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140 惚れた男

(およそ5,800文字)

 ベイリッドの遺体は酷く損壊が進んでおり、手脚は折れ曲がり、一部分は骨が剥き出しになっていた。腹部には蛆らしき虫たちも集っている。


「うッ! こ、こんな! こんなこと!」


 サニードは口元を押さえて涙を流す。それは死者への冒涜にしか見えなかったからだ。


「やめろぉッ!! ベイリーを元に戻せ!! まだ“治ってない”んだぁ!!」


 取り乱したヴァルディガは、目や鼻や口から体液を垂れ流しながら喚き叫ぶ。


「ヴァルディガ。アータ……」


 さすがのトロスカルも、遺骸を前に絶句する。


「ベイリッド」「スー・スー」


 ドラグナルとオズワルドは痛ましそうに、ベイリッドを見やっていた。


「返せぇー! ベイリーを返せぇッ!!」


「返すわけにはいかん! これ以上、我が友を弄ばれてたまるかッ!」


「“友”!? ふざけんなッ!! テメェみてぇな野郎がベイリーの友達なもんかッッッ!」


 ヴァルディガはいきり立って、全身を波立たせて周囲を無差別に破壊しだす!


「クッ!」


「いったん離れるわよ!」


 オズワルドは、ドラグナルを背に乗せ、ベイリッドに絡みついているツタを咥えつつ、空へ飛び立つ。


「待ちやがれ! 逃さねぇぞ!!」


 ヴァルディガが手をかざすと、根やツタが網目状に拡がり空を覆った。


「もうやめて! ベイリッド・ルデアマーは死んだんだ! これ以上、何を求めるって言うんだよ!」


「サニード! アーシより前に出るんじゃないよ! ぬぅッ!」


 胴体回しを受けるトロスカルの横をサニードは走り抜けて行く。


「うるさい! ベイリッドは“治る”んだ! そうだ! サニード! テメェの“眼”さえなくなれば!!」


「ウチの眼? 魔眼のことか!?」


「知るか! そう“言われた”んだよ!」


「誰に!? うああッ!!」


 ヴァルディガは、雷の魔法でサニードを攻撃する!


「あの森人が何か“鍵”を握っているのか?」


「話の流れからしてそーね」


「守るぞ! オズワルド!」


「わかってるわよォッ!!」


 オズワルドが、ヴァルディガに体当たりを仕掛ける。


「邪魔するな! ベイリーを返せッ!」


「アンタ、ちょっと未練がましいことよ!」


 オズワルドは即座に反転して離脱するが、ヴァルディガが伸ばした触手のようなツルがベイリッドに絡みつく。


「クソッ! 斬っても斬ってもキリがない!」


 ドラグナルは邪魔するツルを次から次へと叩き斬るが、斬った先から延びて、さらに数を増やしていく。


「ハハァッ! ベイリー、おかえりぃ! もう二度と離さないよぉ!」

 

 ヴァルディガは甘い口調でそう言い、ベイリッドを引き寄せようとする。


 力ずくでそんなことをしたものだから、腐り始め脆くなっていたベイリッドの脚がそのまま抜け落ちた。


 そんなことすら構わずに、ヴァルディガはベイリッドへと手を伸ばす。


「もう止めて! 父さんッッッ!!!」


 倒れていたサニードが悲痛な叫びを上げる。


 その時、誰も予想もしていなかった奇跡が起きた──


 ベイリッドが腰から剣を抜き、片手を上げてヴァルディガの胸を突き刺したのだ。


「と、父さん……?」


 サニードは目を開く。死者が動いたのであるからして、それは当然の驚きだ。


「べ、ベイリー? やっぱ、生きて──」


 泣き笑いの顔を浮かべたヴァルディガは、ベイリッドの割れ砕けた胸当ての下が光り輝くのを見た。


「スー・スーよ」


「え?」


 サニードの側に着地したオズワルドがそう言った。



──いいえ。違います。オズワルド──



 ベイリッドの胸の光が応えた。



──これはベイリッド・ルデアマーの“最期の意志”──



 金色の光が強まり、ヴァルディガは思わず顔を背けた。



──“娘サニード”を守るという!!──



 ベイリッドが剣を空高く掲げ、周囲の空気が止まる。



──【竜落し】──



「ウゴッ……ガアッ!!」

 


 ヴァルディガの全身が、頭から真っ二つに縦に引き裂かれる!!


 そして、その衝撃でベイリッドの遺体は地面に放り出された。


「父さん!」「ベイリッド!」「スー・スー!」



──今ので、ベイリッドと私の力はすべて使い果たしました。しかし、それは“英雄”の最期には相応しくない──


 

 見るも無惨だったベイリッドの身体が光に包まれて、生きていた頃の綺麗な状態に戻る。


「父さん……」



──生きなさい。サニード。それがあなたの父の願いです──



 サニードはベイリッドの手を取り、何度も頷く。



──それに、まだ“悪”は滅びていません──


 

「ヴァルディガが?」


 涙を拭って、倒れているヴァルディガを見やる。どうやら少しずつ回復しているようで、あれだけの傷を負ってまだ生きていた。



──もはや“彼”ではありません。気をつけて──



 そう言うと、ベイリッドを覆っていた光が強まり、それが弾け、彼の身体を光へと分解して中空へ返した。


 サニードはさっきまで握っていた父の手の感触を思い出すようにして握り締め、そして立ち上がる。


「父さんの力はなくなった。もう諦めなよ、ヴァルディガ」


 ヴァルディガは両手で自分の頭を繋ぎ合わせ、ゆっくりと起き上がる。


「……あー。あー。ベイリー。ベイリー。ヒヘヘッ!」


 ヴァルディガは視線を彷徨わせ、震えながら狂ったように笑う。


「…………テメェら、絶対に許さねぇぞ」


 黒く淀んだ目で、低く澄んだ声でヴァルディガは言った。


 今までの激昂とは違う、その“静かな絶望”に全員の背筋に悪寒が走った。


「死ね。【アイシクル・ダート】」


 ヴァルディガは、サニードに向かい氷の矢を放つ。


 それを庇うかのように、ドラグナルとトロスカルは前に出るが──


「【ライトニング・シールド】、【フレイム・ソード】」


「なにッ?!」


 ドラグナルを雷の盾によるシールドバッシュで動きを止め、反対の手で作り出した炎の剣でトロスカルを牽制する。


「アータ、戦い方が……」


「厄介よ。力任せじゃなくなってるわッ」


 ヴァルディガは無表情のまま、淡々と攻撃を仕掛けてくる。



「当たり前にゃッ!!」



 空を覆うツタを斬り破り、ヴァルディガに斬り込む影があった。


「コイツは戦いのセンスだけにゃら、アアシやベイリッドより上にゃ! “勝ち筋”を見つけるのが得意にゃ!」


 ヴァルディガに弾かれ、クルッと空中で一回転し、シャルレドは着地する。


「シャルレドッ!」


 サニードは安堵の顔を浮かべる。


「アタクシらも居ますぜェ!」


「アニキィッ!」


 骸車に乗ったウェイローとドゥマも後から続いて入って来る。


「遅れてすまねぇにゃ! ネグレインを誘導して、分散させて各個撃破するのに手間取ったにゃ!」


 シャルレドは傷や痣だらけで、さっきまで戦っていたのが見て取れる。


「なら、町は!」


「ええ、安心してくだせェ。あらかた片付いてますぜェ。どうやら、(やっこ)さんの“集中”がこっちに向いたお陰さんみたいですなァ」


 ウェイローは周囲を見回して、顎を撫でて言う。


「アニキィ! もう! もう止めてくれ! オヤジが守って来た町を破壊するなんておかしいぜ!」


「はー。本当にしつけぇぜ、ドゥマ。うんざりだ。仮に俺が『はい。降参します』って言って、テメェらが戦いを止められるか? 止められねぇだろ?」


 敵意に満ちた人々の視線を、ヴァルディガは静かに笑い飛ばす。


「来いよ。……うるせぇ、もう関係ない。黙れ。ここで全部終わらせてやるんだよ」


「アニキ?」


「なんにゃ? 何と会話しているにゃ?」


 ヴァルディガが見えない誰かと会話しているようだった。だが、疑問の答えを得る前に、ヴァルディガは攻撃を開始した。


 ドラグナル、オズワルド、シャルレド、ドゥマ、ウェイローが応戦する。


「ウチも役立たないけど戦うよ!」


 サニードはグリンを抱えて前に進み出ようとするのに、トロスカルがサニードの襟首を掴まえた。


「お待ち。サニード」


「離して! みんなが戦ってるのにウチだけ見てるだなんてできない!」


「罪与の商人オクルス」


「え?」


 トロスカルが真剣な顔でそう言うのに、サニードの瞳が揺れる。


「正直、アーシは何がどうなってんのかサッパリだわ。アータがベイリッドを“父さん”と呼んだのかの理由もね」


 トロスカルは片鼻を押さえ、溜まった鼻血を吹き出させつつ言う。


「それは……」


「後でまとめて聞かせな。それが条件だよ」


「条件? トロスカル?」


「ここは任せて行きな。アータがすべきことをしなさい」


「なに? なに言ってんの?」


 戸惑うサニードを後ろに押しやり、トロスカルは前に進み出た。


「アータが“惚れた男”が、あのバケモノ倒す方法を知ってんだろ? なら、さっさと行きな! いくらアーシでもそんなに長いこともたないよ!」


 トロスカルは「フンッ!」と気合を入れると全身の筋肉を盛り上がらせる。


「ほ、惚れって……こんな状況で何をッ!!」

 

 サニードは赤い顔をしつつも、それは自分で“怒り”なのだと心の中で言い聞かせつつ、トロスカルを睨む。


「気づいてないのは自分だけだよ! ニブチンな()だよ!」


 トロスカルは自分に強化魔法を掛けるのに、サニードは「魔法使えたの?」と驚く。


「でも、違う! オクルスはウチのことなんて……。それに、魔物なんだよ。オクルスは」


 トロスカルは「魔物?」と一瞬だけ変な顔をしてサニードを見やったが、すぐにヴァルディガの方に向き直る。


「それがどうしたってのよッ!!!」


 勢いよく飛び出したトロスカルの剛拳が、ヴァルディガの顔面を叩き潰す!


「おおッ!」「キャッ!?」「なんにゃッ!」「あ、危ねぇ!」「いやはや!」


 戦っていたドラグナル、オズワルド、シャルレド、ドゥマ、ウェイローは驚いてその場で立ち止まる。


「魔物だろうが、“漢”だろうが、好きになったら関係ないでしょーがッ!!!」


 ヴァルディガを隻腕のラッシュで圧倒するトロスカルの姿は、もはや“バケモノ”にしか見えなかった。


「ハン! 出会って一目惚れで、一生安泰で添え遂げるなんて! そんな美しい永遠の愛なんてお話の中にしかないよ!」


 ヴァルディガを殴りつつ、トロスカルの目はサニードを見やっていた。


「グチャグチャな気持ちで、それでも側にいたいって気持ちが勝る! だから相手を好きになって、相手にも好きになって貰いたくて努力する!」


 「いまグチャグチャにされてるのは敵にゃ」とシャルレドは呟く。


「それが恋愛だよ! 惚れたってんなら、最後まで惚れ通しな! サニード!!」


 トロスカルの言葉に、サニードは胸を強く押さえる。


「ウチは……オクルスが……」


 気づいたら、サニードの周りに女の子たちが集まって来ていた。そして全員が頷く。

 後ろを振り返ると、手当を受けているマシェリーが親指を立てていた。


「戦っていて気づいたろ! 普通に戦っていちゃ、倒せなんてしないよ! コイツはアーシが押さえとく!」


 トロスカルの言葉に、シャルレド、ドゥマ、ウェイローは頷く。


「だから、行きな! アーシの体力が持つ──!」


「調子に乗るんじゃねぇッ!」


 ヴァルディガが胴の下から触手を放つのに、トロスカルの防御が遅れる。


「せいッ!!」


 その触手をドラグナルが叩き斬った!


「アータ……」


「付き合うぞ。お前みたいな“良い女”を見殺しにしたら、飛竜戦士隊長の名折れだ! 息子にも顔向けできんッッッ!」


「あら、ホントにアータもいい漢ね。既婚者だったのが残念!」


「でも、奥さんの尻に敷かれてるのよん。その話、生き残ったらしてあげる!」


「オズワルド! 余計なことを!!」


「それは楽しみね! この店で一番、上等な酒を開けるわよ! 割れてなければね!!」


 トロスカル、ドラグナル、オズワルドはそんな軽口を叩きつつ、抵抗するヴァルディガを押さえつける。


「ウチは……」


「行きやしょう。サニードさん」


 ウェイローが骸車を、サニードの横に止める。


「でも……」


「悔しいにゃが、あそこにアアシらがいても何の役にも立たないにゃ。あの連携の邪魔になるだけにゃ」


「チキショウ。レベルが違いすぎるぜ」


 折れた小剣を放り投げ、ドゥマは舌打つ。


「トロスカル。それと、ドラグナルとオズワルド」


 2人と1匹がサニードの方を一瞬だけ向く。


「お願い。死なないで」


 サニードがそう言うと、口元だけニイッと笑わせて応える。

 

 と、店の奥から何者かが飛び出した。


「うあぁあああッ! トロスカルーッ!!」


「クズリ。あんた……」


 サニードの横で、クズリが涙でグシャグシャの顔でひざまずいたのだ。


「私はお前が好きなんだー!! 今まで言えなかった!! けど、大好きなんだー!!! 愛しているぅー!!! だから、勝ってくれぇー!!!」


 女の子たちと、スタッフの男たちがオーナーの突然の告白に驚く。


「……はー。こんな血みどろになってる時にロマンチックじゃないったらありゃしない」


 そんなことを言いつつ、トロスカルはまんざらでもなさそうな顔をした。


「でも、“ダーリン”のために頑張るしかないじゃないのよ! (おんな)としてね!!」


 一段と鋭い攻撃が、ヴァルディガを貫く。


「オズワルド! いまだ、上を燃やせ!」


「はぁいよ!!」


 ヴァルディガが体勢を大きく崩したのに、オズワルドは飛び上がって、空を再度覆っていたツタをブレスで燃やし尽くす!


「今だ! 行け!」


 ドラグナルが道を切り開くのに、サニードたちが乗り込んだ骸車が勢いよく飛び出す。


「くそがッ……こんな、こんな、ところで…ェ!」


 砕けた顔で、歪んだ赤黒い瞳が、去って行くサニードを睨み付けていた。


「さあ、クズリ。今のうちにこっちも皆を連れて避難しな。アーシらが攻撃に、コイツが“耐性”を付ける前にね」

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