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150 大精霊の正体

(およそ3,800文字)

 エヴァン郷の深部。


 そこは禁域、禁足地、神聖なる場所。そんな風に呼ばれ、儀式などがない限りはエルフたちの立ち入りを禁じている場所である。


「ネグレインがいつ生まれたのかは誰も知らない。それはファウドも、先代の長老ですらもね。エヴァン郷から枝分かれした里を治める村長たちも、郷を管理している上役たちも、当然知る由もないことだよ」


 先頭を進むイーガルナは話し続ける。


「間違いなく言えるのは、彼らの歴史はとてつもなく古く、ワシたちがエヴァン郷に住まう前から、この地に存在していたってことだね」


「始祖たちの精霊が森の深部に宿っているっていうのは? ネグレインもまた精霊の力で生み出されたと私は聞いていたぞ」


「そんなことまだ信じているのかい? おめでたいね」


「なんだと!?」


「まァまァ」


 気色ばむエセスに、ウェイローがおどけた調子でなだめる。


「古いエルフは誰もそんなの信じちゃいないよ。アンタみたいな若造どもを禁足地に立ち寄らせないための方便さ」


 エセスが閉口したのに、イーガルナは「ハン」と鼻を鳴らした。


「封印師はネグレインを操れるんでしょう? その正体を知らなくてもできるものなの?」


 サニードが尋ねるのに、イーガルナは鷹揚に頷く。


「ああ。ワシやアンタの母親もそうだったように、ネグレインを使役してはいたさ。ある程度の裁量権は与えられていた。けれども、従順なペットというわけじゃない。郷に戻れば、ネグレインは例外なく精霊大樹群へと帰る」


「裁量権……ですかァ?」


 ウェイローが興味深そうに顎髭を撫でた。


「ああ。実際、ネグレインに指示を出せるのは長老だけなんだよ。長老が“黒鍵(こくけん)”を使い、ネグレインの指揮権を封印師に貸与する」


「黒鍵! イーガルナ婆さんは知ってるの!? それはいったいなに!? なんなの!?」


 サニードが先に回り込むのに、イーガルナは「ちょいと」と立ち止まって目を白黒させる。


「名前は聞いたことあるってなだけで、それが何かまではワシも知らんよ」


「……話の流れからすると、ネグレインの制御装置と思えますが」


 オクルスが言うのに、イーガルナは「そうかもね」と微妙な反応を見せた。


「にゃら、ヴァルディガがそれをファウドから奪ったことでバケモノになったって言うのか?」


「待てよ。それならアニキは、その黒鍵に乗っ取られて操られてるんじゃねぇの?」


 ドゥマが少し興奮したように聞く。


「操られる? あのヒューマンの男は望んで力を行使していたようにしか見えなかったぞ」


「そりゃ、そこが操られたからってことで……」


 エセスに睨まれ、ドゥマの声が小さくなる。シャルレドが「そんなわけないのはオマエが一番わかってるにゃ」と言った。


「とにかく、黒鍵の入った杖を使ってネグレインたちに命令を与えるんだよ。それ以外じゃ言うことを聞かないよ」


「なら、封印師ってのは何のために存在するの? てっきりウチはネグレインの力を封印していると思っていたんだけど」


「ファウドがそう言ったのかい?」


「うん。ウチにじゃないけど、ヴァルディガ……今その黒鍵ってのを持っている男なんだけど、そいつと話す時に言ってた。『封印しろ。こんなところで目覚めさせていい力ではない』って」


 サニードは、同じ場所にいたエセスを見やる。


「あの時はそこまで深く考えていなかった。ファウド様はネグレインの制御を失い、それを抑え込む意味で言ったのだろうと……」


 エヴァン郷の戦士長でもその程度に認識だったのかと、シャルレドは「秘密主義もここに極まれりにゃ」と皮肉を呟く。


「けど、母さんはネグレインと心が繋がっていたみたいだった。封印師とネグレインは何か関係あるんでしょ?」


 イーガルナは「繋がっていた?」と少し驚いた感じに言う。


「……封印師ってのは、文字通りさね。郷を守る結界を張り続ける存在だよ。エルフの中でも魔法に卓越した者が選ばれるのさ」


 サニードもエセスも「そんなことは知っている」という顔を浮かべた。


「まあ、結論を急ぐもんじゃないよ。この郷の封印はネグレインの力の一部を利用して施されているのさ」


 オクルスとウェイローが目を見開く。


「なるほど。これは“封呪陣(ふうじゅじん)”でしたか」


「タハハ。これで得心がいきましたわァ。エルフが重ね掛けしているにしては、強すぎるとは思ってましたがァ」


「おい。なに2人だけで納得してるにゃ」


「説明してくれよ。なんだ、そのフウジュ……なんちゃらってのは?」


 シャルレドとドゥマが言うのに、ウェイローが「そうですなァ。どう説明したもんかですかなァ」と頷く。


「サニードさん。ペルシェにあったお宅で、アタクシが結界法について話したでしょう?」


「うん。札に魔法を込めて、それを配置して……“場”を作る? だっけ?」


「正解でさァ。よーく覚えてなすったねェ。平たく言えば、その封呪陣ってのは同じもんでさァ」


 サニードだけでなく、シャルレドもドゥマも首を傾げた。


「ですが、それに使うのは、術者の魔力でもなければ……」


「“ゲートロード”のような魔法道具でもありません」


 オクルスが続けるのに、ウェイローは頷く。


「え? でも、本人や道具の魔力なしで、どうやって使うの?」


「それは“呪い”ですよォ〜」


 ウェイローがおどろおどろしく言うのに、オクルスとイーガルナ以外が嫌そうな顔を浮かべた。


「の、呪いって……」


「世の中には、人間の負の感情を込めた魔法道具というものがあります」


「呪術物かにゃ。呪われた品なんて、変人コレクターしか買わねぇよ」


 シャルレドがベーと舌を出す。


「怨念ってヤツは厄介でしてね。長年積み重なったそいつはァ、魔力自体を変質化させ、悪い方向に強化させちまぅんでさァ」


 ドゥマが「エルフは長生きなんだろ? どんだけの恨みなんだよ」とブルッと肩を震わす。


「ネグレインが呪術物を使って作られ、この郷の結界を強化維持するための媒体として使っているのだとしたら、その制御を取り戻すことを“封印”と呼ぶのも頷けます」

 

 オクルスがそう説明するのに、サニードは「うーん」と考え込む。


「サニード?」


「え? あ、うん」


「なにか?」


「あー、いや、なんか……引っ掛かる気がして」


 サニードはこめかみを指でグリグリと押す。


「何がだよ? 今ので全部じゃねぇの? よくわかんねぇんだけど、つまりはその呪術物ってのを壊せば全部解決すんじゃねぇのか?」


 ドゥマがそう言うのに、全員がハッとした顔をした。


「な、なんだよ?」


「いや、オマエ……。なんかスゴイにゃ」


「いやァ、ソイツはァ……灯台元暗しと言うかなんと言うかですなァ」


 ウェイローは苦笑して額を叩く。


「でも、その呪術物ってのが黒鍵なんじゃないの?」


 サニードが聞くのに、イーガルナは首を横に振る。


「違うよ。ワシら封印師は、それを“御霊体(ごれいたい)”と呼んでおる」


「それって……まさか……」


「エヴァン郷に住む者ならば全員知っておる存在じゃよ」


「「大精霊様!?」」


 サニードとエセスは同時に声を上げる。


「……我らの崇め祀り信奉していた物が呪物だと!?」


「そんな! ウチらのご先祖様じゃないの!?」


 イーガルナは「うるさいねぇ」と小指で耳の中を掻く。


「偽りに気づいていたから、郷を出ていったんじゃないのかい? 外で戦争して、郷が築いたものがすべて虚構だと知ったんじゃなかったのかい?」


 イーガルナに静かに尋ねられ、サニードもエセスも黙り込む。


「それで、この先の精霊大樹群には……」


「お察しの通りだよ。ネグレインの親玉がいる」


「ネグレインたちの王……」


 サニードは、ベイリットの記憶を思い出して呟く。


「それが大精霊を守っている……?」


 尋ねるように呟くが、イーガルナはそれにはなぜか答えなかった。


「でも、母さんは確か……」


 サニードが記憶を掘り起こそうとした時、オクルスが顔を上げて辺りを見回す。


「なんにゃ?」


「……人の気配です」


 オクルスが言うのに、エセスが眉を寄せた。


「バカを言うな。この精霊大樹群には、郷を通してしか来れないようになっている。郷の警備は万全だ。我らが侵入に気づかぬことなど……」


 表情を変えぬオクルスに、エセスは不満そうに前を向いてから「あ!」と声を上げた。


「禁足地への結界が……」

 

 エセスが唖然と言うのに、この森に馴染みのないシャルレド、ドゥマ、ウェイローは不思議そうにする。


 サニードは草むらに屈み込んで、そこから割れた木片と紐を引っ張り出す。


「それはなんにゃ?」


「これもエルフの張った結界だよ。これが落ちてるってことは……」


「何者かがワシたちの前入り込んだってことだね」


 イーガルナが事もないとばかりに言うのに、エセスは未だに「そんなことが……」と呟いている。


「敵である可能性が高いでしょう」


 オクルスがそう説明する前に、すでにシャルレドもドゥマも剣を抜いていた。


「……行こう」


 サニードは全員の顔を見回すと、頷いて歩き出したのだった──。

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