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【受賞】ノアの学園~国父とよばれた高校生~  作者: 大塚 可修
第1章 ノアの大洪水
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第5限 終末の執行者

大人だけが消えた世界……

……そしてやがて、学園は国家となる

 同時刻。スイス、某市。


 西暦2045年となった今も、かつての古き良き石造りの街並みを保つ、とある古都。

 その街を見下ろす小高い丘に、中世に築かれた古城があった。白いレンガで壁面が建てられ、青い尖った屋根がよくその白と合っている。かつての王国の旗が靡いていた場所には、今はホログラムスクリーンが設置されており、荒波にもまれる帆船が浮かび上がっている。


 ここは、世界中の通信をその手中に収める世界最大の企業アルヒェの本社ビル……いや、本社城である。正確にはアメリカに置かれたビルが企業運営の要であるが、この場所はある一点において非常に特別な場所であった。それは、アルヒェ創始者が住まい、組織の指揮を取るという点である。


「……いよいよ、だな……」


 電動車椅子に乗った老人が、夜の闇に支配された市街を、アルヒェ本社最上階にあるかつての」王の寝室から見下ろす。


 何もかもが真っ白な老人で、肌は白く、白髪で、瞳は灰色だ。青いラインが光る曲線的でスマートなデザインの電動車椅子に腰掛けて、白い膝掛けで冬の寒さを紛らわせ、白と灰色の詰襟のスーツを着る。細い体は枯れ木のようだ。


 彼がポツリと呟いたのと同時に、ドンドンと部屋の扉がノックされた。


「社長! 社長!」


 扉の向こうから聴こえる自分を呼ぶ声に、はぁ、とため息をつく老人。脳からの信号を読み取った頚椎マイクロチップは、連動した電動車椅子に信号を発信し、リモコンなどの操作なしに、老人の思い通りに動く。車椅子はぐるりと回り、扉の方を向く。


「入りたまえ」


 老人の許可が下りると、間を置かず「失礼します」と言って若い眼鏡の男性が入室した。かなり焦っている様子で、走ってきたのか汗だくだ。


「ベルン様。これはあなたがやったのですか?」


 若い男は、挨拶もなしにそう尋ね、自身のPデバイスを操作してホログラムを空中に投影する。

 そのホログラムには、『アルヒェ』公式からユーザーへ送られたアップデート情報が記載されていた。


「……そうだが」


 上目で睨みながら、ベルンと呼ばれた老人は答える。


「社長とは言え、我々に内密で勝手なことをされては困ります!」

「……何を言う。『アルヒェ』を創始したのはこの私だ」

「っ。社長、現在アルヒェは二十万以上の社員を全世界に抱えており、さらにはこのPデバイスという超先進情報端末の市場をほぼ独占しています。そんな我が社からのアップデートに、万が一バグがあったら、世界中の信用を失い……!」


 Pデバイスのアップデートを、会社の専門部署を通さずベルンは配信した。その愚かさを秘書の男は説くが、「ふっ」とベルンは鼻で嗤い、車椅子を回転させ再び窓の外へ視線を戻す。


「バグ……バグか……。ハハハ」


 満月に照らされた美しい中世の街並みを眺めながら、ベルンは肩を揺らして笑った。


「し、社長?」

「私から言わせれば、バグを持つのは我々人類の方だよ」

「一体、何を言って……」


 薄暗い部屋の中、夜闇を背景にくつくつと背で笑う老人は不気味だ。笑ってはいるが、「人類はバグ」などと言うベルンの表情は冗談を言っているようではない。街を見下ろすその瞳はどこか疲れたような、呆れたような……無関心といってもいいような、冷たいものだ。


「ところで君は私が作成したアップデートプログラムは実行したかね」

「い、いいえ……。すぐに端末の電源を落としましたので」

「ふむ。ならば」


 ベルンは車椅子を回転させると、秘書に真っすぐ右手を伸ばし、手の平を彼に翳かざした。

 するとベルンの皺の刻まれた右手の親指の付け根が淡く、青色に光を帯びる。手に埋め込んだ、頸椎のものとは別のマイクロチップが起動したのだ。

 その掌のマイクロチップは、神経を介してベルンの命令を感知し、秘書の男の頸椎マイクロチップへのアクセスを開始した。普通、所有者の個人情報を持ち、かつ人間の神経や脳と接続された頸椎マイクロチップに不正アクセスなど許されないし、アルヒェはそういったサイバー攻撃に対しては巨費を投じて対策をし、年々それを更新している。


 しかし、ベルンは数秒で秘書の頸椎マイクロチップを個別指定し、管理者権限でそこへアクセスした。この管理者権限はただの管理者権限ではない。ベルンがアルヒェ創設以来、社の誰にも明かしていない秘密の権限だ。アルヒェが製造したあらゆる端末、製品にアクセス可能でかつプログラム変更ができる。


 強力な管理者権限を行使し、ベルンは右手一つで秘書のPデバイスに不正アクセスした。


「な、なんだ!」


 秘書の男はふらついて、後退り、頭を押さえる。神経と接続されているマイクロチップの暴走により、聴覚が周辺の音を拡大させ、視覚が景色を歪ませ、脳を震わせた。


「おや、すまない。まだ慣れなくてね」


 続けて、聴覚回路がベルンの不正アクセスによってこじ開けられ、脳に直接、無機質なアナウンスが流れ込む。


『──アップデート を 開始します。デバイス の 電源 を……』


「わ、わたしのPデバイスが…!」


 強制的に男のPデバイスがアップデートを始める。

 揺れる頭を抑えながら、平衡感覚を失った秘書はよろめく。


「パロマ……! パロマ! アップデートを中止……しろ!」

『エラー。命令 を 受理 できません』

「なっ?!」


 秘書はすぐにAIアシスタント・パロマへシステムソフトウェアアップデートの停止を要求したが、パロマはそれを拒否した。


「こ、こんなことが……可能、なのか…!」

「そう驚くことはない。私の持つこの権限があれば、どこかの太った大統領のアカウントを使って核ミサイルを発射することも出来るのだからね」


 秘書には信じられない告白だった。「人類を進化させた」とまで言われたアルヒェの創始者が、そんな恐ろしいことを言うとは思えなかったのだ。

 世界人口の99.9%が埋め込むマイクロチップ。それを自在にコントロールできる管理者権限と、それを秘匿していたベルン。彼が実行した内容不明のアップデート。

 秘書は必死に頭を働かせるが、ベルンの目的に検討もつかない。


「ベルン社長……。あなたは一体何をしたのですかっ」

「……浄化、だよ」

「浄……化…………?」


 秘書はその言葉の真意を考えていたが、さらなる頭痛が襲い、思考を妨げられる。


「ぐぁっ。な、何だ! 苦し……」


『──アップデートが完了しました。

 プログラム《ノアの方舟(ノアズアーク)》を起動します』


「ノアズ……アーク……?」


 脳に直接響いてくるアラームと、『ノアの方舟』と名づけられたプログラム。


 そして、そのプログラムが頸椎マイクロチップで起動されたその時、バチッと彼の首に青い電流が走った。このプログラムの内容を知る由もなく、「ぐっ」と呻いて秘書は意識を失う。

 秘書はバタリと床に倒れ、痙攣するように体をピクピクと震わせる。


「さあ、世界を洗い流すのだ」


 ベルンの呟き。


 しばらくすると、「あが、がああ」と倒れた男の喉から音が漏れ、指はムカデの脚のように動き回り始めた。口から大量の唾液が溢れ、瞳は白目を剥く。

 明らかに身体に異常を来たした秘書の男。

 しかし、やがて震えなどは治まり、ゆっくりと、立ち上がり始める。


「ぐ……ぅぶがぁぅ……」


 完全に立ち上がった男は、不気味で不快な音を口から発する。立ち上がりこそしたが、顎が外れてしまったように口を開けていて、まだ白目を剥いており、不規則にガクガクと震える四肢は何かに乗っ取られた機械のようだ。

 数秒間、男はそのままだったが、突然スイッチが入ったようにギュルリと瞳が動き、視界にベルンを捉えた。


「ぐるるがぁッ!」


 秘書は人間が上げているとは思えない奇声を上げ、唾を散らしながら、両手を広げベルンに襲い掛かる。その勢いはベルンを殺さんとするばかりだ。

 しかし、ベルンは落ち着き払って、もう一度右腕を秘書に翳かざす。


「成功だな」


 呟き、再び管理者権限を行使し、今度は秘書のマイクロチップの機能を完全にダウンさせる。秘書のマイクロチップは信号を受信することも発信することもなくなり、役目を終えた。

 すると男は突然、脚から力を失い、勢いそのまま前のめりに転がってしまう。今度はうつ伏せに倒れたまま、ピクリとも動かない。呼吸もなく、心臓も脳も、そしてマイクロチップも停止している。


「さぁ……世界の終焉だ」


 ベルンは死亡した秘書には微塵の関心も抱かず、街に目を向ける。


 中世の美しい街並みを残していた町は、あちこちから火の手が上がっていた。走行していた自動車は一台も残さず事故を起こして大破し、建物に突っ込んで爆発、炎上する。若者の悲鳴や、幼子の泣き声が、深夜の市中に木霊し始めた。眠りに就いていたはずの人々が建物からぞろぞろと飛び出して、理性が消え獣になったような人間がそうでない者を襲い、殺す勢いで首元に噛みつく。

 不気味な唸り声を上げて人間に襲い掛かる狂乱状態の人間と、それに必死に抵抗する人間。暴走し事故を起こし燃え盛る車両に、崩れる建物。美しかった街は混沌と火炎に飲まれ、秩序は崩壊する。


 それを悲しむでもなく、驚くでもなく、ベルンは光無き冷たい双眸で見下ろす。


「……方舟のあらんことを」


 街に、世界に、そうベルンは呟いた。


 彼はマイクロチップに脳内イメージを読み込ませ、電動車椅子を操作する。混乱した市中を映す壁一面のガラスに背を向けて、彼は薄暗い部屋を後にした。


【次回予告】

人類の埋め込んだマイクロチップに突如ほどこされたアップデート。そこに含まれたプログラムが、人類に牙を剥く。


【用語解説】

アルヒェ・・・世界最大最強のIT企業。人類のほとんどが埋め込むマイクロチップの開発を一手に引き受け、ホログラムスクリーン搭載の腕輪型デバイスも発表。二つを連動させた「Pデバイス」は、スマートフォンに代わる新たな携帯電話端末となり、情報通信産業に大革命と大変革をもたらした。


【あとがき】

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時間を定めず投稿しているので、本作を少しでも気に入って頂けた方は[ブックマーク]をお願いいたします! 読んでくれてありがとうございます!

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