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【受賞】ノアの学園~国父とよばれた高校生~  作者: 大塚 可修
第1章 ノアの大洪水
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第7限 化け物

大人だけが消えた世界……

……そしてやがて、学園は国家となる

 一方、同学園。ウッドデッキ。


 安芸が校舎内で武器を探して駆け回るのと時を同じくして、そこでは、まさしく死闘が繰り広げられていた。


『ぶるるがあああッ!』

「ぬおっ」


 眼前に飛び込んできた人間の顔面を、筋骨隆々な大男・山城は体を屈めて避ける。猿のように飛び上がって山城に掴みかかろうとした作業着の男はターゲットを失い、再びウッドデッキの床に顔面から倒れてしまう。

 しかし痛みを感じる様子は見せず、水に濡れた犬が毛を震わすように男は体を痙攣させて、またふらふらと立ち上がる。


「い、いったいどうしたというのだ! なぜ彼女を噛んだッ!」


 ウッドデッキに倒れている、一人の女子生徒。彼女は首の辺りを血で真っ赤にして、今もなお、どくどくとその歯形の傷口から血を流し続けている。彼女を襲ったのは、山城と対峙する用務員の男だ。

 彼は昼食で賑わっていたウッドデッキで、突如狂ったように叫んで、そばにいた女子生徒の首元に噛み付いたのだ。


『ぐがああああああッ!』


 山城の問いには答えず、男は満月に吠える狼男のようにのけ反って叫んだ。そして再び両手を広げて山城へ襲い掛かる。

 その攻撃を、どう凌ぐか。山城の視界が急激に減速し、代わりに頭の回転がその速度を増す。


「……すまぬが、本気でいかせてもらう」


 そう短く呟いて、山城は右足をざっと引いて、一緒に拳を振りかぶる。それは、工夫も何もない、ただの殴りの構え。


 山城はこれまで相手が気絶したり、戦意を失えばいい、と考えて、狂ったように暴れる男と戦ってきた。しかし、山城はもはやそれを諦めた。


 次はただ、全力で、思いっ切り、制御せず、筋肉という鎧を幾重にも纏った拳を振りぬく。


『ぐぎぎぎががあッ!』

「ぬおおおおおおッ!」


 生まれたての小鹿のような足取りと、子猿のような飛び掛かりを繰り返す用務員の男の手と、武道の心得ある巨漢の山城の拳。二つは交錯するが、どちらが先に相手へ到達するかは、結果を見るまでもない。山城の右ストレートは、空気を切り裂いて、真っすぐに伸び、用務員の男の顔面の真ん中に食い込んだ。


「ぬうおおおりゃあッ!」


 山城の拳は用務員の男の鼻骨にひびを入れ、前歯をへし折って、抵抗がなくなるまで振り抜かれた。


『ごひゅっ』


 山城の全力の拳を顔面に受けて、用務員の男は転ぶように天を仰ぎ、後方へ吹っ飛んでいく。口と鼻から粘り気のある赤い液体が伸び、折れた歯が宙を舞い、用務員の男は数メートル先でばたりと背中でウッドデッキへ着地した。


「ふー、ふー」


 山城は拳を振り抜いた姿勢のまま荒れた息を整え、仰向けに倒れた用務員の男を見下ろす。


『ぐ、ぐぶっ。ぶびゃっ』


 鼻が潰れ、前歯が折れた用務員の男は、耳当たりの悪い声を発しながら、血を吐き出し、それを顔にかぶる。


「さ、さすがに今のは耐えられんだろう……」


 全力で人を殴るという初めての経験をした山城は、滲み出てくる汗を手の甲で乱暴に拭う。


 しかし、


『ぐ、ぐががが……あがああああああああ』


 用務員の男の体は再び軟体動物のように蠢き始め、なんと腕を突き、膝を立てて、立ち上がり始めた。


「こ、こやつ……!」


 山城はそれを見て、顔面を蒼白させ、そして確信する。


「……痛みを、感じない、のか……?」


 痛覚がない。そんな人の姿をした何か、いや、化け物を前に、山城は再び構え直すことができない。


『ぐるるがあッ』

「くっ!」


 用務員の突然の飛び掛かりを、山城は寸前で避ける。ここから、形勢が変わる。


『があッ! があああッ! ぐがががががあッ!』


 叫び声のたびに伸びる用務員の男の腕。山城の肉を噛み千切ろうとガチン、ガチンと音を立てる歯。それらが絶え間なく、連続し、「痛覚がない」相手に戦意を喪失しかけている山城は防戦一方になる。


「く、くそっ!」


 山城が攻勢にでようにも、二者の距離は近く、構えなしの弱い打撃では、痛覚のない相手には打開策にならない。

 男から繰り出される乱暴な腕の横薙ぎ、噛み付き、飛び掛かり。それらを数度、山城がいなした……そのとき、


「ぐ、しまっ」


 ガシャン、という音と一緒に山城が大きく態勢を崩す。その足元にあったのは、用務員の男が持ち運んでいた道具箱。掃除道具やドライバー、雑巾や園芸用スコップ、金槌などがウッドデッキにばらまかれる。

 山城はバランスを崩し、地面に尻餅をつく。

 それを見た用務員の男は、すぐさま口を大きく開けて覆い被さるように山城へ距離を詰める。


『ぶばあああああ』

「くそっ!」


 山城を包む用務員の男の影が、徐々に大きくなっていく。開かれた男の口から血や泡や唾液が糸を引く。このままでは山城は組み伏せられ、動きを封じられ、その首筋に男の牙が突き刺さってしまう。


 その寸前。


「山城ッ!」


 自身を呼ぶ声が聞こえ、横目で右を向く山城。その視界は急激にスローダウンする。

 そこには、下投げで何かを放った黒髪の青年の姿があった。生徒会長にして、山城の幼馴染、安芸だ。山城は「安芸が武器を持ってきて、それを投げてくれた」とすぐさま理解し、自身に向けて投げられ、宙を舞う、細長い黒い影に腕を伸ばした。


【次回予告】

安芸の投げた、武器とは……!


【用語解説】

山城……運動系の部活動を取りまとめる桐可学園生徒会体育局の局長。筋骨隆々な大男。少し抜けたところがあるが、後輩からの信頼が厚く、安芸の親友、幼馴染みでもある。


【あとがき】

いつも読んでくれて本当に、本当にありがとうございます。

ご感想、いいね、評価等いただければ、読者であるあなた様の存在をより感じることができ、とても励みになります。また、たいへん有難いことに少々忙しい日々を過ごしており、不定期更新となりますので、本作が少しでもお気に召した方は、[ブックマーク]等々もしてくれると嬉しいです。


ありがとうございます!

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