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011 サクリフィシオ

(およそ3,500文字)

「……ウェンティ」


 夢を見ていることには、途中で気づいていた。


 この先どうなるか、サニードはその続きを見ることを拒否したことで目覚める。 

 

 五体への感覚が戻るにつれ、まず最初に感じたのはなんとも心地よい温かさだった。


「…あ。そうか。ウチ、お客さんのとこで寝ちゃって…」


 見慣れない天井を見やり、ここは宿だったのだと、昨日の事を少しずつ思い起こしていく。


「目覚めましたか」


 視線を動かすと、昨日とまったく同じ位置にオクルスが座っていた。


「え? まさか寝てないの? ウチがベッド使ったから…」


「お気になさらずに。横になって眠る必要はないので」


「そんなわけないだろ! そもそも、あんたのベッドで…って、なにこれ!?」


 起き上がろうとしたサニードは自分の身体の異変にようやく気づいた。

 掛け布団の代わりに、薄桜色をしたゼリー状のものが、顔の部分以外をすっぽりと覆ってしまっていたのだ。


「身動きが取れ…ない! お、溺れちゃう!」


 脱出しようとするが、手や足の動きに合わせて粘り気のあるそれが伸び縮みし、変に暴れたせいでゼリーの下の方へと沈みかけてしまう。


「その辺にしなさい」


 オクルスがそう言うと、ゼリー全体がブルブルと震え、サニードの顔の真横に“目”が現れた。


「ヒッ!」


 目玉はサニードをジッと観察したかと思いきや、それから何度か瞬きをする(目蓋があるわけではないので瞬きは正確ではないが、鳥類のような瞬膜のようなもので覆われた)。


「メディーナ」


 オクルスがそう呼ぶと、目玉は彼の方を見やった。それからズッズッという音と共に、ゼリーがベッドの端へと移動していく。


 サニードはゼリーから解放され、シーツの上にストンと落ちる。

 さっきまで半液体状のものに包まれていたのが嘘のようで、湿った様な痕跡すらなく、むしろ肌が高級なスキンクリームでも使用したかのようにツヤが出ていた。


「ウチに…一体なにを…したの?」


「貴女の睡眠中、体温の上昇と、それに伴う発汗をメディーナが感知しました」


 オクルスは、まとまったゼリーの塊の方を見やる。


「メディーナって、それの名前?」


「そうです」


 メディーナと呼ばれた塊の目玉が、肯定するように中で上下に動く。


「これは私の“サクリフィシオ”のひとつです」


「さくり…なんだって?」


「サクリフィシオです。ありていに言えば、私の分体…仲間や手下のスライムと言った方がわかりいいでしょうか」


「えっと、それで…その、メディーナは…なにをしたの?」


「メディーナは回復に特化したスライムです。貴女の体温を適宜に調整し、弱っていた免疫機能を高める役割を果たしていました」


「? えーと、それって、つまりはウチを治療してくれたって…こと?」


 オクルスはそれには答えず、メディーナを見やると「そうだ」と肯定するかのように前後に揺れた。


「……過度な緊張による疲労に加え、栄養失調が病を悪化させたと言っていますね。“悪夢”を見たのもそれが原因ではないか、と」


 まるで代弁でもするようにオクルスは言う。


「……ホントに魔物なんだ」


 サニードがポカンと口を開いて言うのに、オクルスは片眉をピクッと動かす。


「あー、昨日のことはあまりに現実離れすぎてて、夢かと思ったの。悪夢…って、ウチはうなされてた? なら、悪夢の続きなのかな?」


「……否定はしません」


 サニードは軽い冗談のつもりで言ったのだが、オクルスは自分と出会ってしまったこと自体が彼女にとって不幸であろうと思ってそう答える。


 サニードはベッドから降りると、メディーナに向かってぎこちない笑顔を浮かべて手を振った。


「治してくれてありがとう。メディーナ…えっと、あれ? 睫毛? 目玉に睫毛?? あるから…もしかして、彼女…なのかな?」


 メディーナの目玉には、ゼリー状の胎内を自由に移動するための繊毛がついており、サニードはそれを睫毛と見間違えたのだ。


「私たちに性別はありませんが…」


「おお! スッゲー! 身体が軽いだけじゃない! お肌モッチモチ! 髪がトゥルントゥルン! 美容効果もバツグンじゃん!」


 サニードは姿見に映った自分を見てはしゃぐ。


「絶対、この子は女の子だよ! 色もピンクだし!」


 指差されたメディーナの目玉が、グルンと左右入れ替わった。


「そういった区分は…」


「女の子! ウチがそう決めたから! 女の子なの!」


 おっかなびっくりとメディーナを撫でているサニードを見やって、オクルスは不可解そうにする。


「…でも、なんでウチなんかにこんなことまで?」


「こんなこと?」


「あー、ほら、ウチになんか価値があるって言ってくれたじゃん」


 自分で言うことかと、サニードは気恥ずかしそうにした。


「でも、お客さんからすれば、ウチの具合が悪くなろうが関係なくない?」


「…貴女が体調を崩した場合、今後の商売に不都合が生じますよね?」


「うん? ウチの商売が…ってこと?」


「ええ。病気でも客はとれるのですか?」


「いや、具合悪いのならムリかな。…ウチがどうってより、お客さんに風邪を移すんじゃないって怒られるかな」


「それは支障があるということですね」


「まあ…そうだね」


 なんとも妙な言い回しだったので、サニードは苦笑いする。


「私と契約を結んだ方が不利益を被るのは、“財与の商人”として不名誉なことです」


「“ざいよ”…?」


「私の商売人としての通り名です。魔族以外にはあまり広まってませんし、“罪与の商人”と呼ばれる事の方が多いですが、ね」


 サニードは、オクルスの顔をジッと見やる。


「……うーん。なんか固い」


「固い?」


「どうも喋り方が商人っぽくない」


 オクルスが反論しようとする前に、サニードが手を上げてそれを止める。


「なんだろ。ウチが知ってる商人って、ヘラヘラ愛想笑いをして、けど銭勘定にはうるさくて、相手の心にスルスル入り込んで、巧みに商品を買わせるみたいな…そんな卑怯なところがあるんだよね。ヒューマンとか、ドワーフとか。ま、ドワーフは愛想ないのも多いけど、喋りは上手いし」


 オクルスは別の町で、喧嘩をするみたいな物腰で商品を売っていたドワーフがいた事を思い起こす。あれが叩き売りという商売のやり方だと後から聞いたのだった。


「……なるほど。人間族相手の商売はまだまだ学ぶことが多いですね」


「そこだよ。あんた、なんか真面目に受け取り過ぎ。そこは笑って誤魔化して、自分の弱味とか相手に教えない様にしなきゃ。商売って、下に見られたらオシマイだよ」


「シヒヒ…」


「うッ!」


 オクルスが不気味に笑ったので、サニードは思わず身構える。


「失礼」


「そ、そんな感じ。笑うのって楽しいからだけじゃなくて、相手に『俺は余裕なんだぞ』って思わせるため…とかもあるの」


「なるほど」


「…って、ウチ、なんでお客さんにこんな話をしてんだか」


「…いえ、参考になりました。感謝します。サニード」


「へ? アハハ。こんなことで感謝されるなんて初めてだよ」


 笑っていたサニードのお腹から、クーという空腹を示す主張がなされ、彼女は恥ずかしくなって頬を赤く染める。


「あー、そろそろ、朝食に…行く?」


「そうですね。時間としては…よい頃合いかと」


 体感としての食事の時間を認識できないオクルスは、窓の外の日の高さを見てそう言う。


 サニードは洗面に行こうとして、鏡を見てその必要がないことを思い出す。毛穴の奥まで綺麗にしてもらった感じだった。


「…でも、もうこの仕事も終わりかぁ」


 扉の前で、サニードは一瞬だけ寂しそうな顔を浮かべた。

 この部屋を出て、朝食を摂るまでの約束になっている。それが終わってしまえば、オクルスとは赤の他人に戻る。サニードはなぜかそれを惜しく思ったのだ。


「…あ、先に出て待ってるね。オクルス」


 サニードは視線で“メディーナをなんとかしなきゃいけないでしょ”と伝え、気を利かせて先に部屋を出た。


 オクルスが左手をおもむろに伸ばすと、メディーナは本体に戻ろうとしてズルズルと動き出す。


 その途中でオクルスの指がビクッと震えた。


「……情報共有はする必要はない。私はサニード・エヴァンの夢の記憶に興味はない」


 メディーナの目がなにか言いたげにオクルスを見やったが、そのまま左手に吸い込まれて同化する。


「…? “心の傷を癒やす”だと? …なんとも無価値イニュティルな」

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