第8限 化け物たち
大人だけが消えた世界……
……そしてやがて、学園は国家となる
「山城ッ!」
僕は校舎内で見つけた「武器」を、山城へ放り投げた。
用務員の男が、尻餅をついた山城に覆い被さる、その寸前。僕の投げた「武器」が、山城の手へ届く。細長い、棒状の武器を、山城はその太い腕で掴んだ。
「安芸、助かっ……って、これ……」
『ぐがああああッ!』
用務員の男はライオンがシマウマに飛び掛かるようにして、山城へ襲い掛かる。山城へ噛み付こうとする男の口は、唇の両端から血が滲むほど大きく開けられていた。
「ぬおおおおおおっ!」
一瞬の困惑を見せた山城だったが、尻餅をついた状態から上体を起こし、僕の探してきた「武器」を両手で持ち、その真ん中部分を男の口に挟み込み、押し返す。
「あ、安芸ッ! こ、これは箒ではないか!」
そう、僕が見つけた「武器」というのは掃除ロッカーから持ってきた木製の箒だ。到着を期待していた「武器」が箒であることに受け取ってから気付いた山城は、僕にそう怒鳴る。
「し、仕方ないだろ! 学校に武器なんてないよ!」
箒の真ん中を噛ませられ、山城と力と力の鍔迫り合いになる用務員の男。
しかし、一度距離をとるとか、腕を器用に使うというようなことはせず、箒を嚙み砕こうとしてひたすらに顎に力を籠め続け、前進を続けている。
「山城! とにかくソイツから離れるんだ!」
「ぬ、う……! そ、そうは言っても……!」
おかしくなった用務員の男は、明らかに山城を殺そうとしている。かなり激しい攻撃を山城からもらっているはずだが、男は怯む様子なく、山城に襲い掛かっている。
距離を取れ、そうアドバイスを送るが、用務員の男は箒に噛み付いて離れず、山城も武器を失うわけにはいかないので、簡単にはいかない。
山城が男の口から箒を引き抜こうと奮闘していると、上から声がした。
「会長!」
振り返り、数歩下がって、校舎の吹き抜け部分・ウッドデッキから四階を見上げる。そこには廊下の窓から顔を覗かせる生徒会会計・甲斐がいた。
「だめです! 警察に電話ができません!」
「なっ」
甲斐には生徒会室を離れる際、「警察に電話しろ」と指示をしておいたが、どうやらだめだったらしい。そういえば、騒ぎの直前にPデバイスに異変があったことを思い出す。
「役所にも、消防にも繋がりません! 通信障害のようです!」
「し、仕方ない。分かった! 次は先生たちを呼んでくれ!」
「は、はい!」
甲斐に指示を出し直し、僕は山城と用務員の男の取っ組み合いに視線を戻す。しかし、甲斐に指示を出して間を置かず、違和感に気が付く。
「……先生たちは、なぜ来ない。こんな騒ぎになっているのに……」
Pデバイスの謎のアップデート、突然の神経酔い、気の狂った用務員と、襲われた女子生徒、何の行動も見せない先生たち……。
連続する驚きの事態。
僕は体温が急激に下がる感覚と、肺が萎んで呼吸がし辛くなる錯覚を覚えた。
◆
生徒会会計・甲斐は、生徒会長・安芸の指示を受けて階段を下っていた。用務員の男が突然暴れだし、女子生徒を暴行し、流血騒ぎとなり、今はウッドデッキで力自慢の山城が武力による事態解決を目指している。そんな事態に、警察に連絡を入れようとした甲斐だったが、次世代型携帯端末・Pデバイスの通信障害のため、通報ができず、いまは教師たちの力を借りるために、二階の職員室を目指して普段は絶対しない二段飛ばしで階段を駆け下りている。
彼の「感情と連動している」と噂の眼鏡は激しい動きと汗にすっかり傾いてしまっている。
「たしか……先生たちは昼休憩を使って職員会議をしていたはずだ……!」
三階踊り場、三階、二階踊り場、と勢いよく階段を下る甲斐。安芸の指示を受けて三十秒も経たず、甲斐は職員室のスライドドアの前に立った。ドアの横には小さなホワイトボードがあり、『臨時職員会議中 入室禁止 13時10分まで』とある。マナーに厳しい私立高校である桐可学園だが、事態が事態なので、乱れた制服も直さず、汗も拭わず、ノックも挨拶もなしに、甲斐は入室禁止の職員室のスライドドアをガラリと勢いよく開いた。
「先生! 助けて、くだ……さ」
甲斐は、その職員室内の光景に、息を飲む。心臓が止まってしまったような長い長い一秒。
「え」
部屋の中にいたのは……化け物の、群れ。
ぎょろぎょろと動き回り、左右で焦点の合わない瞳。不規則に痙攣して、びくびくと揺れる四肢。何の目的もなくガチガチと空気を噛む顎に、口元から垂れる泡や唾液。だらしなく立っている者もいれば、蜘蛛のように両手両足を突いた者もいる。中には仰向けにひっくり返ったまま、じたばたと暴れる者もある。
そんなとても人間とは思えない……教師たちの姿をした化け物が、部屋には犇めき合っていた。
その内の一体……甲斐の担任であった中年の教師が、甲斐の立てた物音と声に反応し、ゆっくりと、重たげに、壊れた機械のように、その首を回転させる。彼は白目を向いた右目をにたりと嬉しそうに歪ませると、『ぎぎぎぎぎ』と喉から潰れたような音を発する。
そして、
『ぶがああああああああッ!』
そう半固形のどろりとした何かをまき散らしながら、叫んで床を蹴り、甲斐めがけて職員室の入口へ突進してくる。
「ッう…!」
甲斐は慌てて身を廊下へ引き、スライドドアを閉めて、背中をドアへ付け、足を踏ん張る。
すぐさま彼の背中にドンッ、という衝撃と音が伝わる。
『ぐがああああ! があああああ! ぶがあああああああああああああああああッ!』
奇声を発して、腕でドアを殴る甲斐の担任教師。
「な、なん……なんだ、何が起こっ……」
『ぎぎぎっぎぎぎっぎぎぎぎぎいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!』
それに釣られてか、甲斐の背後の気配が増えていく。スライドドアの摺りガラスの向こう。甲斐と数ミリ挟んだ向こう側に、ぞろぞろと化け物が集まり始める。
ドンッ、ドンドンッ、ドッ……
ドアを叩く音は激しくなるばかり。いや、ドアを叩く化け物の数が増えている。
しかし、スライドドアの開け方を知らないのか、職員室にいた様子のおかしい教師たちはドアを叩くばかりで、取っ手を摘まんで開けようとはしない。
それに気づいた甲斐はゆっくりと背中をドアから離す。
辺りを見渡すと、扉の開け放たれた、三本常備されているはずの箒が一本ない掃除ロッカーがある。
甲斐はそれを見つけるとロッカーの戸を閉め、横向きに倒し、それを職員室のスライドドアの前に押して引きずり、設置する。どれほどの意味があるのかは甲斐にも分からないが、ないよりマシだし、こうしておけばうっかり入室してしまう生徒もいないだろう。
「い、一体なにが起こってるんだ……」
大傾斜した眼鏡を押し上げて、甲斐は職員室から後退り、離れる。
『ぐぎゃああッ』
『あがああッ』
『ぎぎぎああああッ』
重なる化け物たちの雄たけびと、ドアを叩く音。目線ほどの高さのドアの摺りガラスは、入口に殺到する化け物たちの影で埋め尽くされている。
「会長に、会長に報告しなくては」
警察も、消防も、行政も、教師たちも頼れない。そんな状況において、甲斐が唯一頼れるのは、桐可学園生徒会会長・安芸であった。甲斐はさっきとはちがう、ややフラフラとした足取りで階段を再び下り始めた。
【次回予告】
感染
【用語解説】
【あとがき】
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