第82限 革命事件・制圧
※別サイト「ノベルピア」にて、第一回ウェブ小説大賞の中間選考を突破いたしました!
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「たしかこっちだったな」
「ああ。でも一度の笛じゃな……」
新校舎の生徒用玄関である下駄箱で、風紀委員の二人が息を整えながらやり取りしている。
問題発生を報せる笛が鳴ったのを聞いて駈け出した二人だが、その音源の場所が正確に掴めていなかった。
「……グラウンドの方……とか?」
「グラウンド? 誰がこんな時間にグラウンドなんかにいるんだ」
「……そっか、そうだよな」
グラウンドからの笛を疑った委員だったが、自信はなかったようで、腰に手を当てて「お手上げだな」と言った。
しかし、その直後に再び、「ピイー、ピイイー」と二度、笛が鳴る。
今度の音は近い。
方向は……
「……な? グラウンドだろ? 言ったろ?」
「……俺もちょうどそうじゃなかと思ったトコだよ」
軽口を叩きながら、二人は一度顔を見合わせると再び走り出した。
屋外に向けた壁がガラス張りになっている生徒用玄関を抜けて、二人はグラウンドの方へ向かう。鳴り止むことなく、桐可市を囲う山々に木霊する笛の音を追って。
◆
体育倉庫前。
短い間隔を開けて鳴っていた笛を追ってやってきた風紀委員の二人は、そこで地面に蹲る女子生徒を見つけた。
金色に染められた長い髪の女子生徒は、「ぐす、ぐす」と声を漏らして泣いていた。
拳銃の納められたホルスターに手を掛け、警戒態勢で現場へ急行した風紀委員の二人だったが、見つけたのは化け物でも暴れる男子生徒でもなかったため、顔を見合わせてから、警戒を解いて彼女の元へ駆け寄る。
「うっ、うう……」
必死に涙を拭う仕草を繰り返す女子生徒。
彼女に風紀委員の一人が声を掛けた。
「……おい、大丈夫か?」
彼女のそばにしゃがみ込んだ彼。
すると、
「……え、うわっ」
泣いていた女子生徒は、滂沱の涙を湛えたその顔を上げると、声を掛けてくれた彼にバッと抱き着いた。困惑しながら、風紀委員の男子生徒が胸の中にすっぽりと納まる女子生徒に目を落とす。
「うっ」
視線をやれば、そこには、二つの肌色の丘があった。
女子生徒の着ている制服は、ひどく乱れていて、胸元が露出し、スカートは所々捲れてしまっている。
目のやり場に困った風紀委員は口を引き結んで上を向き、「ど、どうかした、のか……?」と緊張気味に尋ねる。ちなみに彼の相棒はといえば、悔しそうな顔をしながら、チラチラと彼女の肌色に目を運んでいた。
「それが……」
事情を聴かれた金髪の女子生徒は、また「うう……」と弱気な声を漏らす。
「それが……その……男の子三人組に、ここで乱暴されて……」
彼女の言葉に風紀委員の二人は真面目な顔つきを取り戻し、顔を見合わせた。
「も、もう大丈夫! 俺たちが来たから! で、その男たちはどこに?!」
女子生徒に抱き着かれた彼はひとまず彼女の体を自分から引き剥がし、犯人がどこへ行ったのか問う。
すると女子生徒は、恐る恐る、という風に自身の後方へ首を巡らせ、目を向けた。
その目線の先は、体育館の裏。体育館の高い壁と、学園を囲う白塗りの3メートルの壁に挟まれた路地のような場所。子供が絵具で塗りつぶしたかのような、全く光のない路地のようだ。
「……犯人たちは、複数人なんだな?」
風紀委員の片割れも彼女のそばにしゃがみこみ、そう確認すると、彼女はコクリと頷いた。
「うん……。それで、あなたたちが来る前に一人、別の風紀委員が助けに来てくれたんだけど……。その人は私を襲った男の子たちを追って、あっちに……」
彼女の証言を聞き、風紀委員の二人は立ち上がって、小声で状況を整理しつつ、対応を話し合う。
「じゃあさっきの笛は、ソイツが鳴らしたんだな」
「ああ。だが一人で追った……のか……。俺たちを待たずに」
「逃がしたら捕まえられないと思ったんだろ。暗いし、顔を確認できなかった……とか」
「……そう、か」
「どうする? 俺たちも追うか?」
「……その方がいいんじゃないか。犯人たちを追ったその風紀委員も心配だ」
「応援を呼ぶか?」
「時間が惜しいだろ。それに、俺たちのどっちかが一人で犯人たちをまた追うのも危険だ」
女子生徒を襲った男子生徒たちを追うことに決めた二人。
片方は「ふー」と息を吐き、もう片方は自分にすべきことを納得させるように小さく頷いてから、覚悟を決め、腰のホルスターから拳銃を引き抜いた。
「……久々に大仕事だな」
「上手くいけば手当が付くぞ」
仲のいい二人は、「いくぞ」「ああ」とやり取りをして、互いの肩を小突き合う。
「……危ないから、校舎へ戻って。そして風紀委員会本部に行って、伊予委員長を呼んでくれ」
風紀委員にそう言われ、女子生徒は涙を拭ってから立ち上がり、「うん」と頷いて、小走りで校舎の方へ戻っていく。
その背を数秒見送ってから、二人は拳銃の安全装置を解除し、構えながら、互いをカバーするように、体育館裏の細く暗い道へ足を踏み入れていった。
◆
真っ暗なその道を、二人の風紀委員が進む。
視界を確保するのは、細い光を発する懐中電灯の光だけ。
「ふー、ふー」
その懐中電灯を左手で逆手持ちにし、その腕を支えにするように右手で拳銃を構えながら、二人は進んでいる。緊張が汗と、荒れた呼吸に出る。
体育間の裏は、使われなくなった運動部のシューズ箱や、積み重ねられた古いタイヤ、ホースや使えなくなったネットなどの入った段ボールやテントの骨組みなんかが乱雑に放置されていて、思った以上に死角が多い。
婦女暴行を働く凶悪な男子生徒が、このどこかに隠れているかもしれない。
いざ本気の喧嘩になったとき、人数負けしないか。
こちらには銃があるが、本当に撃てるのか。
もし撃ったとして、相手を殺してしまわないだろうか。
先に一人の風紀委員が犯人グループを追ったらしいが、無事だろうか。
もしかしたら、その委員は拳銃を奪われているかもしれない。
……死ぬ、かもしれない。
そんな不安が二人の頭を支配している。
一歩一歩に時間を掛けながら、二人は路地の奥へ奥へと進む。
聞こえるのは、自分の荒れた呼吸、砂を踏む自分の靴の音だけ。
自らの意思で奥へ進んでいる感覚はもはや二人にはなく、何か恐ろしい者に惑わされ、かどわかされ、引きずり込まれているような感覚を覚える。
ふー、ふー。
荒れた呼吸。
ザッ、ザッ。
靴が踏む砂。
ドッ、ドッ。
体伝う鼓動。
緊張が張り詰める、その時。
「……ッ!」
背後からの足音と自分たちの背を照らし出す光に、風紀委員の二人はバッと振り向き、拳銃の照準を覗き込んだ。
「ま、まて、撃つな! 俺だ! 援護に来た!」
照準の向こうにいたのは、両手で顔を守り、「やめろやめろ」と言っている見知った顔だった。
黒い制服に、左腕の「風紀」の腕章。
二人の仲間であった。
「お、脅かすな」
咄嗟に振り返った委員は、深呼吸しながら天を仰ぎ、そう言った。
「お、脅かされたのは俺だ」
拳銃を向けられた新たに現着した風紀委員。
彼の背後には、他に二人の委員が立っていた。
これで、総勢五名。
「金髪の女子が委員会本部に来て、事情を話してくれたよ。すぐに来れるやヤツらも呼んできた」
「助かるよ。委員長は?」
「来てくれている。『裏から回る』と言っていたから、挟み撃ちにする算段なんだろう」
人数が増えたことで、多少、緊張が収まった二人。
さらに委員長である伊予も来ているというので、二人の顔に余裕さが戻る。
「よし、慎重に進もう」
一人がそう言って進み始めると、残りの面々もそれに従う。
懐中電灯は三本になり、照らされる範囲が増え、六人の歩みは、二人の時の倍以上に早い。
右手側にある白いコンクリート塀の向こうでガサガサと木々の擦れる音がすれば全員で反応し、誰かが足元のゴミを蹴っ飛ばせば懐中電灯の担当は全員がそのゴミを懐中電灯の光で追う。
そして、しばらく進むと、
「ん? おい、アレ……」
グループの前方で懐中電灯を構えていた委員が何かに気付き、一点を照らし、目を細めた。
数メートル先。通り道の真ん中に、何かが置かれている。
「あ、あれ……」
となりにいた別の委員がその正体に気付く。
人だ。人が倒れている。
「は、犯人を追った風紀委員って、アイツだろ……! お、おい大丈……!」
彼が慌てて一歩踏み出すが、その足が地面に着くとベチャッと濡れた音がして、彼は違和感に言葉を止めた。今までの砂の感触とは違う、濡れた感触。
その感触の正体に嫌な予感がして、彼は一瞬硬直してしまう。
「し、下。下、照らせ」
そう言われ、仲間が彼の足元を照らす。
そこには、水たまりがあった。
「こ、これ、血、か……?!」
血ではないか、という指摘に、別の委員が水たまりの前に座り込み、その水面を懐中電灯でよく照らしてみる。暗いため、懐中電灯で照らしても色は判別し辛いが、たしかにそれは赤い水たまりであった。
先で倒れている委員。
そばにある赤い水たまり。
その状況に、全員が同じ推測をした。
……仲間が襲われ、大量に出血している。
恐ろしいその可能性に全員が拳銃を前方に向けて構え直した。
「……き、気を付けろ。犯人の奴らは相当凶悪だぞ。とにかく彼の安否を……」
風紀委員の一人がそう指示を出し始めたとき、
「おいおい、誰が凶悪だって……?」
と別の声がした。
風紀委員たちの声ではない。その声に、彼らはバッと拳銃を声のした方へ向けた。
「だ、だれだ!」
敵機を探す探照灯のように、三台の懐中電灯がその光の筒で声の主の姿を探す。
バラバラだった三本の光はやがて一点で重なり、声の主を浮かび上がらせた。
捨てられたスチールロッカー。
その物陰から、ポケットに手を入れた男子生徒が現れた。
彼に、風紀委員の一人は見覚えがある。
「……伯耆……?」
伯耆をよく知る彼だが、知っているがゆえに動揺してしまう。
「そ、そこの風紀委員はどうしたんだ?! お前がやったのか……!」
拳銃をさらに突き出して、彼は伯耆に何が起こったのか、何をやったのかを問いただした。
そんな声を荒げる彼を嘲笑うように、伯耆はわざとらしく「はっ」と笑って、手を入れていたポケットから、何かを取り出した。
取り出されたそれに、風紀委員たち全員の緊張が高まる。
拳銃だ。
「拳銃を使ったに決まってるだろ?」
伯耆の挑発的な物言いに、風紀委員たちは全員がその銃口を彼に向けた。
「伯耆……。そんなことをする奴だとは思わなかったぞ! 女子生徒を襲い……その上、ひ、人を撃つなんて……!」
彼の言葉に伯耆は「は?」と首を傾げ、舌打ちをしてボソッと漏らす。
「襲うって……。出雲、アイツ、どんな設定でこいつらをおびき寄せたんだ……」
「な、何を独り言を言ってる!」
「……なんでもねえよ」
伯耆はそう言いながら、自身の拳銃を風紀委員たちの方へ向けた。
抵抗する姿勢を貫く伯耆に、風紀委員は語気を強めながら警告する。
「よせ。人数がちがう。暴れるだけ無駄だぞ」
「そうだ。大人しくしろ」
しかし、五人に拳銃を向けられながらも伯耆は余裕そうな笑顔のままだった。
彼は笑いを堪えているのか、腰に手を当て、俯いて、肩を揺らしている。
「……そうだよな。たしかに、数が多い方が強いよなぁ……」
伯耆が俯きながら言う。
そんな彼に、彼を知る風紀委員は気味の悪い何かを見るように顔を歪めた。
そして伯耆は顔を上げると、右手に握った拳銃を風紀委員たちに向け、
「……なら、俺の勝ちだな」
と、呟いた。
「……は?」
風紀委員の口から間抜けな声が漏れた。
風紀委員は五人、全員が拳銃を持っている。それに対するのは、伯耆ただ一人。
この状況下で、伯耆は自身の勝利を宣言した。
「お前、何言ってる。とにかく、大人しく……」
伯耆に投降を呼びかける風紀委員。
だが、彼らの背後から、「う、動くなぁ」と震えた声がした。
その声に、風紀委員の一人が後ろを振り向く。
「う、動いたらぁ、こ、ここ、殺すぞぉ! あ、騒いでもぉ、殺すぞー!」
風紀委員たちの退路を塞ぐように、四人の男子生徒が立っていた。
……全員が、小銃や拳銃をその手に携えて。
そこ現れたのは、伯耆の子分のようになってしまった但馬と、その他の仲間たち。
加えて隠岐も物陰から姿を現し、伯耆の横に立つと、拳銃の銃口を風紀委員たちに向けた。
「……な、ぁ……」
風紀委員たちは呆気に取られる。
「さ、誘いこまれた……!」
陥った状況に気付いた風紀委員が、悔しそうに歯ぎしりをした。
「くっ、何が望みだ! 俺たちを一体どうす」
「いいから、武器を捨てろ。こっちは……六人、それにお前たちを挟撃している」
伯耆がその銃口で「武器を捨てろ」と地面を指す。
しかし、風紀委員たちにも、校内の治安維持組織の人間としての意地があった。
「お、お前らに本当に撃てるのか……? 後ろの但馬に関してはどうも震えているようだが」
痛い所を突かれた、と伯耆は左手で耳の後ろを掻く。
伯耆も負けていない。
「……撃てるさ。証拠がお前の足元に転がっているだろ……?」
「この血……。伯耆、お前、本当に撃ったのか」
「言っただろ、拳銃を使ったんだって」
言いながら伯耆は拳銃を振って見せる。
それから、しばらくの沈黙が続いた。
伯耆と隠岐の二人と風紀委員たち五人が拳銃を向け合い、その風紀委員たちの背後には伯耆の仲間である但馬たち四人が風紀委員たちの背に銃口を向けている。
永遠のような一瞬のような長い時と、張り詰める空気。
それを破ったのは、「ふっ」という短く息を吐いた音と、ガッという衝撃音だった。
「ぐっ、うっ……!」
次に隠岐が苦しそうに声を漏らす。
衝撃音の正体は、彼を襲った背後からの強烈な蹴撃であった。
背後からの気配をギリギリで悟った隠岐は、咄嗟に振り返って両腕でその攻撃を防ぐが、その威力は凄まじく、彼の腕がミシッと悲鳴を上げる。痛みから彼の手から拳銃も落ちる。
「このっ、女ッ……」
隠岐をその背後から強襲した女の正体、それは、
「い、委員長!」
風紀委員会委員長にして、空手部主将、伊予だった。
彼女は蹴りを防がれるとすぐさま次の攻撃に転じる。
「ふっ」
「このッ!」
武道の心得のある隠岐はその体格を活かして強烈な打撃を入れようと拳を振るが、どれも伊予にヒラリと躱されて、いなされる。彼女は躱しながら、隠岐の体に細かな打撃を打ち込んでいく。
伯耆は後退って距離を取り、伊予に拳銃の照準を合わせるが、彼女の素早さには狙いが追い付かず、さらに隠岐との殴り合いで立ち位置がころころと変わるので、誤射の危険性が高く、引き金が引けない。
「っ、ええい! 隠岐! とっととその狂暴女を黙らせろ!」
伯耆がそう雑な命令か応援かを送るが、両者の喧嘩の状況は、素人目にも明らかだった。
悪態を吐きながら、渾身の一撃を幾度と繰り返す隠岐だが、それがどれも不発に終わる。
伊予は彼の攻撃を避けると、その度に彼の腹や顔、腕に一撃を与えて下がるので、隠岐の体力はじわりじわりと奪われていく。
「くっそおお!」
そう叫んで、ブン、と今まで以上の大振りを外した隠岐。
そんな彼の視界から、伊予の姿が消える。
「え」
そして次の瞬間、彼の顎に強烈な横薙ぎが加えられた。
伊予の得意技である回し蹴りだ。
隠岐の意識は一瞬で飛び、ぐらりと体を一度揺らすと、ドサッとその体を地面に沈めた。
「……誰が狂暴ですって……?」
「っ! くそっ!」
優秀な武闘派の仲間であった隠岐が気絶してしまい、伯耆は一瞬、現実を見失う。
だが彼女の言葉にハッと我に返り、慌てて拳銃の銃口を向けようとしたが、地面を蹴った伊予にあっという間に距離を詰められてしまい、
「ぐあっ!」
伯耆は持っていた拳銃を伊予の蹴り上げによって奪われる。
拳銃は宙を舞って、コンクリート塀の向こうへ飛んでいき、彼はそのまま彼は尻餅を突いてしまう。体勢を整えようとすぐさま顔を上げるが、しかしそこには銃口があった。
彼女が現れてから、隠岐と伯耆を制圧する、その間、わずか三十秒もない。
伊予に銃口を向けられ、伯耆は動きを封じられる。
「そこにいるあなたたちも、銃を捨てなさい。御覧の通り、リーダーはお縄よ」
伊予は横目で但馬たちを睨みながらそう警告をした。
そして彼女はもう一度、足元で尻餅を突いた伯耆にその冷めた目を落とす。
「……革命ごっこは、ここまで、ね」
屈辱と怒りに、伯耆は喉を鳴らし、その顔を歪めた。
まだまだ革命事件は終わりませんよ!
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