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009 “名器”サニード

(およそ4,000文字)

「ちょっとちょっと!」


 部屋を出てそのまま1階へと向かおうとすると、扉の横に立って待っていたサニードが慌てて追って来る。


「あんたの方が脚が長いんだからさ、そうやってスタスタ行かないで!」


「失礼しました」


 オクルスが急に立ち止まったので、サニードはその背中にしたたかに鼻を打ち付けた。


「イッター! スライムなのに石みたいに固いッ!」


「その件は内密にすると……」


「わーってる、わーってるって。こんな軽口、誰も気にしないよ」


 低い鼻を擦り、サニードは周囲を見回して言う。


「それより、腕くらい組まなきゃ変に思われるよ」


「腕を組む?」


「そう。こうやって」


 サニードはオクルスの横に立って、腕を絡ませた。


「……これにどのような意味があるのですか?」


「いや、ウチとあんたは一晩を共にしたわけだよ?」


 頬をポリッと掻いて、少し恥ずかしそうにサニードは言う。 


「実際には何もなかったけど……」


「そうですね」


「まあ、周りはそう思っているわけ。ん? やることやったら冷たくなる男もいるって話もあったっけ? まあ、オクルスはそんなクソ野郎じゃないでしょ? “ザイヨの商人”はさ」

 

 オクルスは無表情のまま、サニードを見やる。


「あー、なんていうか、こうしないとね、ウチの価値が下がるの。評判が悪くなるってヤツ」


「なるほど。理解できました。プロモーションというわけですね」


「プロモーション?」


「顧客に、魔物の能力の一端を見せてから売ることがあります」


 魔物と一緒にされたことで、サニードは不服そうな顔をする。


「なんか違う気がするけど……そんな感じ。だから、あっ!」


 オクルスがいきなり組んでいた腕を横に伸ばしたのに、サニードは慌てて離そうとしたが、そのまま反対の脇から彼の手が覗いた。


「なになに?」


 両脇を通した状態で、そのまま彼女を片手で軽々と持ち上げた。


「うわっとと!」


 かなり不自然な体勢にもかかわらず、オクルスは重さというものをまるで感じていないようだった。


「こちらの方が貴女に歩幅を合わせるよりも楽です」


「楽とかそういうんじゃ……」


「さあ、行きましょうか」


「いやいや、ちょっとこれおかしいから!」


 オクルスの腕に脇を通してぶら下がっている姿は、洗濯物か干物にでもなった感じであった。


 サニードは少し考えた後、ぶら下がる体勢を変え、その腕に抱き着くようにし、太ももで彼の体を挟む。


 オクルスはチラッと視線をやり、彼女の掴まり易いように腕の位置を少し調整した。


「……まるで巨大蠕虫(ジャイアントワーム)にでもなった気分だよ」


 樹上に隠れ、その下を通る人間を襲う魔物の姿をサニードは思い浮かべる。


「天敵ですね」


「スライムにとって? そうなの?」


「ええ。私たちは捕食対象です。彼らの出す消化液からの脱出は困難です」


「そ、それはイヤだなぁ」


 まるで他人事のように淡々とオクルスは説明する。サニードは自分が消化されるのを想像して不快そうにした。


「……貴女を褒める時には、どのように言えばよいですか?」


「え?」


「“最高だった”とは言うつもりでしたが、それだけでは信憑性が薄いのでは?」


「ああ。まー、そうだね。でも改めて聞かれると……どう言うんだ? うーん」


 店で働いている同僚が、雇い主や客に褒められているシーンを必死に思い出す。


「えーと、“あの娘に癒やされたぁ”とか、“スゲーよい娘だったぁ”……とか、じゃない?」

 

 雇い主が褒めているところはあまりなかったので、店を出ていく客がそんなことを口走っていたとサニードは説明した。


「あとは、そうだな。“陶器のような白く滑らかな肌だ”……ってのも聞いたことある」


 芸術家気取りの客が、嬢の気を惹くために小難しい例えや美辞麗句を並べ立てていたことを思い出す。


「陶器? 骨董品は扱ったことがないのですが……」


「いや、そういうんじゃなく……あれ? でもいいのか。オクルスがいつも商品を自慢する……するよね? そういう風にしてくれたらいいと思う」


「なるほど」


 褒められた経験のないサニードには、それ以上のことは思いつかなかった。“最高”という評価だけでも御の字に思えたのだ。


「あ! 階段! ゆっくり! 落とさないで!」


 1階へ続く階段を目にしたサニードは、小さく悲鳴を上げる。


「ご安心を。私はそのような失敗はしませんので」


「うん?」


 サニードはまるでオクルスの腕に磁石で貼り付いたかのような感覚を覚える。

 よく見やると、触れている部分がゼリー化して、サニードに吸い付いているのだった。


「もしかして、その服も……」


「ええ。私の一部です。このようにして、私の(・)方からも貴女を掴んでいるのです。落とすことなどありえない」


「そっか。だから、変な体勢でもキツくなかったんだ。スライムって便利」


「サニード」


「分かっているって。もう言わないよ」


 少しも危なくなることなく、サニードを腕につけたまま安定して階段を降りて行く。



「コイツは……随分と変わったプレイだな」


 先に食堂に来ていたヴァルディガは、オクルスとぶら下がっているサニードを見て呆気にとられていた。


「昨夜は楽しめたみたいじゃないか」


 そう言うヴァルディガも、気怠そうにした美女2人をはべらかせ、皿に盛られた朝食のフルーツを口に入れたり、気まぐれに女の尻を撫でたりしていた。当人の精力はまだまだ余裕がありそうだった。


 彼の部下も同じように別のテーブルで、女と共に朝食を摂っている。


「まあ、座れよ。これからは友人なんだ。遠慮はいらねえ」


 ヴァルディガが向かいの席を顎で示したので、オクルスは頷いて座る。


 サニードはなぜかわざとらしく髪を掻き上げ、名残り惜しそうにオクルスの腕から離れる。


(あ?)


 そして上目遣いをしつつ、テーブルの上にあったサクランボを意味あり気にパクッと咥えた。


(何してんだ、コイツは?)


 ヴァルディガはわずかに眉を顰めたが、サニードの視線が女たちに向けられていることを知り、それがライバルに対する当て付けなのだと気づく。


(ガキかよ……いや、ガキか。こんなチンチクリンのどこがいいんだか、俺にはサッパリだ)


 サニードに挑発され、それに乗って睨み返している女たちに、ヴァルディガはうんざりした気分になった。

 そして、「もういい。行け」と、さっきまでの睦まじさが嘘だったかのように、ぞんざいに追い払った。


「おい。お前もさっさと……」


 空気を読まずにフルーツを口に放り込んでいるサニードも追い払おうとしたが、オクルスがジッとサニードの行動を見ているのに気づき、ヴァルディガは天を仰ぐ。


(ご執心かよ。ま、都合がいいけどよ。こいつならクズリからは安く買い叩けそうだしな)


 色気より食い気のサニードを見やり、ヴァルディガは頭の中で買値を決める。


「……で、満足してもらえたかい?」


「それはもちろん。最高でしたとも」


「最高ねぇ……そんなよさそうには見えねえんだけどなぁ」


 からかい半分に、ヴァルディガはサニードを見やった。


「とんでもないことです!」


 オクルスが前のめりになるのに、ヴァルディガはギョッとする。


「彼女はサトマリア産の上質な珪石にて造られた流麗な磁器が如く! 打てば凛と響き、身も心も魅了される最高級品ですとも!!」 


(本当に骨董品の紹介のままじゃん……)


 突然、饒舌に語りだすオクルスに皆がびっくりするが、サニードだけはそれが単なる何かしらの定型文に過ぎないと分かっていた。


「最高級品ねぇ……」


 ヴァルディガはやや胡散臭そうにサニードを見やる。


「ええ。誰もが気に入る“名器”ですとも!!」


「うえッ!?」


 両手を開いて大声を出すオクルスに、サニードはサクランボの種を呑み込み、目を丸くして驚く。


「マジか……そんなにかよ……」


 ヴァルディガはゴクリと喉を鳴らし、マジマジとサニードを見やった。

 気づいたら、店中の男たちがサニードを固唾を飲んで、食い入るように見ている。


「へ、へへ……(なんてこと言ってくれてんだよ!)」


 サニードは冷や汗をかきつつ、愛想笑いを振りまく。


「シヒヒッ!!」


「げっ!」「うっ!」


 最悪のタイミングでオクルスが笑った。それを見た誰もが、昨夜の出来事を思い出し、邪悪な笑い声を上げたのだと信じて疑わない。

 

「あ、アンタ……“真正”だったんだな……」


「……失礼」


 オクルスが真顔となったので、それを肯定と受け取ったヴァルディガは頭を掻いて頷く。


「まあ、好みは人それぞれだ。……それより、そろそろ細かい話の続きをしようぜ」


「ええ。そうですね」


 ヴァルディガが視線で「もう行け」と言ってるのだと、さすがのサニードも理解した。


「あ……」


「こっちの仕事は終わり。帰るよ、サニード」


 仲間の女性のひとりが声をかけてくれる。約束した時間は朝まで。それが終われば赤の他人……それがこの仕事の常だ。


「オクルス……さん、その……ありがと」

 

 サニードは小さな声で、オクルスだけにそう伝えようとしたのだが、彼はサニードの方を見ることもなかった。


「オクルス?」


「ねえ、はやくしなよ」


 女性に腕を掴まれ、無理に席から外される。


(ウチは雇われただけ……。もう関係は終わり。でも、色々話したじゃん。最後に挨拶くらい返してくれたっていいのに……)


 サニードはモヤモヤした気持ちを胸に抱いたまま、宿を後にしたのだった。

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