第83限 革命事件・銃口
大人だけが消えた世界……
……そしてやがて、学園は国家となる
「……革命ごっこは、ここまで、ね」
鉄面皮と言われる伊予の熱を持たない双眸が、尻餅をついた伯耆を見下ろす。
伯耆は怒りと屈辱で激しく歯軋りをして、「ぐっ、く」と喉を鳴らしながら伊予を睨み返している。
「全員、拘束して」
伊予が顎で武装した伯耆の仲間たちを指すと、彼女の強さに圧倒されていた風紀委員たちも我に返り、腰から拘束用のロープ束を取り出し始めた。
「ほら、あなたも立ちなさい。卑怯者」
伯耆にも立つように促す伊予。
彼女の挑発的な言葉に、伯耆は歯軋りの力を強める。
だが彼は一瞬、何かに気づいたようにその視線を左へ向けた。すると、彼は力の入って歪んだ顔を、徐々に元に戻していった。
彼は乱れた前髪を右手で掻き分けるようにゆっくりと持ち上げて、くつくつと笑って肩を揺らした。
「卑怯……。卑怯、か。くく」
「……気でも触れたの」
銃を奪われ、仲間も制圧され、リーダーである自身にも銃を向けられている……にも関わらず、伯耆はなぜか余裕を取り戻している。
彼は右手で掻き分けた前髪を、払うようにしていつもの髪形に戻して、続けた。
「俺は卑怯なんじゃない」
「何を言って」
「俺は、ずる賢いんだ」
伯耆がそうにやりと蛇のように笑うのと同時に、伊予の耳がカチャ、という音を捉えた。
伊予がゆっくりとその視線を音のした右へ向ける。
そこには、伊予に向けられた銃口があった。
「銃を捨てて」
そう伊予に向けて言い放ったのは、金髪の女子生徒。
出雲だ。
彼女の登場に、騙されていた風紀委員の男子たちが「あいつ……」「まさか」と驚きを口にした。
「当てられるの?」
「この距離なら外さない」
「じゃあ、撃てるの? あなたに」
伯耆には銃を向けたまま、横目で伊予が問う。
「……撃てないと思うの? そこの死体と、血溜まりを見ても」
拳銃のグリップを震える両手で握りながらも、伊予に気圧されないように、お得意の豹変ぶりを応用している出雲。
彼女が首を小さく傾けて伊予に指し示した先にあるのは、うつ伏せで倒れた制服姿の男子生徒と、赤い水溜まり。
体育倉庫で見張りをしていた風紀委員だ。
「……一人殺すのも、二人殺すのも一緒よ。さあ、捨てて、その、銃を」
二人は睨み合う。
風紀委員の男たちからは「委員長……」と彼女の決断を心配する声がした。そして、数秒ののち……
「……わかった」
そう伊予が観念したように呟いて、ゴト、と拳銃が彼女の足元に横たわった。
彼女は出雲に向き直り、空の手の平を見せる。
伊予は言葉を続けた。
「試してみることにするわ」
「……はぁ?」
彼女の言葉がすぐには理解できない出雲が裏返った声を出す。
……次の瞬間には、出雲の両手は伊予に払われていた。
『この距離なら外さない』。出雲がそう言える程度の二人の距離が、仇となる。
拳銃を地面に落とすことで出雲を油断させた伊予は、一瞬で彼女の拳銃を握る腕を払い、その細い腕を自身の体の内側に巻き込んで、動きを封じる。
「……え、痛っつ……!」
五秒も経たずに両腕を封じ込まれ、出雲は脳の処理が追い付いていなかった。
「撃てなかったわね」
「こ、この、暴力女ぁ……!」
強い力で握られた出雲の腕が赤く腫れていく。
今までオシャレや芸能にしか関心がなく、体育すらサボり続けていた出雲が、拳銃を握ったところで伊予の前では役に立たない。
しかし、
「っ! あぶない! 委員長ッ!」
そのとき、風紀委員の一人がそう叫んだ。
ハッと伊予が振り返ろうとするが……
ガァンッ!
と衝撃音が鳴り響いた。
「ふっ、ふ、うっ……」
伊予が短く、荒い呼吸を吐く。
徐々に出雲の腕を握る伊予の力も弱まっていき、そして、彼女は完全に脱力し、膝を地面へ着くと、そのまま地面へ崩れ落ちた。
事態が全く掴めない出雲が顔を上げると、そこには拳銃を持った伯耆がいた。
伊予の落とした拳銃だ。
その銃口からは、微かに煙が立ち上り、彼の足元には金色の薬莢が一つ、転がっている。
「ほ、伯耆、お前ぇ!」
風紀委員の一人が激高する。
「お前! 伯耆、てめえ! 自分が何をやったのか分かってんのかぁ!」
彼の声に、すぐさま伯耆は振り返ると、夜の空に向かって再び一発発砲し、怒号を返す。
「黙ってろ、この犬どもが! 勝ったのは俺だ! 大人しくしていろ! 次しゃべったら撃ち殺すぞ!」
伯耆は風紀委員たちの背後に控えている但馬たちに「縛っとけ!」と命令すると、もう一度、伊予の方へ向き直って、視線を彼女へ落とした。
伊予は顔を痙攣させながら、細めた目で伯耆を見上げ、睨みつけていた。
伯耆の放った弾丸は、彼女の左腕の肩を貫通していて、傷口からは大量の血が溢れ出ている。
「……睨む元気があるのか」
顔中に張り付いた汗を拭いながら、伯耆は動揺を隠すように言う。
「……撃った、のは……初めて、じゃ、ない……んでしょ……?」
伊予が震える声で問う。
彼は「風紀委員一人を拳銃で殺した」とあとから駆け付けた風紀委員たちに言っていた。
しかし、伊予を撃った伯耆は、その汗や呼吸や挙動から、動揺を隠しきれていない。
吹っ切れて、銃を撃つことに躊躇いがなくなった、というような様子を彼からは感じられないのだ。
伯耆は舌打ちをして、ポケットを弄ると、潰れたチューブのようなものを伊予の眼前に放った。
「……拳銃を使ったとは言ったが、べつに、撃ったとは言ってないだろ。底で殴り付けただけだ」
それを掠れる視界で捉えた伊予は、一瞬だけ口角を上げて笑った。
「……えの、ぐ、ね……。まんま、と、騙され、た、わけ、だ」
彼が放ったのは、打ち合わせに使った美術室から拝借した、赤い絵の具のチューブだった。
「お前らに向かって、本気で、当てるつもりで、撃つつもりは最初はなかった。気絶して動かない風紀委員のそばに赤い絵の具で作った水溜まりでもあれば、勝手に勘違いしてビビッてくれるかと思ったんだ」
伯耆の種明かしにも、もう伊予は何も言わない。
「絵具で作った血痕に『自分も撃たれる』とビビッて、降参してくれればよかったものを……伊予、お前のせいで大誤算だよ」
激痛が走っているにも関わらず、伊予は表情を苦しそうに歪めるだけで、弱音を吐いたり、命乞いをしたりはしない。
彼女は意識の切れるその寸前に、閉じていた目を薄っすらと開き、伯耆を睨んで、微かな声で言った。
「……きっと、会長、が……。あの人が、戻れ、ば……」
そう言うと、伊予は気を失った。
伯耆は首を前へ倒して、目を伏せ、「どいつもこいつも……」とぼやく。
「出雲、伊予の止血だけしておけ」
「え、ええ」
後片付けや風紀委員の拘束は手下に任せて、伯耆はその場にしゃがみ込むと、拳銃を持っていない方の手の平で、額や目の周り、口元を押すように拭った。
「……もうやり切るしかないんだ」
こうして伯耆は風紀委員会の大部分を制圧した。
安芸は、まだ戻らない。
いつもの線だけの絵もそえています。私のラクガキです。革命派(名称未定)の面々です。横顔しか描けません。
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