012 瓶詰め以下の正義
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「あん?」
リーダー格の男が殺気に気づき、腰を低く落とした。
次の瞬間、旋風のようにキャッティの女が現れ、店主と娘を拘束している男たちを一瞬のうちに鞘で叩きのめした。
「おいおい」
リーダーは天を仰ぎ、それから困ったように眉根を押さえる。
「シャルレド・シャムム。最近は大人しくしてたじゃねぇか。改心したんじゃなかったのかよ?」
「それは生憎にゃったね、ドゥマ。猫は気まぐれにゃし」
ドゥマと呼ばれたリーダーは、大きく嘆息する。
「やり合うと、アニキがうるせぇんだよ。なにせ、オメェはオヤジとアニキのお気に入りなんだかんな」
「ヴァルディガに言っとけ。小物が大物ぶってると、デカい鼻っ柱を噛まれるにゃってね」
倒れている手下の頭をシャルレドはコツンと蹴る。
「……メスネコが。調子こきやがって」
ドゥマの額に青筋が立った。
「よ、よしとくれ。余計なことはせんでくれ」
コボルトの老店主が、シャルレドに懇願するように言った。
「“余計なこと”? 正気かい? このままじゃ、オマエの孫は連れて行かれて、瓶詰め以下の扱いにゃ。取り返しのつかないもんを売るハメになるんだぞ?」
「……ああ。分かっとる。分かっとるが、金を持ってかれた時点で諦めはついとった」
シャルレドの眉間にシワが寄る。
「それに、この娘は孫じゃない……」
店主が苦しげに呟くと、娘は悲しそうに俯く。
「は? どういうことだ?」
「この娘……チルアナは養女なんじゃ。この店を継がすために引き取ったに過ぎん。店が存続できぬなら、もう私には……」
その後に続く言葉はなかったが、ほぼ間違いなく「娘は必要ない」だろうと知り、シャルレドはギリリッと歯軋りする。
「養女だろうがそんなこと関係あるかにゃ! オマエを“おじいちゃん”と呼んで慕ってるんじゃねぇのかよッ!」
「ヒャッヒャッ! こりゃ傑作だねぇ!」
ドゥマは手を叩いて笑う。
「……何がおかしい」
「おかしいに決まってんだろ? 正義感から飛び出して来たはいいが、当の被害者はオメェの手なんざ借りたくねぇってさ」
その通りだとばかりに店主は頷く。
「それがどうした? アアシがやる事はなんも変わらねぇにゃし!」
「で、誰を救うんだい?」
「決まっている!」
シャルレドの目は、チルアナを一瞬だけ見やる。
「救えねぇよ。人を救えるのはコレだけさ」
金の入った瓶詰めを上下に揺すり、ドゥマは先割れした舌を出す。
「ジーサン、今日、オイラは機嫌がいい。情けをかけてやるぜ」
ドゥマが瓶を放ると、老店主は慌ててそれを受け取る。
「金の半分は返してやる。そんで店は維持できんだろ?」
「あ、ありがとうございます!」
「ただし、条件がある」
「条件?」
「その金で別の跡継ぎを買えや」
「は、はい!」
店主の瞳に輝きが戻り、反対にチルアナの表情が絶望のものへと変わる。
「ゲス野郎がッ!!」
「イヌのムスメ! さあ、選ばせてやるよ。オイラたちに付いて来れば、朝昼晩にオヤツも付きで食わせてやる。食いっぱぐれるこたぁねぇ。だが、ここで寄る辺もなく、野垂れ死にするのを選ぶのもいいさ。さあ、オメェは自由だぜぇ〜」
「わ、私は……」
「こんなクソみたいな選択! 選ぶんじゃねーよ!!」
「チッ!」
シャルレドがサーベルを構え、片脚で跳ねて斬り掛かるのを、ドゥマが腰から抜いた双剣で受ける。
何度か斬り結び、耳障りな金属音と火花が散った。
「囲え! ヤツは見ての通り早くは走れねぇ! くれぐれも殺すな! だが、実力は元レッドランク相当だ! 油断するなよ!」
ドゥマが指示を出すと、手下たちが武器を構えてシャルレドを包囲し始める。
店主は瓶を抱えて真っ先に店の裏へ隠れたが、チルアナはどうするべきか逡巡したせいで逃げ遅れてしまった。
「アニキ! アイツはどうします?」
「あ?」
「自分は見ましたぜ! 猫女と一緒にいた男です!」
今まで成り行きを見ていたオクルスを、手下のひとりが指差す。
「知り合いか?」
「いいえ……」
「ああ! アアシの彼氏さ!!」
否定しようとしたオクルスの言葉に被せ、シャルレドはニヤリと笑った。
「オメェも趣味が悪くなったもんだな。まあ、ヴァルディガのアニキに聞いたら間違いなく『殺せ』って言うだろうかんな。……構わねぇ、殺せ」
ドゥマの手下が3人、オクルスの方へと向かう。
「本当に私は無関係です」
「知らねぇよ!」
横に振るわれる剣を、オクルスは後ろに退いて避けた。
「私はベイリッド氏の取引相手です。殺すと困ったことになりますよ」
「口からでまかせを言うな! ドゥマのアニキが殺せって言ったんだから殺すんだよ!」
面倒なことになったと思いつつ、自分から攻撃するのを避けていなし続ける。
(さて、どうしたものか。この場合、シャルレドを殺すのがいいか? いや、あのドゥマという男の言うことが正しければ、問題が大きくなるだけか)
オクルスは、大立ち回りをしているシャルレドを見やる。
(実力自体はシャルレドの方が数段上だろう。しかし、足のハンデと人数差を覆すほどではない)
その見立ての通り、最初は優勢だったシャルレドも徐々に息が上がっているのが分かる。
(ドゥマも元レンジャー、か。あの動きは傭兵経験もあるな。強い)
手下たちが抑えている間、ドゥマは虎視眈々とシャルレドの弱点を突き、次第に追い詰めていく。
「クソ……ッ」
「諦めて剣を下ろせ。キズつけたかぁねぇんだからよ」
「ハッ! それなら黙ってアアシに斬り刻まれろや!」
「ったく、めんでぇーな。ホント、口だけは減らねぇヤツだぜ」
ほとんど勝敗は決していた。ドゥマは余裕綽々と剣を振るが、受けに回ったシャルレドは右足の踏ん張りが利かずに動きが鈍ってくる。そこを手下たちがさらに追撃した。
「もうやめて! 卑怯よ! たったひとりの女性を相手に!!」
怯えて身動きがとれなくなっていたはずのチルアナが声を張り上げた。シャルレドが自分のために身体を張っているのが、いたたまれなくなったのだ。
「うるせぇよ!! 引っ込んでな!!」
近くに居た男が裏拳で殴りつけ、チルアナは悲痛な声を上げて倒れる。
「その娘に手ぇ出すにゃ! アアシが相手してるだろうがッ!!」
シャルレドが激するのに、ドゥマはニヤッと笑う。
「いや、喜んで手を出すね。シャルレド。オメェにはキズをつけられねぇが、それ以外のヤツは別だ」
「クソ野郎がッ!!!」
「そりゃ褒め言葉だなぁ!」
ドゥマが顎をしゃくると、手下たちが倒れたチルアナを捕まえようと動き出す。
「い、イヤァ! やめて! 来ないで!」
「逃げるな!」
チルアナは這いずるようにして逃げる。
殴られた鼻柱のせいで、涙と鼻血でグショグショになりながら、誰か助けてくれる人は居ないかと探す。
しかし、遠巻きにしている人たちは気の毒そうな顔は浮かべているものの、チルアナと視線が合うとフイと目を逸らしてしまった。
その中には自分の義理の“祖父”も居たのに、今じゃ本当に赤の他人のような顔を浮かべている。
(誰か! 誰か!! 誰でもいい!! あの猫人を助けて!!)
そして、指先が固いブーツの先に当たる。
チルアナはハッとして顔を上げ、その脚を掴んで、垂れ下がった手に縋る。
「お、お願いします……助けて……」
チルアナは、そのブーツの持ち主の顔を見て、助けを求めたことをすぐに後悔した。
それはオクルスで、シャルレドを見やるその目にはなんの感情もなく、ただ冷たさしか感じられなかったからだ。
「ヒャッヒャッ! 相手を間違えたな! ソイツは逃げてばかりで戦う気はねぇってよ!」
ドゥマの指摘は正しかった。さっきからオクルスは攻撃を躱すだけで、手下たちが疲れ果てて息継ぎしている中、まるで考え込んでいるように棒立ちになっていたからだ。
「あー、そろそろ飽きたわ。シャルレド。もうやめよーぜ」
「ふざけるな!!」
シャルレドは、チルアナを助けようと向かわんとしていたが、手下たちがそれを阻む。
「そうかい。なら、馬鹿な猫でも理解できるようにしてやんよ。おい。その娘の片脚を斬り落としてやれ」
「なッ?!」
「シャルレド。オメェのせいで、オメェみたいになる可哀想な娘ができるんだぜェ! ま、脚の1本なくても客は取れっからなぁー!! なんの問題もねぇーよ!!!」
ドゥマは割れた舌を揺らして、心底邪悪な笑みを浮かべる。
「あぅッ!」
手下のひとりがドゥマの指示に従い、チルアナの頭を地面に押さえつける。
もうひとりの手下がオクルスの顔をチラッと見やった。
彼は手下たちにも、危機に瀕したチルアナにも一瞥もくれず、シャルレドの方だけを見ていた。
「コイツ、俺らをバカにしてんのか?」
「そっちは後だ。まずは女が先だ」
「や……やめてぇ……!」
横目に手斧を持った男が近づいて来るのに、チルアナは真っ青になる。
「じっとしていろ!」
チルアナは逃げようと暴れるが、犬耳を乱暴に掴まれ、スカートを破かれ、無理やり脚を広げさせられる。
「へへ。こいつも仕事だ。悪く思うなよ」
手斧を持った男が、チルアナの足首を掴み、その白い脚を目掛けて振り下ろし──
「ブベッ!」
手斧が今まさに太腿に触れようとした瞬間、男の顔が大きく歪んでその場に転げる。
「なにやってんだぁ……? うっ!?」
ドゥマは最初、手下が悪ふざけでもしたのかと思ったのだが、次の瞬間に周囲に放たれた殺気に背筋が凍った。
「……私に逆らうな。殺すぞ」




