下げる。


「情報提供に感謝します。これで私がこの国に居る理由もなくなりました」


「どういうことだよ?」


「凝黒の花蕾を手にした“人物”は、いずれにせよ私に接触するでしょう。それをただ待てばいいだけとなったのです。私が血眼になって探すこともない」


 サニードはグリンを降ろし、胸の前で強く指を組む。


「オクルス。それ、ホンキで言っているの?」


「? 本気ですよ。サニード」


「……セフィラネ。死んじゃったんだよ。オクルスの師匠だったんでしょ? お母さんみたいな存在だったんでしょ?」


 サニードの瞳が潤むのに、オクルスはフウッとため息をついた。


「悲しくないの?」


「悲しいですよ。メディーナも、セフィラネの死も……」


 サニードが見つめてくるのに、オクルスは帽子を目深に被り直す。


「私にとっては大きな損害ですから」


 冷たく言うオクルスに、サニードの両目から涙が零れ落ちた。


「……サニード。それに貴女はひとつ大事なことを忘れているようです」


「忘れている……?」


「メディーナが居なくなった時点で、私はいつでも貴女を殺すことができるということですよ」


 歪んだ扉を軽く押し壊し、オクルスが外へと出てくる。


 それに合わせるかのように、シャルレド、ドゥマ、ウェイローが、サニードの横から現れた。


「本当に理解に苦しみますね。サニードに味方することで、貴方たちにどんな利があると言うのですか? それに倒すべき敵は私ではないでしょう」


 オクルスは、ペルシェの方角を見やって言う。


「特に、ドゥマ・ゲリウス。貴方はベイリッド・ルデアマー陣営だったはずです」


「オイラはテメェに恨みがあったからな」


「……シヒヒッ。失礼。やはり無意味(イニュティル)ですね」


 ドゥマが片方だけになった小剣を構えるのに、オクルスは小さくため息をつく。


 そして、オクルスが深く屈み込むと、全員が警戒して武器を構えたが、彼はその場でそのまま高く跳躍し、屋根の上にトンと降り立った。


「なんにゃ? 逃げるのか?」


「ええ。そう捉えて下さって結構。私に貴方がたと戦うメリットがありませんから」


「そんな釣れねぇこと言わねぇでくだせぇよォ。サニードさんは、アンタさんに会うためにこんなとこまでやってきたんですぜェ」


「それはご苦労さまですね。私と貴方たち双方の利益となる話ならば、“財与の商人”としてお伺いしましょう」


 オクルスはどこまでも慇懃無礼な態度を取るのに、ドゥマは「気取りやがって」と悪態をつく。


「しかし、そうではないご様子。冷やかしならばご遠慮頂きましょう」


 そのまま立ち去ろうとしたオクルスの背に向かい、サニードが大声で「待って!」と呼び止める。


「……まだ何か言い足りないことがあるのですか?」


「みんな、いい?」


「なんですか? 私は戦うつもりなど……?」


 シャルレドたちが頷いて戦闘態勢になるのに、オクルスは訝しげにする。


 サニードは息を大きく吸い込んだ。


「ねえ! 罪与の商人オクルスの正体を知っているー!?」


「知らないにゃ」「知らねぇ」「知りませんなァ」


 3人がそう答えたのに、オクルスの目が大きく開かれる。


「教えてあげる!! 魔物だよーッ!! それも最上級粘液生物(スプリーム・スライム)なのぉッッ!!」


 サニードがニヤリと笑うのに、オクルスは“人間としての表情”を一切消した。


「……契約違反イナデンピメント・コントラットゥアーレ


 オクルスは屋根から下に飛び降り、両手を大きく広げる。


お前の死を持ってラ・トゥア・モルテ・サラー・代償を支払うのだイル・プレッツォ・ダ・パガーレ

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