第81限 革命事件・長い夜の始まり
大人だけが消えた世界……
……そしてやがて、学園は国家となる
桐可学園。
グラウンド横、体育倉庫。
安芸と甲斐、そして《校外委員会》の半数が大之谷へ出払ったその隙を突き、『革命』の火蓋を切った伯耆たち。
彼らは手始めに校外委員会の装備を仕舞っている体育倉庫を襲撃し、そこの警備を担当していた一人の風紀委員が一人、その暴力の犠牲となった。
伯耆に銃床で側頭部を殴打され、気絶した風紀委員を見下ろし、「ふん」と鼻で笑ってから、伯耆は彼を跨いで体育倉庫の方へ進んでいく。
風紀委員を制圧されたのを見て、物陰からぞろぞろと伯耆の計画の賛同者たちが出てきて、体育倉庫の入口とそこに立つ伯耆を中心に、半円を築いた。
彼らの顔を覚えるように見渡した伯耆は、余裕さを示すように肩を竦めるような、両腕を軽く広げる仕草を見せる。
「……このままいくぞ」
そう笑う伯耆に、仲間たちも互いに顔を見合わせて笑い合う。
「但馬。そいつ、鍵もってるか?」
うつ伏せで気絶した風紀委員を顎で指し、但馬に体育倉庫の鍵を探すよう命令する伯耆。
すぐさま但馬が必死になって倒れた風紀委員の体をまさぐるが、彼は何も持っていない。
首を振る但馬に「ちっ」と舌打ちをして、伯耆は体育倉庫の扉へ向き直る。
錆びた、重い鉄の扉。両開きのスライド式の扉には「コ」の字型の取ってが取り付けられており、左右のその取っ手には鎖が固く何重にも巻かれ、時代遅れな南京錠が無骨に取り付けられている。
安芸に「銃器の管理がなっていない」と言われた山城が、《校外委員会》の訓練の終了後に毎回ぐるぐる巻きにしている体育倉庫の扉だ。
伯耆は「はああ」と長くため息を吐いてから、
「耳、塞げ」
と背で仲間たちに言って、右手に握った拳銃を南京錠へ向けた。
注意した割に伯耆はすぐに引き金を引き、ガンッという炸裂音が辺りに響く。
聞きなれない、空気を引き裂くような音に、伯耆を囲う仲間たちは咄嗟に耳を塞ぐが、大半が間に合わない。
伯耆のそばにいた、革命の賛同者のうち唯一の女子生徒である出雲も、耳鳴りに頭を抑える。
世界が終ってからも毎朝、派手にセットし続けている染められた金色の髪を、グシャッと握り、慣れない耳の奥の痛みに数秒耐える出雲。
細めた彼女の目に、死んだ蛇のように垂れて落ちる鎖と、南京錠が映った。
そして、目線をもう少し上げれば、鉄の鎖を一瞬にして粉砕した拳銃の威力に、邪悪に歪んだ伯耆の横顔がある。
「……くく」
喜びをかみ殺したような声を発して、伯耆は鍵を強引に破壊した体育倉庫の扉を、乱暴に開け放った。
夜のいま、光源のない体育倉庫の中は真っ暗だ。
しかし、月が伯耆を急かすようにその姿を現して、体育倉庫の中を淡い青で照らし出した。
「……ああ」
……その圧倒的な暴力と狂気を振り撒く武器の山に、伯耆は感嘆の声を漏らした。
小銃や拳銃、迫撃砲といった銃器が、その種類ごとに分けられて、倉庫内の陸上競技用マットの上や、サッカーボールが追い出されたボール籠の中、グローブなどの小物を仕舞っていた棚などにまとめられていた。
辺りには段ボールがあり、弾薬が小箱に詰められて仕舞われている。
ずかずかと倉庫内に入り、その武器の山を見比べる伯耆。
彼は中々入ってこない仲間たちに気付き、振り返った。
「何してる。早く来い」
革命を起こし、学園内を統治する権力を得る。
それを目指して伯耆の計画に賛同した生徒たちだが、いざ計画を実行する手段である「暴力」の根源を目の当たりにすると、その足が竦むようだった。
伯耆は急かすが、仲間たちは互いに顔を見合わせて、他のメンバーの様子を窺うばかり。
そんな彼らの姿に、伯耆は煩わしそうに後ろ頭をガシガシと掻いてから、カビ臭いマットの上に置かれた小銃と、棚に並べられた拳銃を一つずつ取って、倉庫を出た。
「お前はこれだ」
伯耆は銃身を掴んだ小銃を隠岐へ押し付け、反対の手で握った拳銃は出雲へ放る。
「ち、ちょ、あ、あたし銃なんて撃てないわよ?!」
出雲はおっかなびっくりな様子で、引け腰になりながら拳銃を不格好に握る。
逆に隠岐は実際に拳銃を握って決心がついたのか、長く息を吐くと、それを手に馴染ませるように何度か握り直して見せた。
「……いいんだよ、撃てなくても」
「え?」
「持っていることに、構えることに意味があるんだ。持っているのと持っていないのとでは、持っている方が強いんだからな。俺も何も虐殺をしようって訳じゃない」
「……脅すだけ、なのよね……?」
「ああ。安芸の持つ権限を全て奪う……その障害になる奴らに向けるだけだ」
伯耆は言いながら仲間の顔を見渡す。
殺しはしない。脅すだけ。銃を持つだけ。
それらの言葉が、メンバーの心から、「銃を取る」ことへの罪悪感を薄め、罪そのものを軽くしていく。
「じ、じゃあ俺はこれ……!」
すると、但馬も倉庫の中へ早歩きで向かい、数秒悩んでから小銃を拾い上げた。
「俺はこれを……」
「なら僕は……」
「……うーん、これ、かな」
すると他の面々も但馬をマネて倉庫内へ入っていき、直感で武器を選んでいく。
……数分ののち、七人のメンバー全員がその手に銃を握っていた。
伯耆は武装した仲間たちの姿に満足そうに、小刻みに頷く。
彼は笑顔を張り付けたまま踵を返すと、体育倉庫から出て、入口手前で気絶した風紀委員の横に、再び座り込んだ。
「……次の段階だ」
そう言って、伯耆は彼の首に手を伸ばした。
◆
時は戻り、六時半頃の美術室。
伯耆は美術室の教壇で、計画の段取りを話している。
「……武器を手に入れたら、次の段階だ」
黒板に書かれた『① 武装』の文字を横線で消すと、その下に矢印を書いて、
「第二段階は、風紀委員会の制圧だ」
言いながら、『② 制圧』の文字を書き殴った。
◆
午後九時前。
桐可学園、新校舎、二階。
「よお」
「……おお、おつかれ」
世界の終わりからしばらく経ち、生徒たちがきっちりと制服を着ることも少なくなり、校外出動で確保された衣服に袖を通す者も多くなった桐可学園。
しかし、中にはずっと制服を着る者たちもいる。
何かしらの委員会に所属する者たちだ。
主に《風紀委員会》などは、委員長の伊予の性格もあってか、これといった規則があるわけではないが、委員全員が「活動中は制服をきっちりと着て、腕章を通さねばならない」という暗黙の了解を共有していた。
二階の廊下で、「風紀」と書かれた腕章をした生徒二人が挨拶を交わした。
「……もうじき就寝時間だな。やっと休めるよ」
「俺は今日は夜の見回りのシフトがあるから、今から仮眠して十二時起きだよ」
「ま、多少ボーナスが出るからな。頑張れよ」
「詳しく教えてもらえてねえんだけど、夜の見回りって3RPの報酬追加だっけ?」
「ああ、5日の夜勤で3RP出るな。結構デカいよな、3RP」
「一か月やれば12RPだもんな。豪遊できるぜ」
校内巡回に当たっていた《風紀委員会》の二人がそう廊下で談笑していた、そのとき、
……ピイイイィィィィーーーー!
と、長く笛が遠くで鳴った。
その音にピクッと反応した二人は同時にため息を吐いて、顔を見合わせた。
「……残念。まだ勤務時間だぞ?」
「たはあああ。仕方ねえ」
この笛の音は、問題発生の合図だ。
校内を見回る風紀委員はその一人ひとりが、体育の授業などで教師が使用していた笛を首から下げている。何かしらの問題が発生したとき、風紀委員はそれを吹き、周囲の別の風紀委員に問題発生を報せ、それを聞いた者は応援として現場へ駆けつける……という仕組みを取っている。
まだ休めないことに肩を落としながら、風紀委員の二人は「問題解決に貢献した場合の追加報酬」の話をしながら、笛の音のする方へ走り出した。
◆
「ほ、伯耆! 何してるんだよぉ!」
同時刻。グラウンド横、体育倉庫前。
気絶した風紀委員の首から、笛の紐引きちぎった伯耆は、その吹き口を制服で一回拭うと、それを口に加えた。
そしてあろうことか、学園への反逆を行いながら、学園の秩序を維持する組織である《風紀委員会》を呼び寄せてしまうその笛を、ピイイイ、と長く吹いたのだ。
その光景に「風紀委員が集まってきちまうぞ!」と但馬が汗をかきながら伯耆に意見した。
しかし、そんな但馬を無視して、伯耆は指示を出し始める。
「隠岐」
「……おう」
「お前はこの風紀委員会をどこか奥まった場所……この先の校舎裏でいい。そこに運べ」
「わかった」
メンバーの中で最も聞き分けがよく、しかも武闘派な隠岐に伯耆は満足そうに頷く。
すぐに倒れた風紀委員の両脇を掴むと、隠岐は彼の下半身をコンクリートの地面に引きずりながら、その体を運んで行った。
そんなどこか淡々とした二人を見比べる但馬。
「但馬」
「な、ななに? どうするんだ? どうすればいいんだ?」
慌てふためく但馬に舌打ちをしてから、伯耆は命令を出す。
「但馬。お前を……えーと、班ちょ……隊長、うん。隊長に任命する」
「た、隊長……? 俺が?」
伯耆に指を差され、自分で自分も指差す但馬。
「ああ。お前にしか頼めない」と伯耆は彼に言いながら距離を詰める。
「お前は隊長として他のメンバーとどこかへ隠れろ。この辺りから10メートルは離れるな。そして隠岐の向かった校舎裏の出口を塞ぐようにそれぞれを配置しろ。体育倉庫の屋根の上や、グラウンドとの土手みたいになってるそこの斜面、物陰なんかに隠れろ」
一気に喋る伯耆を宥めるように両手で「まてまて」とする但馬。
彼は「えーと、えーと」と言いながら、その頭で伯耆の言ったことを整理する。
「と、とにかく、隠れればいいんだな?」
「そうだ」
「そうか。か、隠れているだけでミッションコンプリート、なんだな……?」
大して可愛くも嬉しくもない上目遣いをする但馬に、「残念だがちがう」と伯耆は言った。
「お前らは、俺の合図で出てこい」
「合図で……出ていく、のか」
「ああ。……銃を、構えて、な」
「っ……!」
但馬の顔が強張る。
「ほ、他には……?」
「あとは『動くな』とか『騒いだら殺す』とか言えれば完璧だ」
「お、おおお、おう。じゃあもしも……」
「時間がない。もう行け」
「え、え、伯耆ぃ……!」
踵を返した伯耆の背に情けなく手を伸ばす但馬だが、無視されてしまい、力なく肺の空気を短く吐き出して、肩を落とした。
「が、頑張れ……、やればできる。俺は隊長なんだぞ……!」
よしっと拳を握った但馬は後ろにいたメンバーに振り返る。
「み、みん……。お、お前ら! 行くぞ! 隊長についてこい!」
「……伯耆は『体育倉庫を囲うように隠れろ』って言ってたろ」
「うっ。よく気付いた! さあ! 隠れろ!」
「「……」」
さあ! さあ! と言いながら、将軍がマントを翻すように右手をバッと伸ばす動作を繰り返す但馬。
そんな彼にメンバーたちは互いに目配せして、「仕方ない」と周辺にその身を隠すため、散らばり始めた。
「出雲」
隠れ場所を探す一歩を踏み出した金髪の女子生徒・出雲。
彼女の背に、伯耆が声をかける。
「お前はこっちだ」
伯耆に名を呼ばれた出雲は、肩を竦め、「はいはい」と不愛想に言いながら彼の方へ向かった。
「で、なにすればいいのぉー?」
すると今度はその不愛想さを一瞬で消して、猫のようなあざとい声を発し、子犬のような媚びる顔を浮かべて、そう伯耆に問うた。
そんな様変わりの激しい彼女にフッと伯耆は笑う。
「お前、なかなか演技派、だよな」
「……えー、わかんなーい」
「その力を存分に発揮してほしい」
「……は?」
「今からお前は女優だ」
女優。
その言葉に出雲は首を傾げた。
「いいか」
伯耆は彼女に耳打ちするように作戦を説明する。
それに出雲は「ふふっ」と笑った。
「なにそれ、アタシ向きね」
「だろ……?」
二人の打ち合わせが終わると、役目を終えたことを悟ったように、再び月が雲に隠れた。
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次回でいよいよ、安芸の学園統治の体制が揺らぎ始めます。




