第78限 革命の火種
物語の転換期となる、新たなシナリオ『革命事件編』が始まります。
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安芸と甲斐が大之谷高校を視察しているのと同刻、桐可学園。
購買部のあった付近には、《災害対策委員会》による「売店」が新設されていた。《校外委員会》が校外出動によって確保した、食料、菓子類、衣服、娯楽用品、日用品など、それらの全体の一部が、災害対策委員たちによって市場へ出されている状態だ。
購買部のカウンターには災害対策委員の生徒が暇そうに頬杖を突いてペラペラとカタログをめくっている。そのカウンターには駄菓子などの小さなサイズの食べ物が置かれており、周辺の廊下には段ボール箱に入った状態で菓子パンやポテトチップスの袋、カップラーメンやジュースのボトルなどが置かれている。また、購買部のとなりにある休憩スペースには移動式のハンガーラックがあり、コートやセーターなど、衣類が掛けられている。
ここは、つい最近、安芸によって施行された報酬点数制を利用して、モノの売買が行われている場所。
一般に『交換所』などと呼ばれている。
「なあ、これ、何ポイント?」
あまり繁盛していない交換所のカウンターに、ドン、とサイダーの2リットルボトルが置かれる。
客は、眠たそうな顔をした男子生徒と、その連れの男子生徒。
「……えぇと、ちょっと待ってください」
まだ商品に付けられた値段を把握しきれていない災害対策委員の彼は、商品のリストを棚から取り出して、そのどこかに記載されたサイダーの価格を探す。
「んーと、あ、あったあった。2RPですね」
RPというのは、リワードポイントの略称だ。つまり報酬点数のこと、生徒たちの貨幣だ。
「2、かあ」
その値段に、客の生徒は唇を尖らせながら、ポケットから二枚のカードを取り出した。
正確にはカードではなく、「ハートの2」と「ダイヤの1」のトランプだ。その真ん中には赤く、でかでかと、「生徒会長」の印が押されている。
このトランプこそが、報酬点数制の根幹である、生徒たちへ流通する貨幣そのものだ。
つまり彼は「ハートの2」と「ダイヤの1」……合計で3点のポイントを持つことになる。
「……まあいいか」
舌打ちをして、客の生徒はくしゃくしゃになった「ハートの2」をカウンターへ投げた。
「まいど」
災害対策委員の生徒はそう言って、トランプを受け取り、小さなトランクのような箱にそれを仕舞う。
客はサイダーのボトルの首の部分を掴んで、礼も言わずにその場を去った。
◆
「……但馬、いいのかよ、2点も使って」
「うーん?」
サイダーを買った、重たそうな目蓋をした彼……但馬に、仲間の生徒が声を掛けた。
制服を着崩した、長い前髪を額の真ん中で分けた男子生徒だ。
「……別にいいよ。飲みたいんだし。やらないぞ、伯耆」
伯耆と名前を呼ばれたセンター分けの男子は、「ロ」の字型の校舎に囲われたウッドデッキと呼ばれる中庭スペースのテーブルベンチに腰かけた。「いらねえよ」とケチな友人に言いながら。
「……そういや伯耆、お前はポイントどんだけ使ったんだ?」
「あ?」
報酬点数制施行時、全ての生徒に5点のRPが配られている。
多くの生徒が最初の買い物をこのポイントで済ませていた。
友人に残りのポイントを聞かれた伯耆は両腕で枕を作って、その輪に頭を沈めた。
「……もうとっくに使い果たしたさ」
「……そうかー。俺もあと1ポイント……稼がねえとなあ」
「稼ぐって……」
「ほら、生徒会が募集してたろ? 大之谷農業高校での、壁の建設? かなんかで」
「はあ? ンでンなダリィことしなきゃならん」
「でもクラスのやつが昨日、第三便で出稼ぎに行ったよ。ガッコん中で洗い物だか掃除だかするよりは遥かに払いがいいらしいなぁ」
「……馬鹿らしい。何が『報酬点数』だよ。馬鹿かよ。馬鹿馬鹿しい」
「馬鹿馬鹿いいすぎ」
「うるせ馬鹿」
「あー、何でそんなこと言うんだよぉ」
「……俺が学年トップレベルの成績をおさめる秀才だからだ」
プシュ、と音がして、伯耆は顔を上げた。
サイダーを開けた伯耆の仲間は、大きくそのボトルを仰いで、ゴクン、ゴクンとその喉に炭酸を流し込んでいく。彼の発するのど越しの音に、伯耆も喉が鳴る。
「ぷはー」
ボトルの二割ほどを一気に飲んだ但馬が爽やかな笑顔を浮かべた。
彼がペットボトルから口を離したタイミングで、サイダーを羨ましがる自分を悟られないように、伯耆はまた腕の枕に顔を沈める。
「そういや、伯耆は成績よかったなー。親も政治家だし、きっと世界がこんなにならなきゃエリートコースだったろうになー」
「……そうだ。いい大学に行って、政治家になって、そして……俺は、上に……」
「伯耆が生徒会長になれよー」
「……は?」
但馬の提案に、伯耆は思わず顔を上げる。
「ほら、今の世界のリーダーってさ、ある意味生徒会長じゃね?」
「……安芸、が……?」
「ああ。狭い世界の話だけどさ」
生徒会長になる。
その言葉に、伯耆は口元を手のひらで覆って、思案する。
「生徒会長……か」
「ああ、でも伯耆じゃ無理かー」
「なんでだよ」
「だってさ、安芸の人気ってスゲーじゃん? 生徒会長になるって言ったら、ほら、立候補して選挙しなきゃだろ?」
「……たしかに選挙で戦っても、今の安芸の支持率を上回る得票数を得るのは難しい……」
風紀委員会による秩序の維持。災害対策委員会による食料の配給。校外委員会設立による学園の武装と、校外出動による物資の確保。加えて、農業高校を解放し、食料の安定的な供給を可能にしようとしている。
それが現在の生徒会長・安芸であり、新聞部の活動によって、多くの生徒がその活躍を知るところだ。
「俺が生徒会長になるには……」
そんな安芸と次の選挙で戦って、生徒会長になる。
そのための作戦を脳内で練るが、それがすぐさま思い浮かばない伯耆。
だが、
「俺は、国会議員の息子だ」
彼の中で、歪なプライドに火が付き、歪んだ野望が芽を出し始めた。
「……ん? どうした伯耆」
「それに、成績だって安芸に負けたことはない。俺は学年二位だ」
「一位は安芸の右腕の甲斐、だろ」
「ふん。だがその学年一位様は安芸の金魚の糞だろ」
「なに、ほんとに生徒会長になりたいのか?」
「……」
伯耆は口元を隠していた手をどけ、その上がった口角を但馬の前に晒した。
「俺の方が、安芸より指導者に相応しい」
「…………はあ?」
「俺は将来、政治家になることが約束されていた男だ。あんな素人より上手くやる。手を貸せ」
「手を貸せって……。今の安芸に選挙じゃ勝てねえだろ。人気が落ちるのを待つのか?」
友人の発言を、伯耆は「はっ」と笑い飛ばした。
伯耆はベンチから腰を浮かし、友人の耳に口を近づけ、誰にも聞こえない、小さな声で囁いた。
「……別に、正面切ってやり合う必要ないだろ」
「は、は?」
冷たい伯耆の声に、但馬はぞくりとして汗が出て、声も裏返る。
「俺は、あいつから全部奪ってやる」
フランスの哲学者にして作家ヴォルテール曰く、
『うぬぼれは、風で膨らんだ気球である。刺せばそこから嵐が出てくる』
である。
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