010 シャムム雑貨店にて
(およそ3,300文字)
オクルスは、ペルシェの町の様々な商店に顔を出していた。
仕入れられた情報といえば、ここ最近は武器や防具の需要が増え、まるで戦争準備をしているかのようだということだ。
そして、その戦争の話が出る度に、ベイリッド・ルデアマーの名前が上がる。その内容は、決していいものではなく、“元レンジャーの遊び人”、“ルデアマーの放蕩息子”、“サルダンの恥”……といった散々な評価であった。
大通りから外れた路地に、申し訳程度の看板があるのが見えた。ほとんどインクが消えかけていて、辛うじて雑貨屋だというのが分かる。
オクルスはしばらく辺りを見て、人の出入りがないことを確認してから店の中へと立ち入った。
店内は埃っぽく、中は所狭しと物が散乱しており、売り物かどうかも怪しい割れた皿までもが一括りに荒縄でまとめられ床に放置されていた。
触れて壊しでもしないよう、オクルスは慎重に奥へ進む。
「……あ? 客? いらっしゃいにゃー」
なんともやる気のない声が奥から聞こえた。
目を向けると、猫人の女がカウンターの上に顎を乗せてアクビしている。
黒と黄の斑の尻尾が、猫耳の間を左右に揺れていた。
「……レンジャーには見えにゃいけど、何かお探しかにゃ?」
「ええ。食材と調味料を少々……」
オクルスは目ざとく、棚に並んだ香辛料の種類が多いことに気づいてそう言った。
「料理人?」
「まあ、そんなところです」
「イロ豆だったらないにゃ」
「そうでしょうね。それは市場で買えます」
女は少しだけ笑って頷く。
「この国のヤツらはバカ舌ばっかにゃ。なにかと言うとイロ豆を炒ればいいと思ってるね。
調味料はその右の棚。食い物は乾物と干し肉しかにゃいけど……あ、パンなら朝仕入れたのがちょっとあるにゃよ。売れなきゃ晩飯にしようと思ってたやつにゃけど、それでいいなら」
「いただきましょう。チーズとミルク……あと、赤ワインも1本お願いします」
女はコクコクと頷くと、気怠そうに動き始め、紙袋に商品を詰め込んでいく。
「……品揃えがいいですね。これはモフ塩ですか。南方デマラグラン、セレムト山にある岩塩坑でしか採れない。まさかここで目にするとは」
塩壺を取り、オクルスは大袈裟に驚いてみせる。
「よく知ってるにゃ。他にもニレラの実やパルム香もあるよ」
「なるほど。もしやと思って入って正解です。こういった隠れた所に“本物”の店があったりする」
オクルスの褒め言葉に、気をよくしたのか女はニンマリと笑う。
「もしかして、中央から来た人かにゃ?」
「ええ。セルヴァンからです」
「そりゃ、長旅でご苦労さんにゃ。けど、よりによって小国サルダンの端なんかに? 首都のディバーならともかく、若い……若いにょな? 若いヤツらが来るようなところにゃないにゃ」
「失礼ですが、そういう貴女もお若く見えますが……」
キャッティの年齢は見た目では判別しづらいが、オクルスは毛並みの色や瞳孔の大きさなどでそう判断した。
「もしかして、ニャンパ?」
「……ニャンパ?」
聞き慣れない単語に、オクルスは訝しげにする。
「そら、うら若き乙女がこんな廃屋みたいな店構えてたら、ちょっかいかけたくなるのも分かるにゃし。お兄さん」
女は豊満な胸の谷間を開いて見せた。
「そういうものですか?」
「照れなくてもいいにゃ。でも、半分は冗談。実は乙女というほど、そんなに若くもないにゃ」
オクルスが表情を変えないのに、女は「ハン」と鼻を鳴らして胸元を閉じる。
「シャルレドだ。姓は店の名前と同じシャムム。よろしく」
「オクルスです。こちらこそ」
「了解。んで、“うら若き乙女”なシャルレド・シャムムが、大人しく店番なんかしてる理由がこれにゃ」
シャルレドは屈んで“靴”を脱ぐような仕草を見せ、カウンターの上にドシンと右脚を置いた。
その脚は膝下から先が失われ、膝から太腿にかけては、電紋のような痛ましい傷痕が延びていた。
そこでオクルスは、彼女が“靴”を脱いだのではなく、“義足”を外したのだと気付く。
「元発掘系レンジャーで、大陸中を旅して回ってたもんにゃ。それがちょっとの失敗でこのザマにゃよ」
「……それは存じなかったとは言え、失礼を」
「なんも悪いことはにゃいにゃ。料理人って嘘をついたのはどうかと思うけれども」
「ふむ。上手く誤魔化せたと思ったのですが……」
シャルレドは顎をしゃくって、調味料の棚を指す。
「モフ塩を知ってる料理人なら、その隣にある胡椒の方に目が行くにゃし」
「胡椒?」
灰色の粉のようなものが詰まった小瓶をオクルスは見やる。
「トウセ胡椒。商会が独占してるから、一般ルートではまず手に入らない。『言い値で払うから全部くれ』……って言わにゃいヤツは、まあ、まず料理に興味がないにゃ」
「それは勉強不足でした。……実は私も商売人でして」
「あー、やっぱり。商売敵だったにゃね」
オクルスは自分が失敗したことに心の中で舌打つ。
「商売と言いましても、シャムム氏のような希少な雑貨などを扱っているわけではなく……」
「あー、分かってるにゃ。アンタ、ヤベェーニオイがプンプンしてる。どう見ても堅気じゃない。闇商人なんにゃ?」
オクルスは目を細め、部下たちをけしかけるべきか逡巡する。
「でも、そういう危険なヤツはキライじゃない! 大歓迎にゃよ!」
「……」
「もしかして、アアシを殺そうとか思った?」
カウンターの下から、鬱金色のサーベルを出し、シャルレドはペロッと舌を出す。
「欲しいのは情報にゃろ? どうせ必要もない食料に支払うつもりだった代金と……追加のお気持ちプラスして、アアシから情報を買うってのはどうにゃ?」
「そちらに旨味があるようには思えないのですが……」
「退屈なんよ。この町はね。だから、こっちも久しぶりに面白そうな人が来て少しだけワクワクしているにゃ」
オクルスは頷き、懐から大金貨を取ってカウンターに置く。
「金払いがいいヤツは、キライじゃないを通り越してダイスキにゃ」
シャルレドはウインクして、投げキスまで披露する。
「んで、なにが聞きたいの?」
「ルデアマー家のことを」
「まさか、ベイリッドの回し者?」
「いいえ、単なる取引相手です」
しばらくオクルスの顔を見て、ややあってシャルレドは「なるほどね」と言う。
「アイツはヒューマンの中でも、アアシが知る限りじゃ最低最悪のクズにゃ」
「そう聞き及んでます」
「ルデアマー家の次男坊。サルダン領の領主、父であるコディアックが死にそうなのを察して、このペルシェに戻ってきたにゃ」
「元レンジャー……とか」
オクルスが、シャルレドの脚を見やって言うと、彼女のヒゲがピクッと動いた。
「アアシみたいに訳ありで引退したんじゃにゃい。ベイリッドにとっちゃ、レンジャー業も道楽かなんかに過ぎないにゃ」
「……放蕩息子というわけですか。しかし、家督を継ぐのは普通は長男。ベイリッド氏がどうやっても普通の手段で“陛下”となるとは思えないのですが」
「コディアックの子は3人居たにゃ。末っ子は頓死。長男ハイドランドは穏当なタイプで、コディアックの跡目に相応しいけれども、子供の頃から病弱で、今もディバーの本邸でほぼ寝たきりにゃ」
「それはそれは……」
「これだけなら、単なる指導者に恵まれない不幸な小国の話で終わるにゃ。問題は末っ子の死や、ハイドランドの病にベイリッドが関わってるんじゃないかって黒い噂がある点にゃ」
「本当なのですか?」
「さてね。ただ、ベイリッドが戻ってから、ガラの悪い連中が増えたにゃ。レンジャー崩れのね」
オクルスは、ヴァルディガのことを思い出す。
「悪いことは言わにゃい。そのベイリッドとの取引がなんだかも知らないが、さっさと止めてセルヴァンに戻った方が賢明だよ」
「心に留めておきます」
「オマエ、分かってねーにゃろ?」
シャルレドは少し考える素振りを見せた後、靴を履き始める。
「……よし。ちょっとデートしよーぜ」
「……?」




