第6限 晴天の霹靂
大人だけが消えた世界……
……そしてやがて、学園は国家となる
舞台は戻り、日本、桐可市、桐可学園。
突然の起こった通信障害と謎のアップデート、そして激しい神経酔い。それら襲われた混乱も続く中、生徒会のメンバー……会長である僕・安芸、会計・甲斐、庶務・壱岐、書記・和泉、広報・日向を、新たな混乱が襲う。
「きゃあああああああああぁぁぁぁぁッ!」
生徒会室にいた全員が部屋の入口を向く。生徒会室に響いたのは、女性特有の甲高く、長く伸びた悲鳴。
「ひ、悲鳴……?」
映画やドラマでしか聞いたことのないようなつんざく悲鳴に、口元に手を当て困惑する和泉。その横を、僕は大股で通り過ぎる。部屋の入口とは反対側の会長席からすぐさま立ちあがって、部屋を横断し、生徒会室の両開きの重い木製の扉を開いた。
桐可学園の校舎構造は、「ロ」の字型だ。四角く、真ん中を囲うように四階建ての校舎があり、その真ん中の部分は吹き抜けの構造となっている。その吹き抜けの部分は「ウッドデッキ」と呼ばれ、全生徒全教員の共有スペースとなっていて、昼時には食事で、放課後には勉強会、文化祭ではイベントスペースとして使われる。木の板でできた床に、木製のテーブルとベンチ、木々と花々で飾られた憩いの場だ。
悲鳴の原因を探すべく、廊下の窓際に駆け寄り、窓からウッドデッキを見下ろした。
「……なっ!」
そして、そのウッドデッキに繰り広げられていたものに、僕は目を見開いた。すぐさま廊下の窓を開け、息を吸い込んで、ウッドデッキにいたその男に声を掛けた。
「山城ぉ! なにしてるんだぁ!」
四階からの僕の呼びかけに、ウッドデッキにいた男がぴくっと反応した。
真冬のいまに、上着も着ずにワイシャツの袖を捲った、巨漢。髪は短く刈り上げ、シャツの上からでもその存在感をしっかりと示す筋肉。背も高く、体もがっしりとして、「男とはこういうものだ」と体で語るような男。
彼の名は山城。彼もまた、生徒会メンバーの一人である。彼の性格上、書記や会計といった生徒会執行部の役職は肌に合わないため、運動系部活動をまとめる体育局局長という肩書だ。
「む、安芸か!」
山城は決して僕の方に振り向くことはなく、じっと前を見つめたままそう叫び返した。
「な、なんだ。この状況は……」
僕は山城の周りの様子を観察する。
その景色は、あまりにも異常だった。いつも生徒の笑顔でいっぱいだったウッドデッキが、見る影もない。
血だ。
ウッドデッキには、血が広がっていた。山城の背後には、女子生徒が一人、血まみれで蹲っていた。彼女の首の辺りからは血が噴き出ているのだ。
そんな彼女を壁として守るように、山城はその体を広げている。
問題は、何から守っているのか。
「……あれはたしか……用務員の……」
山城と対峙していたのは、作業服を着た年を取った男。よく花壇の手入れや、生徒の手が届かない場所の掃除をしてくれていた学園の用務員だ。
だが、様子がおかしい。用務員の男は立ってはいるが、だらりと上体を地面へ向けていて、ゆらゆらと足元の覚束ない様子でふらついている。体はまるで痙攣しているようにビクン、ビクンと脈打っていて、首は壊れた機械のようにガクガクと左右に振ったり、縦に振ったりして、指はまるで死にかけのムカデのように蠢いている。
正常な人間のする動作ではない。そして、今度は天を仰ぐように上体を逸らしたかと思うと、真っ赤に汚れた口元を不器用に動かして、
『ンんんんんんんんんん……んがあ、ぐがああ、あがががががががががががががががあッ!』
そう、とても生き物とは思えないような奇声を発した。
「や、山城! 一体どうしたんだ!」
「それが……!」
安芸の問に答えようとした山城だったが、その返答は強制的に遮られた。
用務員の男が駆けだしたのだ。その姿は、一般的に「歩く」「走る」と呼べるものではない。口から血交じりの泡を噴きながら、生まれたての小鹿のようにぐらぐらと足の軸のない不格好な走り方で、しかしまさしく必死に、山城へ距離を詰めていくのだ。
その姿は、まるで、化け物。
用務員の姿をした何かは、山城へガバッと覆いかぶさるように襲いかかった。
「ぬぅ……うおおおおおっ」
山城はそれに応戦し、飛び掛かってきた用務員の腕を掴むと、その腕を自身の体の内へ巻き込んで、勢いを利用して用務員の男を地面へ叩きつけた。背負い投げだ。
『ぐがあガッ!』
背中を木の板でできた床に叩きつけられ、用務員の男は声を上げた。
「一体どうしたというのだ! とにかく落ち着くのだ!」
倒れた用務員から距離を取る山城はそう男に声を掛ける。
しかし……用務員の男に、怯む様子はなかった。
『ぐううううう……がああああああ』
そう呻きながら、用務員は立ち上がろうとするのだ。血色は悪く、焦点の合っていない両目の片方で、山城を睨みつけている。
「ば、ばかな。畳に叩きつけられたならともかく、固い地面に叩きつけられて、平気で立ち上がるわけがないであろう……」
技を掛けて余裕を見せてしまった山城に、用務員の男は再び襲い掛かる。
「ぐっ」
今度は爪でひっかくような右腕の横薙ぎ。それを喰らう寸前で躱し、山城は大きく後退。態勢を整える。
「ぐぬぅ。安芸! 武器だ! 武器をくれ!」
柔道や空手などの同じルールの元で戦われる格闘技とはちがう、野性的で、野蛮で、乱暴な戦い。
「とにかく行動不能にしなくては」という考えからだろうか、山城は僕に武器を要求した。
「分かった! ちょっと待っててくれ!」
僕は窓から乗り出してそう伝え、すぐさま動き出す。
「会長、なにごとですか」
遅れて部屋を出てきた甲斐。しかし詳しく事情を話す暇もないし、事情も何も、そもそも僕自身、事態が飲み込めていないのだ。
「分からない! とにかく非常事態だ! 甲斐は警察を呼んでくれ! 流血騒ぎだって伝えて!」
「え、え? わ、わかりました!」
流血騒ぎ、という言葉だけでは一切事態は把握できないだろうが、甲斐は命令には忠実に従う男だ。
僕は生徒会室の前を離れ、駆けだす。
「武器……武器……。ぶ、武器っていってもなぁ……!」
走りながら校舎内を見渡すが、学校に『武器』と呼べるものがあるだろうか。
早くしなくては、ウッドデッキで何が起こるか分からない。鼓動は校舎内を走るごとに早くなり、そして早くなった鼓動は焦りをもたらす。
とりあえず三階まで下り、辺りを見渡すが、「これだ」というものが見当たらない。
「何か……何かないのか、何か……あ」
そのとき、あるものが目に止まった。しかし「もっといいものがないのか?!」という思いから別の宛てを探して勝手に目が動くが、やはり手ごろなものは見つからない、思いつかない。
「……あああ、もう!」
これしかない! とややヤケクソになりながら、僕はその扉を開いた。
アメリカ合衆国第26代大統領セオドア・ルーズベルト曰く、
『あなたにできることをしなさい。今あるもので、今いる場所で』
である。
【次回予告】
高校生VS……化け物
【用語解説】
山城……運動系の部活動を取りまとめる桐可学園生徒会体育局の局長。筋骨隆々な大男。少し抜けたところがあるが、後輩からの信頼が厚く、安芸の親友、幼馴染みでもある。
【あとがき】
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