第63限 学内通貨
大人だけが消えた世界……
……そしてやがて、学園は国家となる
「『トランプ』! ですねっ!」
「大正解だよ、壱岐さん」
僕は資料棚に仕舞われていた赤い背面が綺麗なトランプを取り出して、にやっと笑った。
学園で施行する通貨制度『報酬点数制』の主役たる通貨の役割を果たすのは、このトランプだ。
一輪車に乗って手を広げた天使の絵が描かれた赤いトランプで、なぜか前回の校外出動の際に50セットも持ち帰られたもの。スーパーマーケットでの採集の際に「何でも袋につめろ」と指示を出したのは僕だが、まさかトランプがこれほど持ち帰られたとは思わなくて、《災害対策委員会》から上 がってきた目録を見た時には目を疑った。
甲斐と壱岐さんの座るソファの前にあるローテーブルにそのトランプを置く。すると「なるほどなるほど」と面白そうに言いながら甲斐がトランプのケースを開けて中身を広げた。
「このトランプに書かれた数字が点数……というわけですね」
「そう。たとえば2点の価値が付いた鉛筆を買う場合は……」
テーブルに広げられたトランプのカード。僕はそこから「ハートの2」のカードを摘まんで、二人に見せる。
「この2点を表すトランプと交換できる」
すると壱岐さんも「えーと、えーと、あった!」と言って、今度は二枚のトランプをめくった。「ダイヤの1」と「スペードの1」のカードだ。
「ということは、この1点のトランプ二枚でも……?」
「もちろん、交換できるよ」
次は甲斐が数字の大きなカード「ハートのキング」を取って僕に見せる。
「では13点を出すと……」
僕は甲斐の差し出すキングを受け取り、「スペードのジャック」を代わりに彼に渡す。
2点の鉛筆を買うために、13点のカードを出したのだから、お釣りとして11点のカードを手渡したのだ。
「面白いですね、いけると思いますよ」
「でしょ?」
甲斐の賛成はありがたい。彼と意見が一致することは、自信に繋がる。
「偽造などの対策は?」
「校外出動を重なるうちに、学園へ持ち込まれるトランプも多くなるだろうから、使用できるのは『生徒会長印』を押したカードだけにする」
「トランプはいくつ学園に?」
「50セットある」
「……つまり枚数的には52かける50の2600枚……」
「そうなるね。点数的には……えっと……」
「1から13までの数字があり、それぞれを足すと91。模様が4種類ですから、かける4の、364点がトランプ1セットにあることになります」
さすが三学年団では成績トップの甲斐だ。ぽんぽんと数字が出てきて、次々に計算していってくれる。
「つまり364点が50セットだから……」
僕がそう呟いて考えていると、いや考える間もなく甲斐が答えを言った。
「18200点ですね」
壱岐さんはと言えば「?」を浮かべたまま、まだ指を折って数字を数えている。
僕ももう頭の中で計算するのは諦めて、全部甲斐に任せることにする。
いきなりこの1万8千点を学園内に流通させるのはやりすぎだから、まず必要なのは「様子見」だ。
最初は生徒一人ひとりに低い点数を持たせてみて、物価や貨幣価値の相場を見極める必要があるだろう。
「そうだな……。甲斐、一人につき5点を持たせるとすると、どうなる?」
「……トランプ1セットの内に5点以下のカードは20枚で、それらを『1と4』『2と3』のように組み合わせて5を作るとすると……12組の5点ができます。それが50セットとすると、600組の5点が作れることになります」
「つまり全校生徒に5点ずつのトランプを配っても問題ないということだね」
「はい。保護した中学生70人にも5点与えるとすると、必要な5点のセットは570組。ですので1から5点のカードのみを流通させる場合は、30セット1800点が《生徒会》の元に残ります」
「つまり最初に一般生徒の間に流通する点数は……」
「5点かける570人の2850点ですね」
「よし、いったんはこれでいってみよう」
「流通させるトランプは1から5の数字のみ。最初に一人につき5点を無条件で与える……ということで?」
「ああ、問題ない。それでいく」
「決まりですね」
互いに笑いあい、僕と甲斐はローテーブルから離れて行動を開始した。
「私は《災害対策委員会》にこの決定を伝えてきます」
「頼むよ。僕はもう一度細かいところを計算しなおしたり、シミュレーションしたりをしてみる」
甲斐は脱いだばかりの上着をハンガーからひったくって袖を通すと、足早に《災害対策委員会》へ向かってくれた。
「あ、あの! わた、私は何をすれでいいでしょうか!」
「あ、壱岐さん。会長印ってどこに仕舞ったかな?」
「ああ、それでしたら右端の資料棚に」
「……あ、あったあった! ありがとう。それと悪いんだけど、朱肉を探して持ってきてくれる? 多分ここにあるだけじゃ足りなくて」
「トランプ一枚一枚に判子を押すんでしたっけ?」
「うん。じゃないと想定以上の点数が出回ったりして大変だからね」
「わかりました! 職員室を見てきます!」
「ありがとう。頼むよ」
一気に忙しくなった。
だが作戦が決まったらすぐに行動に移れるというのは素晴らしいことだ。
松下電器の創業者・松下幸之助曰く、
『即断、即決できる見識と実行力は指導者に不可欠な要件だ』
である。
それから生徒会室では黙々と作業が続けられた。
新たなルールの施行と浸透について検討し、それと並行して僕は会長印を朱肉に付けては、トランプに判を押していく作業を進める。四角い枠の中に「生徒会長」と印相体で刻まれた判を、トランプの真ん中に押していくこれを1000枚に渡り繰り返した。
そして、気が付けば日が暮れかけていて、生徒会室には夕日が差し込んでいた。
◆
「お金を作るって……それ本気? トランプで?」
「うん。本気」
判を全てのトランプに押し終えて、僕は仕上がった最後のトランプの山を机の端に寄せた。空いたスペースで指を組み、僕はやって来た和泉に説明を始める。
応接用のソファに腰掛けた和泉の懐疑的な目をまあまあと宥めた。
「なんでそんなもの作るのよ。生徒と生徒の間に格差ができちゃったりするんじゃないの? せっかく今は『みんなで一緒に頑張ろー!』ってな雰囲気なのに」
「……和泉はさ、どうして勉強をするの?」
「なによ、いきなり」
「いいから」
肩の前に垂れた長い綺麗な黒髪を、さっと後ろへ払い、和泉は「そりゃあー」と考え始める。
「……いい成績を残すためよ」
「いい成績は何のために取るの?」
「進学……のため、かなあ。あんまり考えたことなかったけど」
「その先は?」
「……え、ええーと、いい大学に行って、いい会社に就職する……とか?」
「……そうだよね、努力したり、疲れたりするには、何かしら目的や、ご褒美がないといけないよね」
顎に指先を当てて考えていた和泉が、「あ」と閃いたように口を丸く開いた。
「そのご褒美が、そのトランプ……ってことなのね」
「そう。人が働くのは、お金を稼いで、好きなものを買うためでしょ? でももし、働いたって得るものが何もなかったら……」
「……そりゃ、働かないわよね」
「うん。だからこの、点数制の通貨を導入するんだ。働いた人には、それだけの対価を支払う。危険だったり、大変な任務を負う人には、その倍出す。それで好きなものが買えるってなったら、みんな重ーい腰を上げて動き出すでしょ?」
「たしかに、そうね」
学園は明らかな労働力不足だ。
いや、労働人口は十分なのだが、それがきちんとした「人手」として機能していない状態。それは、労働というものに対して、対価が設定されていないからだ。
私が無償で働くことによって私の会社が潤うのなら、いくらでも働かせていただきます! という殊勝な人はそうそういない。働くのは稼げるからだ。
この対価を生徒会が働いた生徒に与える、という制度の導入によって、労働の推奨・推進につながるのではないか、と僕は考えている。
もちろん、学園の為に化け物と戦う《校外委員会》の戦力拡充にも繋がる。
「で、なんでアタシを呼んだの?」
和泉が首を傾げながら僕に問う。
それに苦笑いしながら、「なんでって……」と答える。
「そりゃ、和泉が生徒会・広報だからだよ」
「あ、そっか」
「たはぁ」
「ま、まあ任せなさいよ! とにかくこの制度のことを広めればいいのよね?」
「う、うん」
「美術部にも新聞部にも友達がいるわ! 何でも使って広めてやるから!」
任せて! と言って、和泉は薄い胸をドンと叩いた。
「うん。頼りにしてるよ」
自信ありげな彼女にそう伝えると、
「え、ええ。期待、してなさいよ……」
と、僕から目を逸らしてもじもじとし始めた。いつも強気なくせに、褒められたりするとこうだ。
「和泉のそういうとこ、可愛くて好きだよ」
「そ、それどういうこと! そ、そそそそれってつまりは要するに結果として、あ、アキはあたしのことが……!」
「そういう素直になれないところ、子供みたいで可愛いよね」
「こ、こどッ……」
会長席でにやにやとしていると、和泉が見るからに不機嫌になっていって、わなわなと震え出した。
「……知ってる……? 子供って要求が通らないと、人を叩いたりするのよ」
こわ。
「と、とにかく。任せるね、和泉」
「…………はあ、はいはい。やるわよ、やりますやります」
「そ、そんな投げやりな返事しなくても……」
「……ふふ、冗談よ。で、そのトランプ名前は何ていうの?」
「……名前?」
「そ。お金なんだからあるでしょ、円とか、ドルとか、ユーロとか」
そういえば考えてもいなかった。
「……単純に『点』……じゃダメかな。一点、二点、みたいな」
「だめよ! カッコつかないじゃない!」
「カッコってもなぁ……」
……単純に円と呼ぶのも語弊を招きそうだし……。
「ここは考案者の名前を取って、『アキ』なんてどう? 一アキ、二アキ、みたいな」
和泉の提案に突いていた頬杖がガクッとずれる。
「そ、そんなの採用するわけないだろ!」
「そうね、語呂も悪いし、響きもイマイチだし、あんまりカッコよくないわね」
自分の名前の通貨単位なんていやだ。
だが、そこまで否定されるのは、なんというか、癪だ。
「……それは僕と僕のご先祖様に失礼じゃないか」
「あはは、冗談冗談。そうねぇー。お金の単位を考えるんじゃなくて、この制度の名前を考えてみたらどうかな?」
「……なるほど」
背もたれに体重を預け、腕を組み、天井を睨んで考える。
点数……。ご褒美……。制度……。
「……『報酬点数制度』」
「報酬……点数?」
「そう。そのままだけど、英訳の頭文字を取って、『RP』とかどう?」
「ふーん。なんかゲームみたいね。ま、『アキ』よりかマシか」
「そ、それは忘れなよ」
こうして、学園経済のスタートである通貨制度は、呼称を『報酬点数制度』とすること、通貨単位を『RP』とすることが決定される。
僕らは数日以内の公布を目指して、ラストスパートに入った。
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