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139 死者への冒涜

(およそ5,900文字)

 立ち上がったトロスカルは全身が傷だらけで、豪奢な服も破れ、付け乳は片方弾け飛び、その下から分厚いゴム束のような“本物の胸”が見えていた。


「トロスカル……」


「いい加減に覚えなさい。サニード。アーシは“メンター”よ。メンター・トロスカルとお呼び!」


「その傷は……」


「ん? ああ、“反抗的な客”のクレームの対処に時間が掛かっちゃっただけよ」


「え?」


 サニードが驚いた瞬間に、ヴァルディガの周囲にいたネグレインたちが次から次へと崩れ落ちる。


「んだとぉ?」

 

 ヴァルディガは顔を歪める。


「“内側”からチクチクと攻撃してきてたのはテメェだったのか? トロスカルッ!」


「アータの手下、中身スッカスカなんだもの。中にさえ入っちゃえば、意外と脆いものね。オツムの中がスッカラカンのアータと同じよ!」


「クソが……。どいつもこいつも。この町のレンジャー如きじゃ、ネグレインはヤラレねぇと思ってたが、テメェも含めて大きな誤算だぜぇ。“俺の思考”を読んで対処してくる野郎がいる」


 ヴァルディガが気に入らなそうにしているのに、サニードは目を輝かせて「シャルレド! ドゥマ!」と言う。


「そうか! あんたが出てきたのは、作戦が上手くいかなかったからだろ! 焦って出てきたんだ!」


「ああ……?」


 サニードの瞳が強く輝く。そして、ヴァルディガの魔力が、前の戦いから大して回復しておらず、見た目に反してひどく弱っているのを確認する。


「お前はいま瀕死で焦っているんだ! ヴァルディガ!」


「クククッ! やっぱ、その眼は危険だなぁ! 俺もそう思うぜ!!」


 ヴァルディガが氷の槍を生み出して飛ばすのに、サニードがグリンに命じて迎撃しようとする前、トロスカルが裏拳でそれを軽く弾く。


「トロスカル!」


「だから! アーシは“メンター”だってんだろ!」


 トロスカルはそのまま飛び上がり、鉄の塊のような拳を、ヴァルディガのボディへ叩き入れる!


「ウゴッ!!」


「まだまだよ! アーシと、アーシの大事なものを滅茶苦茶にしたアータを絶対に許さんッッッ!!!」


 途中、声が“素”のもとに戻りながらも、トロスカルは全身に激しい連続拳撃を叩きつける!


 そのあまりの破壊力に、硬い幹が合わさって構成され、鋼よりも遥かに強度が増しているはずのヴァルディガの身体に大きな割れと窪みができる。


「に、人間業じゃねぇ……」


 怪我をして避難して来ていた、武術家と思わしきレンジャーがゴクリと息を呑む。


「トロスカル教官! やってくれ! やっちまってくれぇ!」


 クズリや男連中が歓声を上げるのに、トロスカルは殴るのを止めてギロリとそちらを向く。


「クズ男どもが! アーシを応援するんじゃないよ!」


「え?」


 クズリは鼻水をくったらかせて固まる。


「さっき、サニードを見棄てようとした連中! 全員正座ァァァッ!!!」


 衝撃波のように放たれる大声に、クズリたち男連中は一瞬飛び上がって、瓦礫の下に両膝を揃えて綺麗に一列に座った。


 それは普段からのトロスカルの“教育”のなせる技だ。


「本当はね! いま、アータらの顔面に“コイツ”を打ち込みたいところだ。……だけど、それは叶わない! だから、“自分が殴られている”つもりで! 正座して見てなッ!!」


 トロスカルが、裏拳でヴァルディガの巨体を一撃でドンッ! と、吹っ飛ばし、上空にいた翼竜ネグレインを巻き込んで外の方で倒れるのに、男たちは「ヒィィィッ!!」と我が身のことのように震え上がった。


「……クックックッ」


 土煙が撒き起こる中から、ヴァルディガの笑い声が響く。


「あら、あまり殴られすぎておかしくなったのかしら?」


 トロスカルはチラッと自分の拳が血塗れなのを見て目を細める。


「俺はさぁー、警備責任者をしている時からよぉー」


 左右に揺れながら、ヨロヨロとヴァルディガは身を起こす。


「トロスカル・ローション! テメェのことがずーっと、怖くて怖くてしょうがなかったぜぇー!」


 引きつった笑みを浮かべ、ヴァルディガはトロスカルに襲いかかる!


「ベイリッドや俺より強い筈がねぇ……そうは思うんだがよぉ、どうやってもテメェに勝てるイメージが浮かばないんだよぉッ!!」


 ヴァルディガは爪を立て、魔法を連続で放つが、それを物ともせず、トロスカルは腕をクロスさせて前に突き進む。


「そうかい。なら、理由は簡単じゃないかい」


「ああッ?」


「それは、アーシの方がアータらより強いからってだけの話しだァァァッ!!」


「ブベッ!!」


 トロスカルの大きく腰だめから放たれた拳が、ヴァルディガの頬を殴り飛ばす!


「ガハァッ!!」


「そんな姿になっても、アーシに勝てない!」


 続けて反対の頬を殴り飛ばされ、ヴァルディガは白目を剥く。


「ゴフッ!!」


「情けない男だよ! 自分でそう思わないのかい!!」


 何発も拳撃を与える。ヴァルディガは両腕で防御しようとするのだが、その防御を打ち破って、トロスカルの攻撃がダイレクトに当たるのだ。


「く……そ、が……」


「もう遊びはオシマイだよ! さあ、懲りたのなら、その着ぐるみの中から出てきな! 自分で出てこれないなら、アーシが引きずり出して──」


「トロスカル! 離れて!」


 妙な魔力を感じ取ったサニードが叫ぶ。


「アーン? なによ。これからだって時に……」


「助けてくれー! ベイリッドォォォッ!!」


「ベイリッド? 死んだ男を呼んでどう──」


 ようやく異変に気づいたトロスカルの目がカッと見開かれる。


 そして、自分の左腕が落ちるのを横目に見やる。




──秘剣【竜落し】──



「ッ!?」


 腕の一番太い部分がスッパリと切られ、ドサッと地面に落ち、少し置いて血が噴き出す。

 

 女の子たちの悲鳴が上がった。


「トロスカルッ!!」


「な、舐めるんじゃないわよッ! この程度でッ!!」


 トロスカルは反対の手で握力を持って圧迫止血するが、額には汗が玉のように生じていた。


「ヒヒヒィへへへッ! さすが、ベイリッドだぜぇー。“見えない剣閃”は避けようもねぇだろ?」


「ベイリッド? 父さんが……どこに?」


 サニードは周囲を見回すが、ベイリッドの姿は見えなかった。


「“外”には出てきてねぇよ! ほんの少し力を借りただけだからなぁ! こんな風によぉッ!!」



──【竜圧】──



「うッ!」「きゃぁッ!」「ぐあッ!」


 ヴァルディガが手の平を下に向けると、重力のようなものが生じて、その場にいる全員の上に重くのしかかる。


「おいおい。ベイリッドもまだあまり調子よくないみたいだなぁ。本来の出力なら、テメェら全員、今ので息の根が止まってたぜ」


「……ヴァルディガッ」


 まるでベイリッドが生きているかのような振る舞いをするヴァルディガを、地面に伏せながら、サニードは強く睨みつける。


「ぬうう……ッ! ほ、本物のバケモノになっちまったてぇのかい!」


「おいおい。ひどいな。元からバケモノみたいな見た目のアンタに言われたくないぜ」


 ヴァルディガは自身の尾を振るい、トロスカルを横薙ぎに倒す。怪我と【竜圧】のせいで避けることができず、攻撃をモロに受けてトロスカルは倒れ込む。


「トロスカル教官ッ!」


 クズリが悲鳴のような声を上げた。


「これで形勢逆転だなぁ!」


 倒れたトロスカルにトドメを刺そうとした瞬間、ヴァルディガの背中を業火が襲う!


 途端、【竜圧】が解除され、全員身動きが取れるようになった。


「グッ! もう、追いついて来たのかよ!」


「ウオオオオオッ!!」


 垂直落下で降りてきた上級翼竜はさらに近づいて炎のブレスを浴びせ続け、その上に乗った戦士が刃厚の大剣を突き立てる!


「エアプレイスの! しつこいぜ!」


 ヴァルディガが振り払おうとするが、胴体の半分を斬り裂かれて苦悶の声を上げた。


 その隙とばかりに、サニードたちはトロスカルを引っ張って、ヴァルディガから引き離す。


「あんたは……」


「森人の娘か。本当によく会うな」


 鎧が半分砕け、額から血を流している飛竜戦士隊長ドラグナルは荒い息を吐きながら言った。


「仲間は……」


「数は少ない。だが、この町を守りに回した。だが、このバケモノだけは俺が倒す」


「お待ち。アーシも片腕の恨みを晴らさないと気がすまないわ!」


 トロスカルは、女の子たちが持ってきた荒縄を乱暴に絞めて、失った腕の止血をする。


 ドラグナルと、トロスカル……巨体と巨体が互いの視線をぶつけ合う。


 だが、ヴァルディガが動き出すのに、両者はすぐに戦闘態勢となった。


「よってたかって、1人を相手によぉ! 恥ずかしくねぇのかよぉ!」


「これを“1人”と言えるかぁ! オズワルドッ!」


 再びオズワルドが火炎のブレスで攻撃し、それに併せてドラグナルが斬り掛かる!


「さっきの“見えない攻撃”がなければこっちのもんよ!!」


 トロスカルが横から殴り付け、その威力にヴァルディガが大きく体勢を崩すのに、ドラグナルとオズワルドは目を丸くする。


「男にしておくのはもったいない、いい“女”だな!」


「あら、お上手ね!」


「名を聞こう!」


「トロスカル・ローションよ!」


「トロスカルか! 俺はドラグナル・ラマハイムだ!」


「なんか名前も響きも近いわね! 他人の気がしないわ!」


 2人はそんな軽口を叩きつつ、左右からヴァルディガを徹底的に攻撃し続ける。


「ぐ……あっ……! くそっ! コイツらが、イジメてくるんだぁッ!」


 ヴァルディガが叫ぶのに、ドラグナルは「なんだ、こいつは正気なのか?」と驚き、オズワルドが「寝ぼけたこと言わないで。彼はとっくの昔に正気なんかじゃないわ」と答える。


 オズワルドのオネエ言葉を聞いて、トロスカルは「ホント、ゆっくり、じっくり話したいところだけど……」と言いつつ、渾身の一撃を加えようと拳にポテンシャルを溜める。


「「この野郎を倒してからだなぁッ!!!」」


 トロスカル、ドラグナル、オズワルドは一斉にヴァルディガに向かう。


「たすけて! ベイリーッ!!」


 ヴァルディガの空に向かって大声を張り上げるのに、周囲の空気が一変する!



──【竜圧】──



「うがッ!」「ぬぐぁッ!」「ギィッ!」


 必殺の一撃を放とうとしていた連中を吹き飛ばし、かつその場にいる者全員に重力波が襲いかかる。


「ま、またこの“見えない攻撃”ッ!?」


「カウンターで、こ、これはマズイぞッ!」


「スー・スーの力ッ! 弱まってるけど、まだこれほどあるなんて!」


 地面に押さえつけられながら、オズワルドは歯を食い縛る。


「ベイリーッ! ベイリーッ!」

 

 絶好の隙を作ったはずなのに、ヴァルディガは自分の顔を手で覆って苦しそうに呻いている。


「……え?」


 地面に伏せながらも、顔だけはヴァルディガの方を向いていたサニードの魔眼が、ヴァルディガの魔物の方の長い胴体の一部が光っているのに気づく。


「ああ、ああ。わかってるよ。“アレ”だろ、“アレ”を先に始末すれば……ベイリーは戻って来るんだよな!」


 ヴァルディガはうわ言のようにそう言い、サニードをギロリと睨む。


「そうだ……。テメェだ。テメェさえいなくなれば!」


 ヴァルディガは、脅威であるはずのトロスカルやドラグナルを無視してサニードに襲いかかる!


「サニード!」

 

 這いつくばりながらも、マシェリーが飛び出してサニードを庇い、その背にヴァルディガの爪が突き刺さった!


「やめろぉッ! ヴァルディガァッ!!!」


 サニードの瞳が白銀に輝き、側にいたグリンが弾丸のように飛び跳ねて、ヴァルディガの顔を殴り飛ばした。


「がッ?! スライム……ごときにッ!! この俺がッ!!」


「マシェリー、大丈夫!?」


 サニードは慌ててマシェリーを抱き起こす。うっすら目を開いたマシェリーは血に濡れた顔で力なく微笑む。


「なんで、ウチなんかを……」


「……なんかじゃない。自分を大切に……して」


 マシェリーは、サニードの頬を優しく撫でた。


「よくも、ウチの従業員に手を出してくれたなぁッッッ!!」


 トロスカルが鬼の形相でユラリと立ち上がる。


「これ以上、犠牲を出すわけにはいかん。オズワルド」


「ええ。同感。竜の頂点の力、こんな誇りのない使い方をするもんじゃないね」


 ドラグナルが首を鳴らしながら立ち上がり、オズワルドは口の端から気炎を吐く。


「マシェリー……」


 サニードの周りの他の女の子たちが来て、「大丈夫。こっちで手当するわ」と、マシェリーを全員で支えて丁重に後ろへ連れて行く。


「トロスカル! ドラグナル! あそこを狙って! 何か変だった!」


 サニードは、ヴァルディガの円柱状となった尻尾を指差す。


「変?」「なんだと?」


 トロスカルとドラグナルは一瞬だけ疑問を顔に浮かべたが、質問の答えを待つ前に動き出した。


「クッ! 近づくんじゃねぇッ!」


 ヴァルディガは慌てたようにするが、トロスカルとドラグナルは左右別々の方から走り寄り、ターゲットが定まらないようにする。


「狙わせるかよッ!」


「グリンッ!」


 サニードが再び指示を出すと、グリンは壁と柱を利用して、跳弾のように跳ね回ってヴァルディガを翻弄する!


「邪魔だ!! 雑魚野郎が!!」


 ヴァルディガはその巨体がわざわいして、グリンのスピードに追いつけないでいた。


 その隙に、オズワルドが急接近し、ヴァルディガの顔に炎を連続で浴びせかける!


「何かわからんが、ここに弱点があるならこれでどうだッ!!」


 オズワルドの横一文字斬りが炸裂し、ヴァルディガの尾の先が切断される! ヴァルディガは「ああッ!」と叫んだ。


「吹き飛びなさいッ!!」


「よせぇッ!! やめろぉッッッ!!」


 ヴァルディガの制止を無視して、トロスカルの全力の拳撃が円柱状の尾を打ち砕く!


 そして──


 サニードの目が驚きに見開かれた。


「ベイリッド……父……さん」


 割れ砕けた破片の下から飛び出したのは、ベイリッド・ルデアマーの遺体だったのだ……。

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