第4限 終わりの始まり
大人だけが消えた世界……
……そしてやがて、学園は国家となる
「仕方ないですね。まずは会場と規模の草案を作りましょう。大之谷にも電話をして、『そっちでも考えてくれ』と言って、数日後に合同会議……とかですかね」
甲斐はやれやれと眼鏡を押し上げながら、すぐにアイデアを口にした。
「じ、じゃあ私は他校の合同文化祭について調べてみますね!」
壱岐さんもやる気満々、という風に鼻を鳴らす。
頼もしい二人の姿に、僕も黙ってはいられない。
「よし、じゃあまずは大之谷さんの資料に目を通してみようか!」
「はい!」
「わかりました」
それから生徒会は動き始める。
彼らが始めたのは、それぞれの左腕に装着された腕輪の操作だった。彼らの左腕にはめられているのは、銀色に光を跳ね返す丸みを帯びた数個のボタンだけしかない腕輪型の端末だ。
腕輪の真ん中にある一番大きなボタン。そこに触れると、フォン、という起動音がして、使用者の前にスクリーンが現れる。「折り畳み式のモニターが腕輪に収納されている」ということでは、もちろんない。出現するのは、腕輪型端末から投影されるホログラムのスクリーンであり、実体のないものだ。
これが、2045年現在、世界中で利用されている携帯電話端末『Pデバイス』である。
僕は腕輪型端末から映し出される板チョコ大のホログラムスクリーンを、パソコンのウィンドウを拡大する要領で画面サイズを上げ、ホーム画面の下にある検索エンジンのアイコンをタップした。
このホログラムスクリーンの概要が発表されたとき、誰もが「どうやって操作するんだ」という疑問を口にした。実体のないホログラムにいくら触ったところで、画面は一向に変化しないだろう、と。この問題を解決したのが、十数年前に装着が義務化された『マイクロチップ』との連動だ。この頸椎に埋め込むマイクロチップは、装着者の視覚情報を読み取ることが可能であり、「ホログラムスクリーンのどこを指が触れたか」の視覚情報をマイクロチップが読み取り、それを端末に送信することで、まるでスマートフォンの画面のようにホログラムスクリーンの画面が操作できる、という仕組みだ。
僕は検索ページを立ち上げると、文字入力欄に触れ、腕輪型端末からもう一つホログラムを起動させた。キーボードだ。
そのキーボードを右手でタタタンとリズミカルに叩き、「大之谷高校」と入力する。
それからは検索結果を眺めながら、「あーでもない、こーでもない」と独り言を言いながらその脳内に二校合同の文化祭というもののイメージを確かなものにしていく。
甲斐は甲斐で、調べた大之谷の電話番号を自身のPデバイスに打ち込んで、発信ボタンを押す。聴覚と接続されたマイクロチップと連動するPデバイスでの通話は、従来のスマートフォンなどとちがい、スピーカーを耳に近づける必要などはない。脳内で相手の声を聴くことができるからだ。そのため、甲斐は発信ボタンを押すと、背中をソファの背もたれに預けて、目を閉じた。
プルルルル、という今も昔も変わらない発信音を脳内に感じながら、甲斐は相手が受信ボタンを押すのを待つ。2コールほど鳴って、ポン、という通話開始音がし、甲斐は目を開け、相手の「はい。大之谷農業高校事務室、担当の山本がお受けいたします」という向こうの合図に自己紹介を返した。
「うーん。合同の文化祭って、やっぱり難しそうですねぇ」
壱岐さんもホログラムスクリーンをスワイプしながら、合同文化祭について調べを進める。しかし、ネット上にある記事のほとんどがどこかの学校HPに乗っている雑なコラムばかりで、そこまで参考になるものではない。
「はは。困ったね。今日から帰りが遅くなりそうだ」
呑気なことを、と甲斐が大之谷高校の事務員と電話をしながら横目で僕を睨む。
それぞれが何かしらの作業を進めるのと同時に、時計もその針を進める。
ごち、ごち、ごち……。
時計の振り子が左右に揺れるたびに鳴る、重い音。
そして、時計の針は、一時を指した。
そのとき、
「ん?」
「あ、あれ」
「もしもし? もしもし? 聞こえますか?」
生徒会室の五人が、困惑の声を上げる。僕らはホログラムスクリーンを数秒いじって、ほぼ同時に顔を上げた。
「……甲斐も、壱岐さんも、和泉も日向も?」
左手の腕輪型端末を右手で指さし、全員に問う。
それに甲斐が「ええ」と言い、壱岐も頷く。
「通話が切れてしまいました」
「ネットに繋がらなくなっちゃいましたぁ」
「どうしたのかしら」
「んだよぉ、MY tube止まっちまったぞ」
「通信……障害?」
ホログラムスクリーンの右上に目をやれば、6G通信のピンが一つも立っていない。
Pデバイスの通信が、絶たれていた。
「どうしたんでしょうね。アルヒェの通信が止まるなんて、滅多にないのに」
甲斐は文句を言いながらも表情は変えず、眼鏡を押し上げてから、役に立たない通話画面を閉じる。
ちなみに『アルヒェ』というのは、Pデバイスを開発し、販売する国際企業の名だ。頸椎マイクロチップの開発にも携わっており、アルヒェがたった一社でスマホの時代の終焉と、携帯キャリア会社の倒産をもたらしたと言っても過言ではない。
そして彼らの困惑をよそに、Pデバイスは僕らの脳内に語り掛ける。
『……プログラム・ノアズアーク を インストール します。デバイス の 電源を……』
「え?」
「な、なん」
「のあず……?」
五人全員の脳内に、女性的で、かつ機械的な音声が響く。
Pデバイスに搭載された音声案内を行うAIアシスタント・パロマの声だ。聴覚と連動し、神経と接続されたマイクロチップによって、音楽やアラームを脳内で聞けるようになり、数年が経っているが、僕は聞き慣れたはずのその声に、無慈悲で、冷酷で、残酷な、言い表せない何かを感じ取った。
「んぐっ!」
異変は終わらない。今度は甲斐が小さく呻いて、額を抑えた。
「か、甲斐? どうし……ぐあ……!」
甲斐に駆け寄ろうとしたが、彼に続いて、僕もぐらりと頭が揺れる感覚を覚え、側頭部を抑え、よろめく。
「こ、これ……神経酔い……?」
神経酔いは、Pデバイスとマイクロチップの装着間もないころに起こる軽度の酔いだ。マイクロチップは人間の持つあらゆる神経と接続されており、その情報を腕輪型端末へ送受信し、そして操作し、介入する一連のシステムがPデバイスと呼ばれるものだ。それゆえに、初めて脳内で音楽を再生したときや、初めて目に見えた世界を撮影する視界撮影などをしたときには、視覚、聴覚に違和感を覚え、それが脳に伝わり、まるで船酔いしたような感覚に陥りやすい。
これが神経酔いである。
「な、なんで今さら神経酔いが……。はあ、はあ、はあ……ぐっ」
机に手を突いて、ゆっくりと立ち上がる。
「み、みんな大丈夫?」
「え、ええ。しかし一体なにが……」
「はいぃ……あ、あたまがぐわんぐわんしますけどぉ……」
「なんなのよぉ、これぇ」
全員の無事を確認してから、閉じられたホログラムスクリーンを再起動し、画面に目をやる。
そこには、
『プログラム《ノアの方舟》を起動しました』
というシステムメッセージが表示されていた。
「ノアの……方舟……。さっきの音声案内も似たようなことを言っていたけど……」
「一体、なんのことですかね」
ノアの箱舟。
誰もが知る、神の怒りの物語。神の怒りに触れた人類は、未曾有の大洪水に襲われるが、正直者であったノアだけが洪水を神から知らされ、大きな船を作ることができ、生き延びることができた……というお話。その船には番いずつの世界中の動物たちが乗せられ、ノアと彼ら動物たちは、地球に存在するありとあらゆる生き物の祖となった。
その物語を思い出すが、僕には一体それが携帯端末のプログラム更新と何の関係があるのか分からない。
「……一時的な障害……でしょうか」
甲斐のその推測に、僕は頷かなかった。
突然の通信途絶。不気味な音声案内。突如インストールされた正体不明のプログラム。
それらが、僕に恐ろしい何かを感じさせた。
咲き誇っていた桜がたった一日で散ってしまったような、縁起の悪いものを偶然見てしまったような、そんな得体の知れない、確信のない背筋の冷えるような感覚。
この不安は、まるで未来を垣間見たようであった。
【次回】
世界を終わらせたのは誰か…?
【用語解説】
・桐可学園……明治45年(1912年)3月14日に私立桐可実科高等女学校として創立。のち昭和23年の学制改革に伴い、私立桐可学園と改称された。
110有余年の歴史と伝統のある学園であり,数万人の卒業生が各方面のエリートとして活躍しており、また、県内有数の進学校でもある。
【あとがき】
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