013 オクルスの不快感
(およそ2,900文字)
「こ、この野郎! 攻撃を全部避けやがる!」
「なんてすばしっこい野郎だ……ゼェゼェ」
「速い? 速い……かぁ? なんかそれとは違う気がするけど……それにしても、一向に当たらねぇ!」
手下3人は荒い息を吐いて動きを止める。オクルスが反撃しないことをいいことに、呼吸を整えて体勢を立て直そうとする。
オクルスはこの隙に逃げるべきかとも考えたが、ドゥマがシャルレドを始末しないのであれば、後から彼女がありもしない話を広める可能性もある。
(迂闊だった。なぜ私は偽名を使わなかったのか? 信じたとでもいうのか、“人間”を。これは後悔……ああ、なんとも意味のないことだ)
「お、お願いします……助けて……」
チルアナに靴先を触れられて、オクルスは初めて彼女の存在を認識した。
接近を許したのは、そこに敵意を感じなかったことと、シャルレドを優先していたからに過ぎない。
(助けて? 何を言っている? 交渉する相手が違うだろうに……)
オクルスは女を無視する。ベイリッドの部下たちからも粗末に扱われていることから、価値は微塵もないと判断したのだ。
手を振り払おうとして、オクルスはハッとする。
掴まれている自分の指から、“意図せぬもの”が出ていることに……
「え……?」
殴られた鼻の痛みが瞬時に消えたことに気づき、チルアナは不思議そうに自身の顔に触れた。
(メディーナ……!)
指先から出ていたのはメディーナの触覚だった。それはオクルスが命じたことではなく、“独断”でチルアナを治癒したのである。
(感化された? 人間の記憶に触れたせいか? このコボルトに同情しただと?)
オクルスの疑問に、メディーナは沈黙する。普段、感情を動かすことのないオクルスはそれを不快なものだと認識する。
ふと視界に手下のひとりが手斧を振り下ろそうとしているのが目に入った。それが何を狙っているものかも考えずに、オクルスは指から“球”を放つ。
「ブベッ!」
手斧を振り下ろそうとした手下が、その場に崩れ落ちた。
(? チッ。“私を狙った”ものじゃなかったか……。メディーナ。答えろ)
オクルスは内面に意識を集中させたが、指先部分にいるメディーナからは返答がない。ますます彼の中で不快感が拡がる。
「あ、あの……」
「……私に逆らうな。殺すぞ」
「ひ……う……ッ!」
その言葉はチルアナに向けてのものではなかったが、オクルスが思わず発露させた怒気に当てられ、チルアナは呼吸が止まりそうになる。
彼女が恐怖心に囚われていることなど構わず、オクルスはすでに考えを切り替えていた。
(仕方がない。殺しさえせねば、言い訳が立つだろう。このまま静観している方が状況が悪化する)
「お、おい。テメェか? 今なにをやった?」
さっきまで戦っていた手下たちが怯えたように、カタカタと震える剣先を向けてくる。
(“毒”、“酸”……論外。“麻痺”……一番楽だが、中枢神経に影響を与える。加減を少しでも間違えると殺してしまう。それに後で手段を聞かれると面倒だ)
「おい! 聞いてるのか!! 返事……ンブッ!」
オクルスを取り囲んでいた男たちが一斉に倒れる。
「は? なんだ? 魔法か?」
さっきまで笑っていたドゥマが警戒心を露わにした。
「魔法じゃにゃい。何か“飛ばし”てるけど……アアシの目にも見えない……」
シャルレドの言う通り、オクルスは指先にゴムのような球状の物を作り出していた。それは“自身を千切ったもの”を超高速で飛ばしていたのだ。
(下顎に当てれば、脳震盪を起こす。が、あの2人は少しレベルが高すぎるな。この距離で当てても気絶まではさせられない)
オクルスは先に、ドゥマの手下に次々と球を撃ち込んで、あっという間に全員を倒してしまう。
「じょ、冗談じゃねぇぞ! ふざけんな! オメェ、いったい何者だ!? オイラたちが誰だか知ってんのか!?」
急に小物臭いことを言い出すほど、ドゥマは追い詰められていた。
しかし、オクルスは無言のまま進んで来る。
「……どういう心変わりだにゃ?」
胡散臭そうに、シャルレドは腕を組む。
「小蝿が目の前を飛んでいたら鬱陶しいでしょう。それを追い払うだけのことです」
「コバエだ? それ、オイラのこと言ってんのか!?」
「気に食わないが、礼は言っとくにゃ」
「無意味です。貴女のためではありませんから」
オクルスは左手を伸ばし、ドゥマを掴まえようとする。
彼は剣を振るって抵抗するが、その隙間を縫うようにしてオクルスの長い手が素早く動く。
「うっ! ギャアアッ!」
ドゥマの双剣を払い落とした上で、オクルスはあっという間にその頭蓋を鷲掴みにして持ち上げた。
「ど、どういう腕力してるにゃ……」
「は、離せ! 離しやがれ!!」
「少し静かにして貰えませんか? 交渉したいのです」
それを聞いて、シャルレドは眉を寄せる。
「こ、交渉だ? 人の頭を掴んだ、こんな……グッギギギッ!」
オクルスが少し力を入れると、足をバタバタさせていたドゥマが大人しくなる。
「私とシャルレドはこの場に居なかったことにして貰えないでしょうか?」
「は、ハァッ?!」
「貴方は貴方の仕事を果たしました。部下と共に金を持って、このまま大人しく帰って頂きたい」
「……おい」
シャルレドが睨んでくるのに、オクルスは鷹揚に頷く。
「貴女の望みは、あのコボルトの女性の解放でしょう。それも条件に付け加えましょう」
シャルレドは、チルアナと老店主を見やり、それから大きくため息をついてサーベルを鞘にしまう。
「グッ! へ、へへッ! こんな舐められた真似してそんなことできるかッ! オイラの頭を潰すか!? いいぜ、やれよ!! 仲間が必ず報復する! そうしたら、オメェもこの市場ももう終わりだ!!」
「いいえ、貴方は殺しません。受け入れて貰えないのならば、私がシャルレドを殺します」
「はァ!?」
素っ頓狂な声を上げるドゥマ。真顔を保っていたシャルレドはプハッと吹き出して笑う。
「オメェ! シャルレドの男じゃねぇのかよ!?」
「何の話ですか?」
「ニャシシ。オマエ、やっぱ面白ぇヤツにゃ」
「このアマ! つまんねぇフカシこきやがって! 無関係なら、オイラたちが争う理由なんてねぇじゃねえか!」
「最初からそう言っています。聞く耳を持たなかったのはそちらです」
「つれないこと言うなよ、ダーリン。愛する男に殺されるなら、アアシは大歓迎にゃし。そういうシチュは興奮する!」
「……それはもしかして冗談ですか?」
オクルスは真顔のまま、シャルレドを見やる。
「ああ? ニャシシ。当たり前だろ」
シャルレドに振り回されることに、オクルスは少し呆れた。
「……よお。その辺で勘弁してやってくれねぇかな」
「!」
ドゥマを捕まえていたオクルスの左腕を、横から伸びた何者かの手が掴んだ。




